第106話『解体研修』
翌日の研修は、ギルド裏手の解体場だった。石畳の広場に台と道具が並び、血の匂いがうっすらと漂っている。
朝の空気は冷たく、道具箱を開ける金属音がやけに大きく響いた。並んだナイフや小刀は、どれも使い込まれた様子で、刃先が鈍く光っている。
「今日は解体だ。討伐した獲物から、素材を無駄なく取る技術を学ぶ」
担当官が台の上にウルフの死骸を置いた。研修用に仕留めたものらしい。
「毛皮、牙、爪、魔石。売れる部位を見極めて、傷つけずに取り出す。これも収入の一部になる」
ノナが台を見て顔をしかめた。
「うぇ……これ、ちょっと」
「慣れるしかない」
ゴルドが淡々と言う。すでにナイフを構えていた。
「魔物によって、取れる部位も違うのか」
セラが静かに質問する。
「ああ。今日はウルフだが、種によって皮の厚みも骨格も変わる。基本を覚えれば応用は利く」
担当官の答えに、四人が揃って頷いた。
「解体、やったことあるのか」
「実家が石工だったが、家族総出で猟をやった時期がある。多少は」
意外な過去だった。無口な男の意外な一面に、少し興味が湧いた。
普段は多くを語らないだけに、こういう一言が余計に印象に残る。
「石工なのに、猟もやるのか」
「山間の村だった。石を切るだけじゃ食っていけない年もある」
短い説明だったが、ゴルドの背景が少し見えた気がした。話しながらも手は止まらず、器用な手つきでウルフの皮を裂いていく。
「お前、器用だな」
「体で覚えたことは、忘れない」
その言葉に、妙な実感があった。気配を読む感覚も、似たようなものだ。
教わったことは、いつまでも体のどこかに残っている。
担当官の手本を見ながら、各自ナイフを手に取る。皮を裂く角度、牙を折らずに抜く力加減、魔石を傷つけない取り方――手順そのものは覚えがあった。
この街に来たばかりの頃、ウルフを一頭仕留めて、ガッシュに一から教えられたことがある。あれからそう経っていないが、体は思ったより覚えていた。
最初の一太刀は、迷いなく毛の流れに沿って入った。
「お、初めてって顔じゃないな」
隣でレトが器用に牙を抜きながら、意外そうにこちらを見た。
「前に世話になった知り合いに、教わった」
「なるほどな」
レトがまた自分の作業へ視線を戻す。牙を一本、また一本と危なげなく抜いていく手つきが目に留まった。
「レトも、随分手慣れてるな」
「弓引きは、弦を引く力加減が命でな。強すぎても弱すぎてもブレる。牙を折らずに抜くのも、同じ理屈だ」
「羨ましいな」
セラは魔石の周りを慎重に削っていた。危なげのない手つきだが、時折、眉間に皺が寄る。
「魔石は、繊細だな」
「はい……力を入れすぎると、割れてしまうので」
慎重に、慎重に。時間はかかるが、確実な仕事だった。
一方、ノナは苦戦していた。皮を裂こうとして刃が滑り、危うく指を切りかける。
「危ない!」
「大丈夫か」
「だ、大丈夫……びっくりしただけ」
ノナが震える手でナイフを握り直す。セラが作業の手を止めて声をかけた。
「無理しないで。ゆっくりでいいから」
「ありがとう、セラ」
昼を過ぎる頃には、五人分の作業台に皮と牙と魔石が並んでいた。出来にはばらつきがあり、ゴルドの皮は綺麗に剥がれていたが、ノナの分はあちこち傷だらけだった。
担当官が一つずつ台を見て回り、簡単な講評を口にしていく。全員の作業を見比べる、担当官らしい淡々とした足取りだった。
「レトは、牙の抜き方が丁寧だ」
「セラは、魔石を一つも割らずに済んだな。今日はそれだけでも上出来だ」
セラが少し照れたように目を伏せた。
「うぅ……才能ないかも」
肩を落として呟くノナの声は、思っていたより沈んでいた。
「最初はみんなそうだ。数をこなせば変わる」
担当官が慰めるでもなく淡々と告げる。
「俺も、最初の頃は似たようなものだった。心配するな」
