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元トレーダー、金アレルギーなのに金本位制の異世界に翻弄される  作者: 夜明け一葉
第4章

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第99話『真夜中の番』

毛布にくるまると、一日ぶんの疲れが、どっと背中にのしかかってきた。慣れない土の硬さも、遠い梢のざわめきも気にならない——目を閉じた途端、意識は底へ引きずり込まれた。


---


焚き火が、小さく爆ぜる。宵の口の見張りは、ゴルドとレトの二人だった。


火を囲んで、毛布の塊が規則正しい寝息を立てている。そのうちの一つ、年長の斥候は、横になった途端に眠りへ落ちていた。


「……派手な一日だったな。初日から、あんなに湧くとは思わなかったぜ」


膝を抱えたまま、レトが声を落とす。


「他の班が、森を荒らしてる」


ゴルドの返しは短い。盾を膝に立てかけ、闇の側から目を離さない。


「まあな。……なあ、あの斥候さん、何者だと思う」


火の粉が、ぱちりと舞い上がった。


「見えないものを、見てる」


ゴルドが、ぽつりと続けた。


「あの目がなけりゃ、俺たちの何人か、今ごろ生きてない」


「だよなあ」


レトが、火に小枝をくべる。


「しかも飯までうまいときてる。あの乾燥野菜、噂のやつだろ。街じゃ手に入れるのも一苦労だってのにさ」


ゴルドが、小さく頷いた。


「歳は食ってても、あの人と組めたのは、当たりかもな」


年長の斥候の寝息は、その間もずっと、規則正しいままだった。


---


肩を、軽く揺すられて目を開ける。焚き火はだいぶ小さくなり、森の闇が、さっきよりずっと濃かった。


「ケイ、交代の時間よ」


リナだった。見張りを終えたゴルドとレトが、入れ替わりに毛布へ潜り込んでいく。


「変わったことは」


「何も。静かなものだったよ。……あとは頼んだ、斥候さん」


レトが欠伸まじりに言って、すぐに寝息を立て始めた。


火に枝をくべると、リナと並んで、焚き火を背にして、暗い森の方へ向き直った。


「私は火のそば。あなたは気配を追って。……見張りの間は、眠っちゃ駄目よ。でも斥候は、まどろみながらでも気配を感じ取れるようにならないといけないの。体は休めていいわ。ただ、気配だけは、意識の端で保っておいて」


「分かった」


夜は、深く、長かった。梢の間から覗く星が、少しずつ位置を変えていく。


焚き火の熾が爆ぜるほかは、虫の声もいつしか絶えて、森はただ、黒く沈んでいた。


どれくらい経った頃か。まどろみかけた意識の底で、開けたままの気配が、鋭く震えた。


来る。一つではない。


低く速い気配が幾つも、地面すれすれを走って、こちらへ迫ってくる。闇に紛れて、目ではまるで見えない。


右目の奥へ、力を通す。今日の疲れが残る奥が、鈍く軋んだ。


解析表示

【対象:生体気配】

【状態:南の茂みより接近、地表を低く速く分散移動——数、六以上】

【予測:ダッシュラットの群れ/夜襲・包囲の構え】


「リナ、来る。南から、ダッシュラットの群れだ。六以上、散らばって回り込む気だ」


「——起こすわ。全員、起きて! 戦闘よ!」


リナの鋭い声が、眠りを断ち割った。毛布が跳ね、四人が転がるように武器を掴む。


だが、誰の目も、まだ闇に慣れていない。


「見えない……どこ!?」


ノナの声が、上ずった。見えないのは、こちらも同じだ——だが、気配は掴んでいる。


「右前に二匹! ゴルド、そこで受けろ。レトは音のする方へ、低い位置を狙って射て。ノナは正面へ、地を払う風で吹き飛ばせ」


闇の中へ、次々と位置を投げる。目の代わりに、気配が獣の像を描いた。


ゴルドの盾が、見えない突進を音だけで受け止める。ノナの風が地を払い、駆けてくる小さな影を数匹、まとめて吹き飛ばした。


「左へ回った一匹、セラの後ろだ!」


セラが振り向く前に、レトの矢が闇を裂いて飛ぶ。獣が短く鳴いて、気配が一つ消えた。


それでも、数が多い。一匹が足首へ食らいつき、ノナが悲鳴を上げて倒れ込む。


「セラ!」


セラの手が光り、ノナの足の傷を塞いでいく。その間に、群れの残りを、リナの刃が闇の中で次々と薙いでいった。


やがて、最後の一匹の気配が、茂みの奥へ逃げ去る。追わなかった。


森に、また静けさが戻る。誰もが、肩で息をしていた。


「……ケイが気づかなかったら、寝込みを襲われて、全滅していたわ」


リナが息を整えて、こちらを見た。


「夜のいちばん深い刻に、あなたを置いた意味。分かったでしょう」


ノナが、塞がったばかりの足首をさすりながら、震える声で頷いた。


「ケイさん、すごい……真っ暗なのに、どこにいるか全部、言い当ててた」


「見えてはいない。気配で、位置を追ってるだけだ」


それでも、闇の中で群れの形を掴めていたのは、自分だけだった。


リナが、散らばった獣の骸を焚き火の光の外へ片づけ、崩れた寝床を直させる。


「まだ夜は明けない。残りは、私が見てるわ。あなたたちは、少しでも寝ておきなさい」


「ケイも。真夜中の番は、もう十分すぎるほど働いたわ」


言葉に甘えて、毛布へ戻る。気配だけを薄く開けたまま、今度こそ、意識が底へ落ちていった。


肩を揺すられて目を開けると、梢の隙間が白んでいた。


朝だった。


焚き火は朝の支度に組み直され、リナが小鍋をかけている。ゆうべの残りに乾燥野菜を足した、あたたかい汁物の匂いが、寝ぼけた頭にしみた。


椀を受け取って啜る。四人も、のろのろと起き出してきた。


だが、その顔ぶれは、揃いも揃って、ひどい有様だった。


ノナは椀を持ったまま船を漕ぎ、レトは目の下に隈を作って、干し肉を噛むでもなく咥えている。ゴルドは壁のように座ったまま、目を半分閉じていた。


セラは椀に口をつけたまま、眠気でぐらりと前へ倒れかけた。


「ほら、寝ない!」


リナが、傾いだセラの肩をぽんと立て直す。当の本人だけが、しゃんと背を伸ばし、涼しい顔で汁物を啜っていた。


「一晩くらい細切れでも、慣れれば動けるようになるわ。……ま、初日でこれだけ叩き起こされたら、無理もないけどね」


眠い。全身が綿を詰めたように重く、腹の底に落ちる汁物の熱だけが、辛うじて頭を起こしていた。


これが、冒険者の夜か。


研修の一日目は越えた。だが今日は、森の奥で、本番の実習が待っている。


---


【借金メモ・99話終了時点】

※本話は研修初日の夜~二日目の早朝。初日分の店舗収支・賃料日数は97話で計上済みで、二日目分は二日目を終える回でまとめて計上する

前話(98話)終了時:資金銀貨四十一枚と小銀貨一枚と大銅貨五枚・残債なし

99話収支:本話内での増減なし(店舗はミレイらが継続運営/ケイは野外実習で不在)

ケイの資金:銀貨四十一枚と小銀貨一枚と大銅貨五枚

残債:なし

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【賃料管理メモ】(初日から据え置き。二日目終了時に更新予定)

緑の雫(店舗):次回支払いまで残り4日

試作場:次回支払いまで残り8日

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