第104話『もう一つの報告』
開店前の短い時間を使って、フィアとソルを窓口の前に呼んだ。ミレイも、帳面を片手に隣に立つ。
「昨日、上着の色と、指輪をしていた手、話し方の柔らかさは聞いた。だが、商業ギルドに出す報告書には、もっと細かい特徴が要る」
フィアが、記憶をたどるように目を伏せる。
「上着は、焦げ茶に近い色だった。指輪は右手の中指、石の色までは見なかった」
「声の感じは」
「柔らかいけど、抑揚が少なかった。値切るというより、値を積んで押し切る話し方」
ソルも、腕を組んだまま口を開いた。
「俺のところに来たのも、同じ服装の特徴だ。上背は、俺より少し低いくらいだった」
「右手の甲に傷痕があったのは、フィアだけだったな」
「私が見たのは、確かにそうだった」
同一人物という線が、これで強くなるが、右手の甲の傷を、ミレイもソルも見ていない。角度の問題か、あるいは別人が同じ格好を揃えているのか、まだ判断がつかなかった。
「一人で複数の店を回っているのか、それとも、揃いの格好をした何人かがいるのか……どちらだと思う」
ミレイが、控えめに口を挟んだ。悪くない疑問だった。
「今の段階じゃ、どちらとも言えない。だが、揃いの格好をさせてまで動かす元締めがいるなら、それなりに金を持った組織だ」
フィアが、小さく頷く。
「私たちが気をつけていれば、いいんでしょう」
「そうだ。ただ、気をつけるだけじゃなく、こっちも動く」
「動くって、どうするんです」
ミレイが、心配そうに訊ねた。
「まずは、商業ギルドに正式な報告を出す。同じ被害が他にもあるなら、対策のヒントも見つかるかもしれない」
「わたしたちにできることは」
「今まで通りでいい。三人で決めた通り、誰か一人で対応しない――それを続けてくれれば十分だ」
「はい」
「助かった。二人とも、細かいところまでよく覚えていたな」
「忘れられるものじゃない」
フィアが、短く返した。声が出なくなった感覚は、思ったより深く残っているらしく、ソルも、それ以上は語らなかったが、目つきは、まだ硬いままだった。
「二人とも、無理に思い出させて悪かった」
「いや、必要なことだ」
ソルが、短く応じる。それだけの言葉だったが、それだけの間柄で、十分だった。
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昼前、店をミレイたちに任せて、商業ギルドへ向かった。
薬屋の並ぶ通りを抜け、石造りの低い建物に入る。受付の女に用件を告げると、しばらくして、初老の担当官が奥から出てきた。
「緑の雫の店主殿ですね。従業員への接触の件、承っております」
「話が早いな」
「同じような手口の相談が、他にも何件か来ておりまして」
担当官が、卓上の書類をめくった。
「評判の出た小さな商店を狙って、従業員から製法や仕入れ先を聞き出そうとする一派がいます。金額を積んで揺さぶる、断られれば標的を変える――そちらの被害の内容とも、よく似ています」
「組織立って動いているのか」
「断定はできませんが、単独の小悪党にしては、動きが計画的すぎます。おそらく、どこかの商会が裏で糸を引いているかと」
胸の奥で、これまでの推測が確信に近づいた。相場を張っていた頃、こういう動きの裏には、たいてい元締めがいて、値を積む側が損を承知でばら撒くときは、その先に見込んだ儲けがある。
「他の被害に遭った店は、どんな業種だ」
「小さな薬種問屋、香辛料を扱う商店、それに菓子屋が一軒。どれも、ここ最近になって評判が急に立った店ばかりです」
急に評判が立った店ばかり――その言葉に、落ち着かない気持ちになった。緑の雫も、乾燥野菜の噂が広がって以来、まさにそういう店の一つだった。
「商会の名は」
「そこまでは、まだ。分かり次第、こちらからも連絡します。……店主殿の方でも、詳しい特徴が分かれば、追加で提出してください」
「分かった」
フィアとソルから聞いた特徴を、その場で書き取ってもらう。読み書きができない分、口頭で伝え、担当官が代筆する形に――もう何度も繰り返してきた、慣れたやり取りだった。
「他の被害店とは、情報を共有しているのか」
「ええ。手口の特徴を照らし合わせています。今のところ、狙われる店には、いくつか共通点があるようです」
「共通点とは」
「一つは、評判が立ってから日が浅いこと。もう一つは、扱っている品が、他所では真似しにくい独自のものであること」
言われて、思い当たる節があった。緑の雫の乾燥野菜も、フィアとソルの技術も、どちらも他所では真似できないもので、狙われるのも当然かもしれない。
「対策として、何かできることは」
「従業員には、開示禁止契約を結ばせているとのことでしたね。それは、かなり有効な手段です。他の被害店にも、参考として伝えさせていただいてよろしいですか」
「構わない」
役に立つなら、惜しむ理由はなかった。
「今のところ、実害はありません。ですが、油断はなさらないよう」
「承知した」
一礼して、ギルドを出ると、日は高く昇り、通りには人が増えていた。似たような被害に遭った店を、頭の中で一つずつ思い浮かべる――急に評判が立った店を狙うなら、次に緑の雫が再び狙われる可能性は、決して低くない。
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店へ戻ると、ミレイが心配そうな顔で待っていた。
「どうでした」
「同じ手口の被害が、他にもあるらしい。薬種問屋と、香辛料の店と、菓子屋。どこも、評判が立ってから日が浅くて、他所では真似しにくい品を扱っている店ばかりだそうだ」
「うちも、両方当てはまりますね……」
ミレイの声が、少し沈む。
「だから、また来る可能性は十分にある。だが、うちだけを狙ってるわけじゃないと分かった分、対処の仕方も見えてきた」
「開示禁止契約のことは」
「担当官に話した。他の被害店にも、参考として伝えたいそうだ」
「うちのやり方が、他のお店を守ることになるんですね」
ミレイの表情が、少し明るくなった。守られるだけでなく、守る側にも回れる――そう思えることが、力になるらしい。
窓の外では、いつも通りの通りの喧騒が続いている。研修はまだ数日残っているが、店の方の懸念は、少しだけ軽くなった気がした。
「これから、どうしたらいいですか」
「今まで通りでいい。何か聞かれても答えない、誰か一人で対応しない。それだけ守ってくれれば、あとは向こうから動きがあるのを待つしかない」
「待つのは、少し怖いです」
正直な一言だった。
「怖くて当然だ。だが、正体が見えない間は、下手に動く方が危ない」
ミレイが、小さく頷いた。納得したというより、飲み込んだという顔だが、以前のような不安げな揺らぎはなかった――この数日で、少しずつ肝が据わってきているのかもしれない。
次に何か動きがあれば、商業ギルドから連絡が来る。それまでは、いつも通りの日々を積み重ねるしかない。
夕方、戸締まりをしながら、ふと考える。
トレーダーだった頃は、こういう不確かな情報の断片をいくつも集めては先を読んだものだった。
今は、数字ではなく、店を守る七人と、まだ姿を見せない相手について考えている。それでも、やることは、そう変わらない気がした。
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【借金メモ・104話終了時点】
前話(103話)終了時:資金銀貨四十一枚と小銀貨八枚・残債なし
104話収支:本話内での増減なし(店舗は通常運営、商業ギルドへの報告のみ)
ケイの資金:銀貨四十一枚と小銀貨八枚
残債:なし
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【賃料管理メモ】(103話から一日経過)
緑の雫(店舗):次回支払いまで残り2日
試作場:次回支払いまで残り6日
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