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元トレーダー、金アレルギーなのに金本位制の異世界に翻弄される  作者: 夜明け一葉
第3章

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第78話『壺の蓋』

重しを外し、蓋をゆっくり持ち上げると——内側に水滴がついていた。蓋の裏全体に薄く広がっていて、一滴が縁を伝って指に落ちる。


匂いが広がり——腐臭ではないと一瞬で分かった。鼻の奥に引っかかるような酸味のある匂いで、シュゴリーフの青臭さはほとんど消えて別の何かに変わっていて、野菜の匂いではなく別の変化の匂いだった。


壺の中を見ると葉は沈んでいて、色はくすんでいるが悪くない——黒ずんでも茶色くもなっておらず、水分は増えていて表面に白い膜も浮いているものもない。


(……腐ってはいない)


変化は起きていた——三日前に置いたときの状態とははっきり違う。葉の色、水分、そして匂い、どれも意図した方向に動いていて、技術的には成功に近い結果だった。


ただ、手を止めてもう一度匂いを確かめる。


目を閉じてもう一度鼻を近づけると、酸味の奥に何か整理されていないものが混じっているが腐敗とは違う——腐敗はもっと刺さるような不快さがあって、これは別の種類の匂いだが、知っているから分かることだ。


(……この匂いを、ここの人間がどう感じるか)


知らない匂いだ——酸味があって発酵した食品だと分かるのはそういうものを知っているからで、知らなければ腐った野菜と区別がつかない可能性がある。


指先で少量を取り、舌に乗せた。


酸味がある——はっきりと酸っぱく、その後に雑味が来るが腐敗の不快さとは違って、食べられないわけではないが商品にはならない。方向は間違っていない。


重しを戻し、蓋を閉めた。


---


石段を上がると、扉が開いた。


リナだった。帳簿を脇に抱えたまま厨房を見回し、こちらに歩いてくる。


「開けたのね」


「ついさっき」


「どうだった?」


壺を棚から出して、蓋を外してリナの方へ向ける。


リナが顔を近づけ——すぐに少し引いた。眉が動く。


「……腐ってはいないけど、これ……食べる匂いじゃないわ」


「だろうな」


「野菜がこんな匂いになるの、初めて見たわ。どうなってるの?」


「塩と時間で変化した。腐敗とは別の変化だ」


「別って言われても……」


リナが壺を見たまま少し間を置く。


「少量だけ、味見してもらう」


リナがこちらを見た。


「……本当にやるのね」


「やる」


「止めないけど、嫌な予感がするわ」


「そうかもしれない」


リナが小さく息を吐いて、帳簿を作業台に置いた。


---


昼前に、ミレイに小皿を持たせて常連の冒険者に声をかけてもらった。


「保存食の試作品です。よければ味見を——」


冒険者が一口、口に入れ——一瞬の間があった。


「……おい、これ腐ってるぞ!」


ミレイが表情を変えずに答える。

「腐ってはいないはずですが……」


「腐ってるだろ! 酸っぱいし、こんな匂いの野菜があるか!」


隣にいた別の客が鼻を近づけ、顔をしかめる。


「腹壊すやつじゃないか、これ……」


「そんな匂いの食いもの出すんじゃねえよ」と別の声が来た。


店内がざわつき、棚の前にいた客が振り向く。ミレイが丁寧に頭を下げながら謝っている。


静かに壺を下げた。


---


作業場に戻りながら、頭の中で整理する。


(腐ってはいない。変化としては成功している)


(だが、ここでは野菜が変化すること自体が受け入れられない)


酒は変化する——それは知られているが、それは酒だからだ。野菜が変化するのはただの腐敗と判断されて、腐臭か否かの区別ではなく変化したこと自体が問題になる。


腐っていないと言っても意味がなく、腐っていないことを証明する手段もない。見た目が変わっていて匂いが変わっていて、客の側にそれを判断する基準がなければ腐敗という結論しか出てこない。


(この方向は通らない)


作業台に壺を置き、蓋を閉めたまま手を離す。


ミレイの方を見ると、丁寧に客に謝りながら棚の補充に戻っていた。仕事を止めていない——それだけで十分だと思った。


(別の保存方法を探すしかない)


