第101話『打ち上げ』
研修受付の窓口には、見覚えのある壮年の担当官が座っていた。リナが、持っていた記録板を差し出す。
「二日間の野外実習、五名とも完遂。負傷者はいましたが、いずれも軽傷。予定の日程通り、尾根の目印まで往復完了です」
担当官が、記録板に目を通しながら、こちらを見やった。
「フォレストウルフの群れとの交戦記録も上がっているが……引率の介入なしと?」
「なしです。班の判断のみで対処しました」
担当官の眉が、わずかに上がる。
「なるほど。……指示を出していたのは、あなた?」
「はい」
「まとめ役、ということだな。名前は」
「ケイ、です」
「記録しておく。討伐報告書は、後日、正式なものを提出するように」
「わかりました」
短いやり取りが終わると、担当官は記録板に何かを書き込み、リナへ返した。
「以上。お疲れ様でした」
窓口を離れると、リナが、記録板を小脇に抱え直した。
「これで、公式な記録も残ったわ。……よくやったわね」
「野外実習、これで終わり! 二日間、お疲れ様」
リナが両手を叩いた。その一言で、四人の顔から、張り詰めていたものが抜け落ちていく。
「終わったぁぁ……!」
ノナが、天井を仰いで叫んだ。
「声、でかいって」
レトが苦笑して、その肩を小突く。
「だって、二日間だよ!? 寝不足だし、虫は出るし、フォレストウルフだし……!」
「まあ、気持ちは分かる」
ゴルドが、珍しく口の端を緩めた。腕の傷は塞がっているが、まだ庇うような仕草が残っている。
リナが、財布代わりの小さな革袋を軽く叩いた。
「今日は、私が奢るわ。よく頑張った班に、引率からの心ばかりのお礼」
「……いいのか」
「いいのよ。二日間、一度も呼ばれなかった引率へのお礼でもあるわ」
リナが、悪戯っぽく笑う。
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ギルドの酒場は、夕刻の混雑が始まったところだった。木の長机を囲み、五人で席につく。
「まずは、無事に終わったことに」
リナの音頭で、木のジョッキが五つ、軽く触れ合った。ノナの果実水、レトとゴルドのエール、セラの薄い葡萄酒、リナの濃い赤葡萄酒。
こちらは、水で薄めた葡萄酒を頼んだ。強い酒には、あまり馴染みがない。
一口飲んだノナが、大きく息を吐いた。
「あーっ、生き返る……! ねえ、なんか食べよ、お腹すいた」
「あなた、いつもすいてるでしょう」
セラが小さく笑った。緊張の抜けたその顔は、二日間、あまり見なかったものだった。
料理が並び始めると、話は自然と、この二日間へ戻っていく。
「あの虫、ほんと硬かったよな。俺の矢筒、帰りにはもう空っぽだったし」
「私の剣も刃こぼれした。あとで研ぎに出さないと」
「ケイさんの、あの読み方すごかったよね。関節とか、腹側の毛が薄いとか、なんで分かるの?」
「見えるものを、見てるだけだ」
「それが普通の人には見えないんだって!」
ノナが、むっと頬を膨らませた。レトが、思い出したように身を乗り出す。
「あ、そうだ。あの乾燥野菜、まだどこかで買えるの? 街でも品薄だって聞くけど」
「知ってる店がある。品切れは、あまり見ない」
「マジで? 今度、絶対買いに行くわ」
隠すつもりはなかったが、自分がその作り手だとまでは、やはり言わなかった。噂の品を、噂のまま楽しんでいる四人を見ているのが、悪くなかった。
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料理があらかた片づいた頃、リナが、少し声のトーンを落とした。
「さて。……浮かれてるところ悪いけど、これからの話をしていい?」
四人の背が、わずかに伸びる。ノナの果実水を持つ手が、止まった。
「野外実習は終わったけど、研修そのものは、まだ数日残ってる。座学と、解体研修、それにギルドでの実務見習いよ。……それを終えれば、討伐依頼も正式に受けられるようになる」
「討伐、ってことは……採取だけじゃなく?」
セラが、そっと訊いた。
「採取は、もう好きにやっていいのよ。今までもやってたでしょう。今回、正式に解禁されるのは討伐——魔物を狩る依頼の方」
「じゃあ、ダンジョンにも入れるように——」
ノナが身を乗り出しかけたところで、リナが軽く手を上げて止めた。
「そこは別よ。ダンジョンは、地上とは勝手がまるで違うわ。閉所での立ち回り、後戻りできない一本道、時間停止のポーチの扱い……あれは、また別の研修が要る。今回の研修は、あくまで地上の話」
「そう。研修が終われば、班としての縁は、いったんそこまでよ」
ノナが、あからさまに肩を落とした。
「ええー……せっかく、仲良くなったのに」
「新人研修は、あくまで一時の組み合わせ。修了すれば、それぞれ好きな仕事の選び方をしていい。ソロも、別のパーティも、あなたたちの自由よ」
レトが、椅子に背を預けて笑った。
「まあ、寂しいっちゃ寂しいけどな。……でも、依頼で顔を合わせることくらい、あるだろ?」
「もちろん。依頼によっては、臨時で組むこともできるわ。今日で終わり、ってわけじゃない」
ゴルドが、静かに頷いた。
「そのときは、また頼む」
「こっちこそ」
その一言に、他意はなかったはずだが、胸の奥が、じんわりと軽くなった。二日間の縁が、きっぱり消えてしまうわけではないと知って、肩の力が抜けていく。
「ただし、ケイには一つ、確認しておきたいことがあるわ」
「なんだ」
「あなたには店があるでしょう。研修を終えて討伐依頼を受けるようになれば、依頼と店を両方回すことになる。……無理は、しなくていいのよ」
店のことは、頭の隅にずっとあった。ミレイたちに任せているとはいえ、いつまでも留守にはできない。
「店は、休業日を作る。実務見習いが終わったら、依頼を受ける日と、店に立つ日を分ける形でどうだ」
「それでいいわ。無理な詰め込みは、長続きしないもの」
リナが、木のジョッキを掲げた。
「じゃあ、あらためて。……この二日間の縁に」
ジョッキが、もう一度触れ合う。乾いた音が、酒場の喧騒に紛れて消えた。
窓の外は、すっかり夜になっていた。この班としての道はもうすぐ終わるが、二日間で結んだ縁までが、消えるわけではなかった。
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【借金メモ・101話終了時点】
※本話は研修二日目終了当夜(打ち上げ)。店舗収支・賃料は100話で計上済み、本話での変動なし。
前話(100話)終了時:資金銀貨四十一枚と小銀貨八枚・残債なし
101話収支:打ち上げの飲食代はリナが負担(ケイの支出なし)
ケイの資金:銀貨四十一枚と小銀貨八枚
残債:なし
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【賃料管理メモ】(100話から変動なし)
緑の雫(店舗):次回支払いまで残り3日
試作場:次回支払いまで残り7日
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