表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元トレーダー、金アレルギーなのに金本位制の異世界に翻弄される  作者: 夜明け一葉
第4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
107/111

第106話『解体研修』

翌日の研修は、ギルド裏手の解体場だった。石畳の広場に台と道具が並び、血の匂いがうっすらと漂っている。


朝の空気は冷たく、道具箱を開ける金属音がやけに大きく響いた。並んだナイフや小刀は、どれも使い込まれた様子で、刃先が鈍く光っている。


「今日は解体だ。討伐した獲物から、素材を無駄なく取る技術を学ぶ」


担当官が台の上にウルフの死骸を置いた。研修用に仕留めたものらしい。


「毛皮、牙、爪、魔石。売れる部位を見極めて、傷つけずに取り出す。これも収入の一部になる」


ノナが台を見て顔をしかめた。


「うぇ……これ、ちょっと」


「慣れるしかない」


ゴルドが淡々と言う。すでにナイフを構えていた。


「魔物によって、取れる部位も違うのか」


セラが静かに質問する。


「ああ。今日はウルフだが、種によって皮の厚みも骨格も変わる。基本を覚えれば応用は利く」


担当官の答えに、四人が揃って頷いた。


「解体、やったことあるのか」


「実家が石工だったが、家族総出で猟をやった時期がある。多少は」


意外な過去だった。無口な男の意外な一面に、少し興味が湧いた。


普段は多くを語らないだけに、こういう一言が余計に印象に残る。


「石工なのに、猟もやるのか」


「山間の村だった。石を切るだけじゃ食っていけない年もある」


短い説明だったが、ゴルドの背景が少し見えた気がした。話しながらも手は止まらず、器用な手つきでウルフの皮を裂いていく。


「お前、器用だな」


「体で覚えたことは、忘れない」


その言葉に、妙な実感があった。気配を読む感覚も、似たようなものだ。


教わったことは、いつまでも体のどこかに残っている。


担当官の手本を見ながら、各自ナイフを手に取る。皮を裂く角度、牙を折らずに抜く力加減、魔石を傷つけない取り方――手順そのものは覚えがあった。


この街に来たばかりの頃、ウルフを一頭仕留めて、ガッシュに一から教えられたことがある。あれからそう経っていないが、体は思ったより覚えていた。


最初の一太刀は、迷いなく毛の流れに沿って入った。


「お、初めてって顔じゃないな」


隣でレトが器用に牙を抜きながら、意外そうにこちらを見た。


「前に世話になった知り合いに、教わった」


「なるほどな」


レトがまた自分の作業へ視線を戻す。牙を一本、また一本と危なげなく抜いていく手つきが目に留まった。


「レトも、随分手慣れてるな」


「弓引きは、弦を引く力加減が命でな。強すぎても弱すぎてもブレる。牙を折らずに抜くのも、同じ理屈だ」


「羨ましいな」


セラは魔石の周りを慎重に削っていた。危なげのない手つきだが、時折、眉間に皺が寄る。


「魔石は、繊細だな」


「はい……力を入れすぎると、割れてしまうので」


慎重に、慎重に。時間はかかるが、確実な仕事だった。


一方、ノナは苦戦していた。皮を裂こうとして刃が滑り、危うく指を切りかける。


「危ない!」


「大丈夫か」


「だ、大丈夫……びっくりしただけ」


ノナが震える手でナイフを握り直す。セラが作業の手を止めて声をかけた。


「無理しないで。ゆっくりでいいから」


「ありがとう、セラ」


昼を過ぎる頃には、五人分の作業台に皮と牙と魔石が並んでいた。出来にはばらつきがあり、ゴルドの皮は綺麗に剥がれていたが、ノナの分はあちこち傷だらけだった。


担当官が一つずつ台を見て回り、簡単な講評を口にしていく。全員の作業を見比べる、担当官らしい淡々とした足取りだった。


「レトは、牙の抜き方が丁寧だ」


「セラは、魔石を一つも割らずに済んだな。今日はそれだけでも上出来だ」


セラが少し照れたように目を伏せた。


