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元トレーダー、金アレルギーなのに金本位制の異世界に翻弄される  作者: 夜明け一葉
第4章

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第108話『研修修了』

解体研修の総仕上げは、これまでより大きな獲物だった。ゴブリンとオークの死骸が、それぞれの台に並んでいる。


初日のウルフとは、大きさからして違った。オークの巨体を前に、ノナが思わず一歩後ずさる。


「これ、本当に自分たちで解体するの……?」


「そのための研修だ」


担当官の淡々とした答えに、ノナが小さく息を呑んだ。


「ゴブリンの方は、まだましだけどさ……」


セラが、少し困ったように呟く。二人の様子に、レトが横から笑いかけた。


「二人とも、ウルフのときはもっと平気そうだったのにな」


「大きさが違うんだもん!」


ノナがむきになって言い返す。その様子に、ゴルドが小さく笑みをこぼした。


「魔物の種別によって、部位も手順も変わる。応用できるかを見る」


担当官の言葉に、四人の顔が引き締まった。


ゴブリンの解体は、ウルフと勝手が違った。皮の厚みも骨格もまるで別物で、牙の代わりに耳と武具の残骸を回収する。


「武具は、素材としてじゃなく、鑑定に回すのか」


「そうだ。造りによっては、由来を辿れることもある」


「盗品ってことも、あるのか」


レトが興味深そうに訊ねる。


「稀にな。その場合は、討伐者にも聞き取りがある。面倒だが、大事な確認だ」


担当官の説明に、レトが小さく肩をすくめた。


「なんか、思ったより地味な話だな」


「地味だが、大事な仕事だ。これも冒険者の生業の一部だぞ」


担当官の一言に、レトが苦笑を浮かべた。


作業を進めながら、オークの台に目をやる。ゴルドが、大柄な体格を活かして危なげなく皮を剥いでいた。


「相変わらず、様になってるな」


「慣れた」


短い返事だが、初日とは比べ物にならない手つきだった。研修が始まった頃、皮を裂く手つきすらぎこちなかったゴルドが、今では危なげなく作業を進めていて、この数日間の積み重ねが確かに実を結んでいた。


ノナも傷は多いなりに手を止めずに進め、セラは今日も魔石の扱いに集中している。


「ノナ、随分早くなったな」


「でしょ! 毎日やると、体が覚えるんだね」


得意げに言うノナに、レトが横から茶々を入れる。


「傷だらけなのは変わってないけどな」


「うるさい! 速さは上がったの!」


賑やかなやり取りに、担当官が苦笑を浮かべた。


「今日も、割れませんでした」


「オークの魔石は、ウルフより大きい。それを二回とも割らずに済ませたのは、大したもんだ」


「ケイさんに褒められると、なんか照れます」


セラが、珍しく頬を緩めた。


昼を過ぎ、全員の作業が終わる頃には、台の上に綺麗に分けられた素材が並んでいた。担当官が一つずつ確認していく。


「よし。全員、基準を満たしている」


その一言に、ノナが小さく飛び跳ねた。


「終わった、終わった!」


「まだ座学の最終確認が残ってるだろ」


レトの言葉に、ノナの動きが止まる。


「あ、そうだった……」


苦笑いが全員の間に広がった。気の抜けたノナの様子に、担当官も口元を緩めていた。


「休憩を挟んでから、講堂に集合だ」


担当官がそう告げて解体場を出ていく。四人で顔を見合わせ、それぞれ道具を片づけ始めた。


午後、講堂に戻ると、担当官が一枚ずつ紙を配った。


「最終の筆記試験だ。座学の内容を、簡単な問いで確認する」


紙を渡されても内容は分からない。だが今日は、隣にセラがいる必要はなかった。


周りでは四人が真剣な面持ちで紙に向かっている。ノナが時折うんうんと唸りながら何かを書き込んでいた。


「口頭でも構わない。代筆制度を使うか」


担当官がこちらへ声をかけてくる。


「お願いします」


「では、別室へ。他の受験者の邪魔になるからな」


案内された小部屋には、机が一つと椅子が二つだけ置かれていた。担当官と向かい合って座る。


問いを読み上げてもらい、口頭で答える形式に切り替わった。討伐報告書の記入項目、危険度の判断基準、買取相場の考え方――この数日で詰め込んだ知識がすらすらと出てくる。


