§3 廃屋の光
雨はまだ細く降り続いていた。
石畳に溜まった水が街灯を映し、二人の影を揺らしている。
慧吾と諒介は、北区の外れへ向かって歩いていた。
目的地は、二年前に封鎖された管理棟。
風が吹くたび、古びた建物の外壁が軋む。
「……ここか」
慧吾が静かに見上げる。
錆びついた扉は半ば開き、長い年月を物語るように蔦が絡みついていた。
「ああ。前に辰彦たちが開けた場所だ。お前を助けるヒントを探して」
諒介は懐かしむように歪んだドアを見上げる。
「『こんな錠前、風通しが悪いだけじゃ』って笑ってた」
それを聞いた慧吾の口元が、わずかに緩む。
「らしい」
その笑みは一瞬で消えた。
建物の奥から、何かが呼吸するような気配が流れてきた。
「……まだ動いている」
諒介は眉を寄せる。
「二年も放置されていた施設だぞ」
「だからこそだ」
慧吾は掌に淡い光を灯した。
白い光が床を照らす。
埃は厚く積もっている。
人が歩いた形跡はない。
それでも。
床下から微かな振動だけが伝わってきた。
トン……
トン……
トン……
諒介が足を止める。
「鼓動……か」
「いや」
慧吾は首を振った。
「誰かが送っている信号だ」
長い廊下を進む。
壁一面を走る古い配線。
切れているはずの回路。
その一部だけが、青白く脈打っていた。
「電源が生きてる……」
諒介が小さく呟く。
「おかしいな」
慧吾は配線を目で追う。
一本だけ。
地下へ向かって伸びている。
「下だ」
二人は階段を降りた。
湿った空気が肌にまとわりつく。
水滴が一定の間隔で落ち、静寂をさらに深くしていた。
地下最深部。
重い鉄扉の向こうに、ひとつだけ光る端末があった。
慧吾はゆっくり近づく。
画面が自動で起動する。
淡いノイズ。
そして文字が浮かび上がった。
《試験個体 No.1201》
《同期率 89.6%》
《基幹コード No.06》
諒介が息を呑む。
「……No.06」慧吾の表情は変わらない。
しかし胸の奥では、光がわずかに揺れていた。
「06。俺のコードだ」慧吾は無言で画面を見つめた。
端末の灯が、静かにその横顔を照らす。
「コードナンバー1201……」
諒介が、ちらりと慧吾を見る。
「どういう意味だ?」
諒介の言葉に、慧吾は端末の1201を指さす。「十二星座のゼロ地点。"星の始まり"――ノヴァ、だ」
その瞳の奥で、自らの光が一瞬だけ脈打つ。
画面が切り替わる。
《補助信号受信》
《No.1201 再起動準備》
《同調対象 No.06》
その瞬間。
慧吾の胸に鋭い痛みが走った。
「……っ」
息が止まる。
掌で胸を押さえ、壁へ手をつく。
「慧吾」
諒介がすぐ横へ立つ。
「その顔で『問題ない』は無しだ」
慧吾は苦く笑った。
「……先を越されたな」
「長い付き合いだからな」
諒介は端末を見つめる。
「つまり、このNo.1201がノヴァなのか?」
慧吾はゆっくり頷く。
「そう考えるのが自然だ」
「そして、お前と繋がっている、と」
沈黙。
電子音だけが響く。
慧吾は画面から目を離さない。
「まだ分からない」
低い声だった。
「だが……」
その先を、慧吾は言わなかった。
代わりに端末が再び点滅する。
《No.1201》
《覚醒プロセス開始》
部屋中の照明が一斉に明滅した。
低い唸り。
床下で何か巨大なものが動き出す。
慧吾は静かに目を閉じる。
「……来る」
諒介が問い返す。
「誰が」
慧吾は画面を見つめたまま答えた。
「ノヴァの中で眠っていた"もうひとつ"が」
その声と同時に。
地下施設全体へ、長い警報音が鳴り響いた。