「うぅ……才能ないかも」


肩を落として呟くノナの声は、思っていたより沈んでいた。


「最初はみんなそうだ。数をこなせば変わる」


担当官が慰めるでもなく淡々と告げる。


「俺も、最初の頃は似たようなものだった。心配するな」


意外にもゴルドがノナに声をかけた。ノナが少し驚いた顔をする。


「ゴルドさんも、最初は下手だったの?」


「ああ。父にさんざん怒られた」


短い一言だったが、ノナの表情が少し明るくなった。


「ケイ、お前のは」


呼ばれて、自分の台を見せる。皮は多少傷んでいたが、牙と魔石は綺麗に取れていた。


「悪くない。特に、魔石の扱いが丁寧だ」


頷くだけで返した。あの日教わった手つきが、こんな形で役に立つとは思っていなかった。


「よし、午後は買取相場の話に移る。同じ部位でも、状態で値が大きく変わる」


担当官が机に価格表を広げた。数字の話になると、また頭が働きやすくなる。


「魔石は、大きさと純度で値が決まる。傷があれば、その分値が落ちる。牙や皮は、保存状態が命だ」


「保存状態って、具体的には」


セラが控えめに質問する。


「血抜きと乾燥の速さだ。放置すればするほど価値が下がる。今日みんなが早く作業を終わらせたのは、実は理にかなっている」


ノナが少し誇らしげな顔をした。


「じゃあ、今日みたいに手際よくやれば、査定も上がるってことか」


「その通りだ。腕が上がれば、収入にも直結する」


担当官の答えに、四人の表情が揃って引き締まった。稼ぎに直結すると聞けば、誰でも耳を澄ます。


傷の有無、大きさ、鮮度、それぞれの要素がどう値を動かすか――相場の理屈と、そう遠くなかった。


「これ、全部覚えるの大変だな」


レトがぼやく横で、こちらは黙々と数字を頭に入れていった。傷の程度による値引きの割合、部位ごとの基準額――どれもすんなり頭に収まっていく。


「レトは、弓の手入れの方が得意なんじゃないのか」


「まあな。数字は苦手なんだよ」


「意外だな、賭け事は強そうなのに」


「それとこれとは別だ!」


ノナが笑い、担当官が苦笑しながら講義を締めくくった。


夕方、研修が終わると、全員が手を洗いに水場へ向かった。血と脂の匂いがなかなか取れない。


「毎回、これがきついんだよな」


「慣れだ」


ゴルドの言葉に、レトが唸る。


「お前、慣れすぎだろ」


「セラ、今日のお疲れ様」


ノナが隣で手を洗うセラに声をかける。


「ノナも、お疲れ様。指、大丈夫?」


「うん、平気。びっくりしただけだから」


二人のやり取りを聞きながら、水で手を洗う。冷たい水が指先の感覚を鮮明にし、全員分の血と脂を落とすには、まだしばらくかかりそうだった。


「明日は、受付研修だ。ギルドの窓口業務を見てもらう」


担当官の言葉に、ノナが首を傾げた。


「窓口って、受付のお仕事?」


「ああ。依頼の受注から報告まで、実際の流れを覚える」


「座学とはまた違うんだね」


「体で覚えることが多い分、今日よりは楽かもしれんぞ」


ノナが少し安堵したような顔をした。


軽口を叩き合う四人を横目に、手についた匂いを落としながら、今日の作業を思い返す。皮も牙も魔石も、丁寧に扱えばそれだけ価値が残り、粗雑に扱えば価値は目減りした。


店の商売も、きっと変わらない。丁寧に扱った客や取引ほど、長く続いている。


ミレイたちが、留守の間も店を守り抜いたのも、一つ一つの仕事を丁寧にこなしてきた積み重ねなのだろう。


---


【借金メモ・106話終了時点】

前話(105話)終了時:資金銀貨四十一枚と小銀貨八枚・残債なし

106話収支:本話内での増減なし(研修中の解体実習のみ、店舗は通常運営)

ケイの資金:銀貨四十一枚と小銀貨八枚

残債:なし

---

【賃料管理メモ】(105話から一日経過)

緑の雫(店舗):支払い済み・次回まで残り7日

試作場:次回支払いまで残り4日

---

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