乾燥、塩漬け——ただし発酵させない方向の塩漬け、油と、記憶にある方法でまだ試していないものがいくつかあって、今日の結果は失敗ではなく次の手を絞るための材料になった。そう考えることにした。


---


午後、ミレイが声をかけてくる。


「錬金術師ギルドから伝言です。応募者が三名、明日来るそうです」


「何鐘に?」


「第四鐘頃とのことです」


「分かった」


ミレイが戻る。


(保存食は振り出しに戻った。だが、人員は動き始めている)


どちらも同時に動かす必要があって、どちらかが止まっても両方が止まるより良い——今日は保存食が止まって人員が動いた。それで十分だと思うことにした。


---


夕方、作業を片付けてからフィアとソルに声をかける。


「明日、応募者が三名来る。第四鐘に」


フィアが頷き、ソルが続く。

「三人か」


「四名募集で三名だ。条件に合うかどうかは会ってみないと分からない——ただ、秘密保持の魔法契約込みで応募してきたということだ」


フィアが少し間を置いてから言う。


「覚悟がある人たちということですね」


「そうだ。明日同席してもらう——工程の概要だけ説明する場だ」


二人の表情が少しだけ引き締まった。フィアもソルも何も言わなかったが、それで十分だった。


---


夜、試作場に寄った。


鍵を開けると薬草の匂いはない——いつも通りで、石段を下りると地下の冷気も変わらない。棚の壺を出して蓋に手を置く。


(発酵は通らない。ならば、別の保存方法を探す)


乾燥も油漬けもまだ試していなくて、塩漬けでも発酵させない方向——塩の量をもっと増やせば変化そのものを止められる可能性があって、そうなれば見た目も匂いも変わらず保存だけが伸びる。それが通るかどうかは試してみないと分からないが、今日分かったのは変化させると受け入れられないという一点で、それだけでも次の手が絞れた。


(壺は失敗だ。だが、失敗は次の手を決める材料になる)


壺を棚に戻し、蓋を静かに閉じた。


明日、三人来る——そちらの準備をする方が今夜はいい。どちらが先に形になるかはまだ分からないが、どちらも止まってはいないと確かめてから、石段を上がり扉を閉めた。


---


【借金メモ・78話終了時点】

前話(77話)終了時:資金銀貨三枚と小銀貨九枚と大銅貨六枚・残債銀貨三枚と小銀貨一枚と大銅貨二枚

78話収入:初級ポーション(作淡濁:緑)二十本(小銀貨一枚×二十=銀貨二枚)+初級ポーション(作澄:緑)七本(大銅貨八枚×七=小銀貨五枚と大銅貨六枚)=銀貨二枚と小銀貨五枚と大銅貨六枚

78話支出:従業員給与ミレイ(大銅貨七枚)+フィア・ソル・充填×二(小銀貨一枚と大銅貨六枚)+食事分(大銅貨一枚)=小銀貨二枚と大銅貨四枚

残債充当:銀貨三枚を充当→残債銀貨三枚と小銀貨一枚と大銅貨二枚から充当→小銀貨一枚と大銅貨二枚

ケイの資金:銀貨三枚と小銀貨二枚と大銅貨八枚

残債:小銀貨一枚と大銅貨二枚

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【賃料管理メモ更新】

緑の雫(店舗):76話で支払い完了・次回は76話から26日後(77話3日+78話1日=4日経過→残り22日)

試作場:75話初月払い済み・次回は75話から26日後(10日+1日=11日経過→残り15日)

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【所持アイテムメモ】

ポーション類

 初級ポーション(作淡濁:緑) × 20本(今日仕込み分・翌朝棚補充予定)

 初級ポーション(作淡濁:緑・試作強化版) × 1本(ミツロウソウの雫一滴添加・効能確認待ち)

 初級ポーション(作澄:緑) × 7本(今日仕込み分・翌朝棚補充予定)

 初級ポーション(作濁:黄緑) × 大保存瓶三本(満杯・保管中・旧在庫)

 初級魔力ポーション(作淡濁:白) × 製造中(ケイ直接・小銀貨三枚で販売中)

 初級魔力ポーション(作澄:白) × 製造中(ケイ直接・小銀貨四枚で販売中)

 初級魔力ポーション(作濁:白) × 大保存瓶一本目充填中(4本/20本)

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読んでくださってありがとうございます。

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次回もよろしくお願いします!

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