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元トレーダー、金アレルギーなのに金本位制の異世界に翻弄される  作者: 夜明け一葉
第4章

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第103話『留守の間の話』

夜明け前に目が覚めた。自室の見慣れた天井を、しばらく見つめる。


昨夜、打ち上げのあと、久しぶりに自分の寝台で眠った。


二日間、森の中でずっと気配を探り続けていた頭は、まだ街の静けさを持て余している――目を閉じると、ゴルドやレト、ノナやセラの顔が浮かんでくる。あの班とは、研修が終わればまた別々の道を歩くことになるが、あの二日間で得たものは、きっと形を変えて、これからも役に立つはずだった。


打ち上げの余韻と、二日間の疲れが、まだ体の芯に残っていて、それでも、寝過ごすわけにはいかない。店を二日も空けたままでは、開店の準備がミレイたちだけの手に偏ってしまう。


身支度を整え、階下へ下りると、緑の雫の店内は、まだ薄暗く、静まり返っていた。


棚を一つずつ確かめて回ると、乾燥野菜もポーションも並びが乱れていない。二日間、ミレイが毎朝、きちんと並べ直していたのだと分かった。


行商の荷車が石畳を鳴らす音が、通りから響いてくる。開店の支度を始めて間もなく、裏口から、いつもより早い足音が聞こえた。


「おはようございま……ケイさん!」


戸口に立ったミレイが、目を丸くして立ち止まる。


「戻ったんですね……! おかえりなさい」


声が少し震えていた。安堵しているのが、はっきりと伝わってくる。


「変わりはないか」


「はい、だいたいは。……あの、少し、報告したいことが」


ミレイの表情が、わずかに硬くなった。ただの雑談ではないと、すぐに分かった。


「聞こう」


カウンターを挟んで向かい合う。ミレイが帳面を閉じ、代わりに、この二日間の出来事を、順を追って話し始めた。


「初日の昼過ぎ、身なりのいい男の人が来て……乾燥野菜の作り方を聞かれました。でも、わたし、本当に知らないので、そう答えたんです」


「それでいい。知らないものは、知らないと言うしかない」


「そう言ったら、お金を出されて。大銀貨みたいな、大きい銀貨を何枚も」


「いくらだ」


「正確には数えてないですけど……三枚か、それ以上はあったと思います」


数字を聞いて、奥歯を噛んだ。金額の大きさよりも、迷わずそれだけを積んでくる相手のやり口に、覚えがあった――この街の相場からすれば、正体の知れない者にばら撒くには重すぎる額だ。


「それで」


「知らないの一点張りで、通しました。最後は、諦めて帰っていきましたけど……また来るかもしれません」


不安げな声だった。話しながら、ミレイの手が、帳面の端を強く握っているのが見えた。


「よくやった」


短く返すと、ミレイの頬が、わずかに緩んだ。ほっとしたのが、表情だけで分かる。


だが、話はそこで終わらなかった。


「二日目は、フィアさんとソルさんのところにも、同じ人が来たんです。乾燥野菜のことじゃなくて、今度はポーションの――加熱と濾過の工程を」


窓口越しに、フィアが顔を出した。作業の手を止め、こちらへ歩いてくる。


「戻ったのね」


「ああ。話は、ミレイから聞いている」


「私にも、大銀貨三枚と銀貨五枚、出された。ソルには、四枚」


淡々とした口調だが、金額の大きさは、フィア自身も分かっているはずだ。それぞれ違う額を積んで、どちらかが折れるのを待つ――こちらが元いた場所でも、似た手を使う輩はいた。


値をばらけさせ、どこかで綻びを探る。よくある手口だが、実際に自分の店へ向けられると、腹の底が冷えた。


「答えようとしたら、声が出なかった」


フィアが、静かに続けた。


「魔術師には、そう聞かされていた。でも、実際になるのを感じたのは、あれが初めてだった」


その一言に、少し驚いた。想像していたよりも、ずっと生々しい経験だったのだろう――フィアの声が、いつもより低い。


工程は、あらかじめ分けてある。誰か一人が話そうとしても、開示できないよう契約で縛ってあった。


まさにこういう事態のための備えだったが、それが実際に効いたと聞いて、詰めていた息を、静かに吐き出した。


「三人とも、よくやった」


ミレイの肩から、目に見えて力が抜けていくのが分かった。


「良かった……何か、まずいことになってたらどうしようって、ずっと」


「まずくはない。むしろ、相手の狙いが見えた分、こちらが有利だ」


一つの商品を諦めて、もう一つを狙う――粘着質で、計算高い相手だった。今日にでも、フィアとソルから直接、男の人相を聞いておく必要がある。


「その男、また来るかもしれない。誰か一人で対応させるな、必ず、誰かと一緒に出るようにしてくれ」


「はい。三人でも、そう決めていました」


ミレイの声に、迷いはなかった。この二日間で、何かが変わったのが分かる――声の張り方、背筋の伸び方が、以前より、少しだけ、しっかりしていた。


「顔は、覚えているか」


「仕立てのいい上着で、指輪をしていました。歳は四十くらい……声は柔らかいですけど、目は全然、笑ってなくて」


フィアが横から言い添える。


「私のところに来たのは、右手の甲に、小さな傷痕があった」


同一人物かどうかは、まだ断言できない。だが、一人であれ複数であれ、組織立って動いているとしか思えなかった。


金額を惜しまず、標的を切り替え、複数人へ同時に手を伸ばす――行き当たりばったりの小悪党ではなく、どこかの商会が、正式に人を雇って動かしている可能性もあった。トレーダーをやっていた頃なら、こういう動きの裏に何があるか真っ先に疑ってかかっただろうと、ふと思う。