意外にもゴルドがノナに声をかけた。ノナが少し驚いた顔をする。
「ゴルドさんも、最初は下手だったの?」
「ああ。父にさんざん怒られた」
短い一言だったが、ノナの表情が少し明るくなった。
「ケイ、お前のは」
呼ばれて、自分の台を見せる。皮は多少傷んでいたが、牙と魔石は綺麗に取れていた。
「悪くない。特に、魔石の扱いが丁寧だ」
頷くだけで返した。あの日教わった手つきが、こんな形で役に立つとは思っていなかった。
「よし、午後は買取相場の話に移る。同じ部位でも、状態で値が大きく変わる」
担当官が机に価格表を広げた。数字の話になると、また頭が働きやすくなる。
「魔石は、大きさと純度で値が決まる。傷があれば、その分値が落ちる。牙や皮は、保存状態が命だ」
「保存状態って、具体的には」
セラが控えめに質問する。
「血抜きと乾燥の速さだ。放置すればするほど価値が下がる。今日みんなが早く作業を終わらせたのは、実は理にかなっている」
ノナが少し誇らしげな顔をした。
「じゃあ、今日みたいに手際よくやれば、査定も上がるってことか」
「その通りだ。腕が上がれば、収入にも直結する」
担当官の答えに、四人の表情が揃って引き締まった。稼ぎに直結すると聞けば、誰でも耳を澄ます。
傷の有無、大きさ、鮮度、それぞれの要素がどう値を動かすか――相場の理屈と、そう遠くなかった。
「これ、全部覚えるの大変だな」
レトがぼやく横で、こちらは黙々と数字を頭に入れていった。傷の程度による値引きの割合、部位ごとの基準額――どれもすんなり頭に収まっていく。
「レトは、弓の手入れの方が得意なんじゃないのか」
「まあな。数字は苦手なんだよ」
「意外だな、賭け事は強そうなのに」
「それとこれとは別だ!」
ノナが笑い、担当官が苦笑しながら講義を締めくくった。
夕方、研修が終わると、全員が手を洗いに水場へ向かった。血と脂の匂いがなかなか取れない。
「毎回、これがきついんだよな」
「慣れだ」
ゴルドの言葉に、レトが唸る。
「お前、慣れすぎだろ」
「セラ、今日のお疲れ様」
ノナが隣で手を洗うセラに声をかける。
「ノナも、お疲れ様。指、大丈夫?」
「うん、平気。びっくりしただけだから」
二人のやり取りを聞きながら、水で手を洗う。冷たい水が指先の感覚を鮮明にし、全員分の血と脂を落とすには、まだしばらくかかりそうだった。
「明日は、受付研修だ。ギルドの窓口業務を見てもらう」
担当官の言葉に、ノナが首を傾げた。
「窓口って、受付のお仕事?」
「ああ。依頼の受注から報告まで、実際の流れを覚える」
「座学とはまた違うんだね」
「体で覚えることが多い分、今日よりは楽かもしれんぞ」
ノナが少し安堵したような顔をした。
軽口を叩き合う四人を横目に、手についた匂いを落としながら、今日の作業を思い返す。皮も牙も魔石も、丁寧に扱えばそれだけ価値が残り、粗雑に扱えば価値は目減りした。
店の商売も、きっと変わらない。丁寧に扱った客や取引ほど、長く続いている。
ミレイたちが、留守の間も店を守り抜いたのも、一つ一つの仕事を丁寧にこなしてきた積み重ねなのだろう。
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【借金メモ・106話終了時点】
前話(105話)終了時:資金銀貨四十一枚と小銀貨八枚・残債なし
106話収支:本話内での増減なし(研修中の解体実習のみ、店舗は通常運営)
ケイの資金:銀貨四十一枚と小銀貨八枚
残債:なし
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【賃料管理メモ】(105話から一日経過)
緑の雫(店舗):支払い済み・次回まで残り7日
試作場:次回支払いまで残り4日
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