第108話『研修修了』
解体研修の総仕上げは、これまでより大きな獲物だった。ゴブリンとオークの死骸が、それぞれの台に並んでいる。
初日のウルフとは、大きさからして違った。オークの巨体を前に、ノナが思わず一歩後ずさる。
「これ、本当に自分たちで解体するの……?」
「そのための研修だ」
担当官の淡々とした答えに、ノナが小さく息を呑んだ。
「ゴブリンの方は、まだましだけどさ……」
セラが、少し困ったように呟く。二人の様子に、レトが横から笑いかけた。
「二人とも、ウルフのときはもっと平気そうだったのにな」
「大きさが違うんだもん!」
ノナがむきになって言い返す。その様子に、ゴルドが小さく笑みをこぼした。
「魔物の種別によって、部位も手順も変わる。応用できるかを見る」
担当官の言葉に、四人の顔が引き締まった。
ゴブリンの解体は、ウルフと勝手が違った。皮の厚みも骨格もまるで別物で、牙の代わりに耳と武具の残骸を回収する。
「武具は、素材としてじゃなく、鑑定に回すのか」
「そうだ。造りによっては、由来を辿れることもある」
「盗品ってことも、あるのか」
レトが興味深そうに訊ねる。
「稀にな。その場合は、討伐者にも聞き取りがある。面倒だが、大事な確認だ」
担当官の説明に、レトが小さく肩をすくめた。
「なんか、思ったより地味な話だな」
「地味だが、大事な仕事だ。これも冒険者の生業の一部だぞ」
担当官の一言に、レトが苦笑を浮かべた。
作業を進めながら、オークの台に目をやる。ゴルドが、大柄な体格を活かして危なげなく皮を剥いでいた。
「相変わらず、様になってるな」
「慣れた」
短い返事だが、初日とは比べ物にならない手つきだった。研修が始まった頃、皮を裂く手つきすらぎこちなかったゴルドが、今では危なげなく作業を進めていて、この数日間の積み重ねが確かに実を結んでいた。
ノナも傷は多いなりに手を止めずに進め、セラは今日も魔石の扱いに集中している。
「ノナ、随分早くなったな」
「でしょ! 毎日やると、体が覚えるんだね」
得意げに言うノナに、レトが横から茶々を入れる。
「傷だらけなのは変わってないけどな」
「うるさい! 速さは上がったの!」
賑やかなやり取りに、担当官が苦笑を浮かべた。
「今日も、割れませんでした」
「オークの魔石は、ウルフより大きい。それを二回とも割らずに済ませたのは、大したもんだ」
「ケイさんに褒められると、なんか照れます」
セラが、珍しく頬を緩めた。
昼を過ぎ、全員の作業が終わる頃には、台の上に綺麗に分けられた素材が並んでいた。担当官が一つずつ確認していく。
「よし。全員、基準を満たしている」
その一言に、ノナが小さく飛び跳ねた。
「終わった、終わった!」
「まだ座学の最終確認が残ってるだろ」
レトの言葉に、ノナの動きが止まる。
「あ、そうだった……」
苦笑いが全員の間に広がった。気の抜けたノナの様子に、担当官も口元を緩めていた。
「休憩を挟んでから、講堂に集合だ」
担当官がそう告げて解体場を出ていく。四人で顔を見合わせ、それぞれ道具を片づけ始めた。
午後、講堂に戻ると、担当官が一枚ずつ紙を配った。
「最終の筆記試験だ。座学の内容を、簡単な問いで確認する」
紙を渡されても内容は分からない。だが今日は、隣にセラがいる必要はなかった。
周りでは四人が真剣な面持ちで紙に向かっている。ノナが時折うんうんと唸りながら何かを書き込んでいた。
「口頭でも構わない。代筆制度を使うか」
担当官がこちらへ声をかけてくる。
「お願いします」
「では、別室へ。他の受験者の邪魔になるからな」
案内された小部屋には、机が一つと椅子が二つだけ置かれていた。担当官と向かい合って座る。
問いを読み上げてもらい、口頭で答える形式に切り替わった。討伐報告書の記入項目、危険度の判断基準、買取相場の考え方――この数日で詰め込んだ知識がすらすらと出てくる。
「では、最後の問いだ。フォレストウルフと通常のウルフ、討伐報告における種別の違いは」
「フォレストウルフは擬態種、通常種と別枠で記載する。混同すれば、報酬減額の対象になる」
即答すると、担当官が小さく頷いた。
「以上だ。全問、正答」