「分かった。その特徴は覚えておくし、商業ギルドにも一応報告しておく」


「お願いします」


フィアが軽く頭を下げ、作業場へ戻っていく。窓口の向こうから、ソルの短い声も聞こえた。


「戻ったか」


「ああ。世話をかけた」


「別に」


素っ気ない返事だが、それだけの間柄で十分だった。ソルは元々、多くを語る性分ではないが、窓口越しに一言かけてくるあたり、こちらの帰りを気にかけていたのは分かる。


奥では、ダルとセイナが、いつも通り素材を刻む音を立てている。充填担当の二人も瓶を並べる手を止めずに軽く頭を下げてきて、誰一人欠けることなく、二日間、この店を保っていてくれた。


「留守の間、世話になった」


声をかけると、ダルが照れたように頷き、セイナも小さく笑った。多くを語らない連中だが、その仕事ぶりだけは、いつも信頼できる。


「他には、何かあったか」


「あの……常連のお婆さんが、いつも通り来てくれました。それと、新人の冒険者さんたちも、噂を聞いて来てくれて」


ミレイが、少し照れたように続ける。


「店のこと、ちゃんと知られてるんだなって、思いました」


嬉しそうな声だった。


カウンター脇の掲示板に目をやる。乾燥野菜の使い方を絵で示したあの板は、二日前と変わらず、そこにあった。


「これも、ちゃんと使ったんだな」


「はい。お客さんに聞かれたら、必ず口でも説明するようにしています」


決まりを、決まりのまま守っているだけではない――自分の言葉で、客に伝えている。それは、教えたことより一歩先の仕事だった。


「ミレイが、ちゃんと守ったからだ」


短く返すと、ミレイが目を丸くしてから、小さく笑った。


「悪かったな。二日間も、一人に背負わせて」


思わずそう言うと、ミレイが慌てたように首を振った。


「一人じゃないです。フィアさんも、ソルさんも、皆で決めたので」


その言い方に、少し驚いた。任せた、と思っていたのは、こちらの側だけだったのかもしれない――留守の間、この店は、ミレイ一人が守っていたわけではなかった。


留守にしていた分の重さを、今さらのように感じる。相場だけを見て生きていた頃は、こんな重さを背負ったことはなかったが、今は違い、数字の向こうに、この七人の顔があった。


安心すると同時に、申し訳なさも湧いてくる。


「研修は、まだ数日残っている。座学と、解体研修と、受付研修だ」


「はい」


「それが終われば、討伐依頼も受けられるようになる。店との両立は、依頼を受ける日と店に立つ日を分ける形でいく」


「リナさんから、少し伺いました」


ミレイが頷く。話が早くて助かる。


「休みの日を決めたら、また相談させてくれ。急に留守にすることが、これからも増える」


「大丈夫です。今回、やれることが分かりましたから」


その一言に、迷いはなかった。二日間、任せて正解だったと、今さらのように思う。


「討伐依頼は、初めのうちは近場だけにする。遠出は、もう少し慣れてからだ」


「わたしたちも、留守番には慣れましたから。今回みたいなことがあっても、今度はもっと落ち着いて動けると思います」


「頼もしいな」


素直にそう言うと、ミレイが照れたように目を伏せた。


「ダンジョンの話も、そのうち出てくると思う。まだ先の話だが、店の運営には関わらないやり方で調整するつもりだ」


「はい。……ケイさんが決めることなら、わたしたちは、いつも通りに店を回すだけです」


その一言に、安心した。留守にする回数が増えても、この七人がいる限り、店は保たれる――そう思えるだけで、これから外へ出るのが、少し楽になる気がした。


窓の外が、少しずつ明るくなっていく。棚に並んだ乾燥野菜と瓶を見渡すと、二日前と何一つ変わっていない。


留守の間、確かにここは守られていたのだと、改めて感じた。


「今日から、また頼む」


「はい」


ミレイが頷いてから、ふと思い出したように、もう一度口を開いた。


「……おかえりなさい」


二度目の「おかえり」には、最初よりも、幾分か落ち着いた響きがあった。それが、なぜか、うれしかった。


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【借金メモ・103話終了時点】

前話(102話)終了時:資金銀貨四十一枚と小銀貨八枚・残債なし

103話収支:本話内での増減なし(店舗は通常運営、ケイ帰還のみ)

ケイの資金:銀貨四十一枚と小銀貨八枚

残債:なし

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【賃料管理メモ】(102話から変動なし)

緑の雫(店舗):次回支払いまで残り3日

試作場:次回支払いまで残り7日

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