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元トレーダー、金アレルギーなのに金本位制の異世界に翻弄される  作者: 夜明け一葉
第3章

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第77話『初めての火入れ』

七日が経った。


朝、大家に月の賃料を払ってから裏通りに向かった。銀貨一枚と小銀貨七枚——試作場の初月賃料を払ったばかりで固定費が重なっているぶん、財布に手を入れるときに一瞬だけ止まったが、払えていれば十分だ。


扉の鍵を開けると、石造りの厨房は朝の空気をそのまま保っていた。窓が少なく、外気の変動が入りにくい構造だ。


まず地下を確認する。石段を下りると壁の石板がかすかに光を宿していて、指を近づけると均一にひんやりとした気流が伝わってくる——一週間を越えても安定していた。


上に戻って水場を確認すると水が出て排水も通る。薬草の匂いはない——煮込みの匂いが壁に染みているだけで、作業場の青臭さとは全く違う。


(ここでやれる)


荷を下ろす。


前回の試作で分かったことが三つあった——この世界の野菜でも塩揉みで水分が出ること、容器の口が広すぎると空気が入りすぎること、薬草の匂いが食品に移ること。三つ目がここを借りた理由で、最初の二つは今日整える。


今日持ち込んだのはシュゴリーフ一玉、岩塩、市場で買ってきた陶器の壺だ。口が狭く蓋もついていて前回の鉢とは別物で、内側を水で洗って布で拭いた。


シュゴリーフを刻む。


包丁を入れると青臭い匂いが広がったが、今回は薬草の匂いが混じらない。野菜の匂いだけが鼻に届く——当たり前のことが当たり前に起きているだけだが、それが確認できたことで少し落ち着いた。


均一な幅に刻み終えたものを壺に移し、岩塩を振る。


割合は元の世界の記憶を手がかりにした。重量に対して二から三割程度で、正確には計れないが葉の量に対して多すぎず少なすぎないと思われる量を手加減で振った。


手で揉み込んでいく。


しばらくすると水分が滲み出てくる——この世界の野菜でも乳酸発酵の前段階まで進められる。葉が柔らかくなりながら体積が減り、揉み続けると水分が増えて刻んだ葉が全体的に沈み始める。


(いい感触だ)


ある程度揉んで葉が水分にほぼ浸かった状態で手を止め、壺の口より少し小さい陶器の蓋を乗せてその上から重しを置いた。野菜が水面から出ないよう押さえておく必要がある。


壺の口は狭く空気との接触面積が前回の鉢より格段に小さい。発酵に必要な乳酸菌は嫌気性で、空気が少ない方が発酵の方向に進む——この世界で同じ仕組みが働くかどうかはやってみるしかない。


壺を地下に持っていった。


石段を下りながら温度のことを考えた。高すぎると腐敗菌が優勢になり低すぎると発酵が止まる——地下の温度が適温かどうかは測る手段がないが、ひんやりとした均一な気流は少なくとも高温ではない。


壺を棚の隅に置いて、ここで数日置いておく。


---


地上に戻って、作業台に向かう。


何日待てばいいか分からない。元の世界のザワークラフトなら三日から一週間が目安だが、この世界の野菜の細胞の構造が同じかどうかも分からず、乳酸菌がそもそも存在するかどうかすら確認していない。


(分からないことが多すぎる)


ただ試してみるしかない。条件を整えてやってみて、結果が出たら判断する——今日やれたのはそこまでだ。


問題は確認の方法だ。酸味が出れば発酵のサインになって、腐敗との違いは匂いで分かるはずだ——発酵食品の酸味ある匂いと腐敗の腐臭は全く別で、元の世界でも漬物と腐ったキャベツは別の匂いだった。


(この世界でも同じかどうかは、開けてみるまで分からない)


