第107話『受付研修』
三日目の研修は、ギルド窓口での受付研修だった。受付カウンターの内側に立たされ、担当官が横につく。
朝から窓口は混み合っていた。討伐報告に来る冒険者、依頼を探しに来る新人、素材を持ち込む古株――様々な人が絶え間なく出入りしていて、ここがこの街の冒険者たちの日常を支えている場所なのだと実感する。
「今日は、依頼の受注から報告までの流れを、実際に見て覚えてもらう」
最初の客は、顔見知りの中堅冒険者だった。討伐依頼の完了報告に来たらしい。
窓口に立つ顔ぶれが違うことに、一瞬だけ気づいた様子だった。
「これ、頼む」
差し出された紙を、担当官が受け取り内容を確認していく。
「対象の種別、討伐数、場所……問題ありません。素材の提出は」
「そこの袋だ」
冒険者が革袋を差し出す。中身を検め、担当官が数字を読み上げながら、袋の中身を一つずつ台へ並べていく。
「牙が六本、魔石が三つ。査定額は、小銀貨四枚だ」
冒険者が査定額を聞いて小さく頷き、報酬を受け取っていく。何でもない日常の光景だった。
査定から支払いまでの一連の流れを、頭の中でもう一度なぞる。数字が絡む部分は、思っていたより頭に残りやすかった。
査定を終えた冒険者が窓口を離れる。続けて、新人らしい若い冒険者が、緊張した面持ちでやってきた。
「あの……初めての依頼報告なんですけど、これで合ってますか」
差し出された紙を、担当官が確認する。
「記入は問題ない。だが、討伐場所が曖昧だ。次からは、目印になる地形も書き添えるように」
「は、はい! すみません」
若者が慌てて頭を下げる。その様子に、少し前の自分たちを思い出した――誰もが、最初はこうして戸惑いながら覚えていく。
紙を握りしめて去っていく若者の背中を見ながら、あの二日間の実習を思い出す。誰かに助けられながら少しずつできるようになっていく――それは、自分にも当てはまることだった。
この街に来てからずっと、そうやって少しずつ形になってきた。
次の客が来るまでの合間、担当官が説明を続けた。
「依頼の受注は、掲示板の紙を剥がして、この帳面に控えを取る。誰がどの依頼を受けたか、必ず記録する」
帳面を見せられても、書かれた文章はまだ読みこなせない。だが、記入の形式――日付、依頼番号、受注者名の並び――は目で追えば理解できた。
日を追うごとに、目に馴染む文字の並びが増えている気がした。
「複数人が同じ依頼を受けようとしたら、どうするんだ」
「早い者勝ちだ。ただし、パーティ単位での受注なら、代表者一人の記入で構わない」
「なるほどな」
覚えることは多いが、一つ一つの理屈は意外と単純だった。
何より、こうして一つずつ口頭で確認できるやり方は性に合っている。文字を目で追うよりも、耳で聞いて頭に刻む方が、ずっと速かった。
「記入は、代筆でいいんだったな」
「ええ。ケイの事情は、こちらでも把握しています」
担当官があっさりと頷く。何度も繰り返してきたやり取りだからか余計な詮索はなく、それがかえってありがたかった。
昼過ぎ、商業ギルドの担当官が顔を出した。以前、フィアたちの件で対応してくれた男が、冒険者ギルドの窓口まで足を運んできたらしい。
「緑の雫の店主殿。少し、よろしいですか」
窓口を外れ、廊下の隅で向き合う。
「わざわざ、こちらまで」
「今日は窓口業務だと聞いていたので、ついでにと思いまして」
「例の件、進展がありました。商会名はまだ特定できていませんが……同じ手口で、また一件、被害の相談が入りました」
「どこだ」
「服飾店です。刺繍の技法を狙われたとのことで」
被害が増えている。焦る気持ちを抑え、努めて平静に問うた。
「その店は、どう対応したんだ」
「幸い、店主が頑として拒んだそうです。ただ、うちのように従業員に開示禁止契約を結ばせていたわけではなく、店主一人が矢面に立つ形になりました。かなり消耗したようです」
一人で抱えるのと、仕組みで守られているのとでは負担がまるで違う。緑の雫が、フィアとソルの契約に助けられたことを、改めて思い知らされる。
「その店主、今どうしているんだ」
「店は開けているようですが、しばらく気を張り続けたせいか、体調を崩したとも聞いています」