「では、最後の問いだ。フォレストウルフと通常のウルフ、討伐報告における種別の違いは」


「フォレストウルフは擬態種、通常種と別枠で記載する。混同すれば、報酬減額の対象になる」


即答すると、担当官が小さく頷いた。


「以上だ。全問、正答」


担当官の言葉に、小さく息を吐いた。達成感よりも先に、ほっとした気持ちが胸を占めた。


読み書きができないという壁を、今日もまた一つ乗り越えた。


夕方、全員の試験が終わり、担当官が改まった様子で前に立った。


「これで、新人研修は修了だ。明日から、討伐依頼を正式に受けられる。おめでとう」


拍手はなかったが、その代わりに四人がそれぞれこちらを見て笑った。


「やったな、みんな」


ゴルドの短い一言に、レトが肩を組んでくる。


「これで、正式な冒険者ってわけだ。実感、湧かねえけど」


「わたしも」


セラが静かに頷いた。長く憧れていた立場に、ようやく手が届いたのだと実感しているようだった。


ノナだけが涙目になっていた。


「なんか、感動してきた……」


目元を潤ませながら、それでも笑顔を崩さないノナの様子に、こちらまでじんわりと温かい気持ちが広がった。


「泣くほどか」


「泣いてないもん!」


必死に目元を拭うノナの姿に、その場の空気が少しだけ和んだ。


担当官までもが珍しく口元を緩めていた。研修中ずっと厳しい顔しか見せなかった男の、初めて見る表情だった。


軽口が飛び交う中、担当官が最後に付け加えた。


「一つ伝えておく。研修班としての活動はこれで終わりだが、依頼で顔を合わせることはこれからもあるだろう。その時は、また協力してくれ」


その言葉に、四人が顔を見合わせ、頷いた。


担当官が続けて、全員のギルドカードを回収し、奥の台座へ運んでいく。しばらくして戻ってきたカードを、一人ずつ手渡していった。


「お前たち四人は、これでFランクの登録だ。カードの色が変わっているのが分かるはずだ」


レトが受け取ったカードを陽に透かすと、粗い鉄の色合いが、心なしか明るくなっている。


「ケイは、ランクは変わらないが、研修修了の記録は登録済みだ」


受け取ったカードは、以前と同じ、くすんだ鉄の質感のままだった。刻まれた文字はまだ読みこなせなかったが、指先でなぞると、新しく刻まれたらしい細かな溝が触れて分かった――研修修了の記録だった。


カードを握る手が、思ったより震えていた。二日間の野外実習から始まった長い日々が、この一枚に刻まれたような気がした。


講堂を出ると、夕日が街を赤く染めていた。二日間の野外実習からここまで、長いようで短い日々だった。


読み書きができないという壁は変わらず残っているが、乗り越える手立ては、一人ではなく、この班と共に見つけてきた。


「じゃあな、また依頼で」


レトが片手を上げて去っていく。ゴルドも短く頭を下げて背を向けた。


「またね、ケイさん」


ノナとセラが並んで手を振る。それぞれの方向へ歩き出す背中を見送りながら、しばらくその場に立っていた。


四人と過ごした二日間の実習と、それから続いた座学、解体、受付研修。振り返れば、あっという間だったようにも、長かったようにも感じる。


読み書きができないという弱みを、笑うでもなく、当たり前のように補ってくれる相手がいたことが、何よりありがたかった。


店へ向かう足取りは、来た時よりも幾分か軽かった。


夕焼けに染まる道を歩きながら、この数日間を振り返る。座学で頭を悩ませ、解体で手を汚し、実務で緊張し、そして最後は、こうして四人と笑い合って別れた。


二日間の野外実習から始まった研修が、ようやく終わった。


明日からは、また違う日々が始まる。だが、この数日間で得たものは、これからも役に立つはずだった。


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【借金メモ・108話終了時点】

前話(107話)終了時:資金銀貨四十一枚と小銀貨八枚・残債なし

108話収支:本話内での増減なし(研修修了、店舗は通常運営)

ケイの資金:銀貨四十一枚と小銀貨八枚

残債:なし

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【賃料管理メモ】(107話から一日経過)

緑の雫(店舗):次回支払いまで残り5日

試作場:次回支払いまで残り2日

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