数日後、何かが起きているはずだ。


石臼を出して今日の段取りを確認する。緑の雫の仕込みは一日分を終えてから来ていて、今日の試作はここで終わりだ。


壺を地下に置いてきた。あとは待つだけだ。


夕方、後片付けをしていると扉が開いた。


リナだった。帳簿を脇に抱えている。


「どこにいるかと思ったら、こっちにいたのね」


「仕込みを終えてから来た。発酵の試作を置いてきた」


リナが厨房に入って壁や床を見回す。それから地下への石段を覗いて、戻ってくる。


「薬草の匂い、全然ないね」


「それだけでも借りた意味がある」


「壺、地下に置いてきたの?」


「温度が安定している。地上より冷涼で、発酵には向いているはずだ」


リナが少し考えるような顔をした。


「確認するのはいつ?」


「三日後を目安に。この世界の野菜で乳酸菌が働くかどうか分からないから、何も変化がない可能性もある」


「何も変化がなかったら?」


「また考える。今日分かったことは——少なくとも条件は前より揃っている」


リナが頷いて、帳簿を開きながら言う。


「でも、もし酸味が出たとして、それをダンジョンの冒険者に食べてもらうのは簡単じゃないんじゃない。発酵した野菜なんて見たことないって、前も言ったでしょ」


「それは次の問題だ」


「次の次くらいの問題かもしれないけど、まあいい」


リナが帳簿を閉じて立ち上がる。


「今日の緑の雫の売上は三十一人分。詳細はまた後で」


「分かった」


リナが扉を押して出ていく。厨房に一人残った。


地下に壺が一つある。中では、何かが起きているかもしれないし、何も起きていないかもしれない。


三日後に開ける——それだけを決めて、扉を閉めた。


---


【借金メモ・76話終了時点】

前話(75話)終了時:資金銀貨七枚と大銅貨三枚・残債大銀貨一枚と銀貨四枚と小銀貨一枚と大銅貨二枚

76話収入:初級ポーション(作淡濁:緑)二十本(小銀貨一枚×二十=銀貨二枚)+初級ポーション(作澄:緑)七本(大銅貨八枚×七=小銀貨五枚と大銅貨六枚)=銀貨二枚と小銀貨五枚と大銅貨六枚

76話支出:緑の雫月賃料(銀貨一枚と小銀貨七枚)+従業員給与ミレイ(大銅貨七枚)+フィア・ソル・充填×二(小銀貨一枚と大銅貨六枚)+陶器壺購入(大銅貨三枚)+食事分(大銅貨一枚)=銀貨一枚と小銀貨四枚と大銅貨四枚

残債充当:銀貨三枚を充当→残債大銀貨一枚と銀貨四枚と小銀貨一枚と大銅貨二枚から充当→大銀貨一枚と銀貨一枚と小銀貨一枚と大銅貨二枚

ケイの資金:銀貨五枚と大銅貨五枚

残債:大銀貨一枚と銀貨一枚と小銀貨一枚と大銅貨二枚

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【賃料管理メモ更新】

緑の雫(店舗):76話で支払い完了・次回は76話から26日後

試作場:75話初月払い済み・次回は75話から26日後(76話経過日数7日を加算→残り19日)

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【所持アイテムメモ】

ポーション類

 初級ポーション(作淡濁:緑) × 20本(今日仕込み分・翌朝棚補充予定)

 初級ポーション(作淡濁:緑・試作強化版) × 1本(ミツロウソウの雫一滴添加・効能確認待ち)

 初級ポーション(作澄:緑) × 7本(今日仕込み分・翌朝棚補充予定)

 初級ポーション(作濁:黄緑) × 大保存瓶三本(満杯・保管中・旧在庫)

 初級魔力ポーション(作淡濁:白) × 製造中(ケイ直接・小銀貨三枚で販売中)

 初級魔力ポーション(作澄:白) × 製造中(ケイ直接・小銀貨四枚で販売中)

 初級魔力ポーション(作濁:白) × 大保存瓶一本目充填中(4本/20本)


試作場

 発酵試作①:シュゴリーフ塩揉み・陶器壺(口狭め・蓋付き・重し有)・地下保管中

 確認予定:3日後

 課題:乳酸菌がこの世界の野菜に働くか不明・確認方法は酸味と匂いで判断


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読んでくださってありがとうございます。

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次回もよろしくお願いします!

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