一人で矢面に立ち続けることの重さを、想像するだけで胸が痛んだ。
「対応は」
「各店に注意を促し、情報を集めています。動きがあれば、また連絡します」
「頼む」
担当官が、少し声を落として付け加える。
「それにしても、緑の雫は乾燥野菜だけでなく、ポーションまで狙われるとは。よほど評判がいいんでしょうね。ダンジョン持ちの噂も聞きますし」
その言葉が、窓口の方まで届いていないといいと思ったが、もう遅かった。
担当官が去っていく。廊下に、しばらく静けさが残っていた。
窓口へ戻ると、レトが暇そうにカウンターへ肘をついていた。指先で天板を軽く叩いている。
「何の話だった?」
「店の方の、面倒事だ」
「店? 今、緑の雫って聞こえたけど」
レトが探るような目を向けてくる。
「……手伝ってるんじゃない。俺の店だ」
思い切って言うと、レトが目を丸くした。
「え、店主だったのか!? ずっと言ってなかったよな」
「訊かれなかったからな」
「街で噂になってる乾燥野菜、あれのことか? まさか、その店主がお前だったとはな」
ノナとゴルドも、いつの間にか話に加わっていた。
「うそ、あの美味しいスープの乾燥野菜、ケイさんが作ってたの!?」
「作ってるのは俺だけじゃない。従業員がいる」
ゴルドがふと口を開いた。
「さっきの話、ポーションもって聞こえたが」
「そうだ」
「安いのに効きがいいって、噂になってる。ダンジョン持っていく用に買う奴も多い」
想像していたより、話が広く伝わっているらしい。
「今の話は、その従業員に絡む面倒事だ」
「そうか」
レトが少し声を落とした。
「詳しくは言えないが、片付いてはいる」
「大丈夫なのか」
「今のところは」
それ以上は語らず業務に戻る。すると、隣で作業していたセラが、そっと声をかけてきた。
「無理はしないでくださいね」
「心配かけたか」
「顔が、少し険しかったので」
見抜かれていたらしい。細かなことに、よく気づく相手だった。
「大丈夫だ。手は打ってある」
「もし、また何か狙われたら……わたしも、力になります」
セラの申し出に、少し驚いた。研修班との縁は店の外の話だと思っていたが、こうして気にかけてくれる相手がいるのは、素直にありがたい。
「その時は頼む」
次の客が来て、また依頼の受付が始まった。慌ただしい窓口業務にも、少しずつ慣れてきている自分がいた。
夕方、受付研修が終わると、担当官が一同を見渡した。
「明日で座学と実務は一区切りだ。その後、解体研修の総仕上げを挟んで、研修は修了になる」
「やっと終わりか……」
ノナが机に突っ伏す。セラが、その背中を軽く叩いた。
「お疲れさま、ノナ」
「セラも、お疲れ」
ゴルドとレトも、それぞれ荷物をまとめ始めている。
「明日の総仕上げ、大物が出るって噂だぞ」
レトが少し不安げに言う。
「大物って、どれくらいの」
「ゴブリンとオークだってさ。詳しいことは、行けば分かるだろ」
「オークか……気合い入れないとな」
ゴルドが静かに拳を握った。四人それぞれが、明日への心構えを固めていく様子が見て取れた。
明日を境に、この班での日々も、いよいよ終わりに近づく。
「ケイさんは、大物の解体、平気そう」
ノナが少し羨ましそうに言う。
「やってみないと分からない」
「そう言いつつ、絶対上手いやつじゃん」
軽口に、思わず苦笑した。四人との掛け合いも、あと少しで終わりを迎えると思うと、名残惜しさが胸の奥をよぎった。
窓口を出ると、日はもう傾いていた。研修の終わりが、少しずつ近づいている。
空を見上げると、茜色が街の屋根を染めていて、この数日で見慣れたはずの景色が、今日は少しだけ違って見えた。
だが、その前に、片付けておくべき懸念も、まだ一つ残っていた。
---
【借金メモ・107話終了時点】
前話(106話)終了時:資金銀貨四十一枚と小銀貨八枚・残債なし
107話収支:本話内での増減なし(研修中の受付研修のみ、店舗は通常運営)
ケイの資金:銀貨四十一枚と小銀貨八枚
残債:なし
---
【賃料管理メモ】(106話から一日経過)
緑の雫(店舗):次回支払いまで残り6日
試作場:次回支払いまで残り3日
---