担当官の言葉に、小さく息を吐いた。達成感よりも先に、ほっとした気持ちが胸を占めた。
読み書きができないという壁を、今日もまた一つ乗り越えた。
夕方、全員の試験が終わり、担当官が改まった様子で前に立った。
「これで、新人研修は修了だ。明日から、討伐依頼を正式に受けられる。おめでとう」
拍手はなかったが、その代わりに四人がそれぞれこちらを見て笑った。
「やったな、みんな」
ゴルドの短い一言に、レトが肩を組んでくる。
「これで、正式な冒険者ってわけだ。実感、湧かねえけど」
「わたしも」
セラが静かに頷いた。長く憧れていた立場に、ようやく手が届いたのだと実感しているようだった。
ノナだけが涙目になっていた。
「なんか、感動してきた……」
目元を潤ませながら、それでも笑顔を崩さないノナの様子に、こちらまでじんわりと温かい気持ちが広がった。
「泣くほどか」
「泣いてないもん!」
必死に目元を拭うノナの姿に、その場の空気が少しだけ和んだ。
担当官までもが珍しく口元を緩めていた。研修中ずっと厳しい顔しか見せなかった男の、初めて見る表情だった。
軽口が飛び交う中、担当官が最後に付け加えた。
「一つ伝えておく。研修班としての活動はこれで終わりだが、依頼で顔を合わせることはこれからもあるだろう。その時は、また協力してくれ」
その言葉に、四人が顔を見合わせ、頷いた。
担当官が続けて、全員のギルドカードを回収し、奥の台座へ運んでいく。しばらくして戻ってきたカードを、一人ずつ手渡していった。
「お前たち四人は、これでFランクの登録だ。カードの色が変わっているのが分かるはずだ」
レトが受け取ったカードを陽に透かすと、粗い鉄の色合いが、心なしか明るくなっている。
「ケイは、ランクは変わらないが、研修修了の記録は登録済みだ」
受け取ったカードは、以前と同じ、くすんだ鉄の質感のままだった。刻まれた文字はまだ読みこなせなかったが、指先でなぞると、新しく刻まれたらしい細かな溝が触れて分かった――研修修了の記録だった。
カードを握る手が、思ったより震えていた。二日間の野外実習から始まった長い日々が、この一枚に刻まれたような気がした。
講堂を出ると、夕日が街を赤く染めていた。二日間の野外実習からここまで、長いようで短い日々だった。
読み書きができないという壁は変わらず残っているが、乗り越える手立ては、一人ではなく、この班と共に見つけてきた。
「じゃあな、また依頼で」
レトが片手を上げて去っていく。ゴルドも短く頭を下げて背を向けた。
「またね、ケイさん」
ノナとセラが並んで手を振る。それぞれの方向へ歩き出す背中を見送りながら、しばらくその場に立っていた。
四人と過ごした二日間の実習と、それから続いた座学、解体、受付研修。振り返れば、あっという間だったようにも、長かったようにも感じる。
読み書きができないという弱みを、笑うでもなく、当たり前のように補ってくれる相手がいたことが、何よりありがたかった。
店へ向かう足取りは、来た時よりも幾分か軽かった。
夕焼けに染まる道を歩きながら、この数日間を振り返る。座学で頭を悩ませ、解体で手を汚し、実務で緊張し、そして最後は、こうして四人と笑い合って別れた。
二日間の野外実習から始まった研修が、ようやく終わった。
明日からは、また違う日々が始まる。だが、この数日間で得たものは、これからも役に立つはずだった。
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【借金メモ・108話終了時点】
前話(107話)終了時:資金銀貨四十一枚と小銀貨八枚・残債なし
108話収支:本話内での増減なし(研修修了、店舗は通常運営)
ケイの資金:銀貨四十一枚と小銀貨八枚
残債:なし
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【賃料管理メモ】(107話から一日経過)
緑の雫(店舗):次回支払いまで残り5日
試作場:次回支払いまで残り2日
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