§1 光の庭
──選ばれなかった未来。
もし、ノヴァが"光を受け継ぐ子"ではなく、敵側が生み出した試験個体として目覚めていたなら。
ノヴァを生み出した当時、最初に描いていたプロットをもとにした、もうひとつの物語です。
本編のノヴァは、慧吾から『透明の心臓』を半分受け継いだ、普通の男の子です。
「さっ、今日はノヴァの髪を切るわよ!」
リリカはエプロンを身につけ、散髪用の鋏を手にした。
庭では辰彦と哲平が、小さな椅子ごとノヴァを担ぎ上げている。
「ほーれ、ガタガタ道じゃ!」
「坂道だぞー!」
椅子が揺れるたび、ノヴァは声をあげて笑った。
花が風に舞う。春の光が庭いっぱいに降り注ぐ。
(こんな日が来るなんて……)
リリカは胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じていた。
「じっとしててね。動くと危ないよ」
鋏を入れるたび、陽射しを受けた金色の髪が、やわらかく風へ溶けていく。
「くすぐったい!」
肩をすくめるノヴァに、哲平が水をかける真似をして笑う。
「おっと危ねぇ!」
辰彦が哲平の頭を軽く叩き、三人の笑い声が庭へ広がった。
ほんの短い静けさ。
光が、こんなにも綺麗だなんて。
きっと闇を知った者だけが、こんなふうに感じられるのだろう。
陽が傾き始め、花びらがノヴァの肩へ静かに降り積もる。
「きれい……」
リリカが微笑む。
その瞬間だった。
ノヴァが顔を上げる。
片方の瞳は、陽だまりのような黄金。
もう片方は、夜の底を思わせる、深い黒。
まるで光と闇が、同じ命の中で静かに息づいているようだった。
「……ノヴァ、その瞳……」
ノヴァは不思議そうに首を傾げる。
「母さんが言ってた。
『ひかりはね、かげといっしょにあるんだよ』って」
その言葉に、慧吾の胸の奥が小さく疼いた。
振り向くと、廊下の影に慧吾が立っている。
何も言わない。
ただ、ノヴァの瞳だけを見つめていた。
(……何だ、この違和感は)
春風が吹き抜ける。
その風だけが、誰にも答えを教えようとはしなかった。
夕暮れ。
遊び疲れたノヴァは、リリカの膝を枕に眠ってしまった。
規則正しい寝息。
リリカは微笑みながら、そっと毛布を掛ける。
「おやすみ」
部屋を出ると、諒介がベッド脇へ腰を下ろした。
包帯の残る小さな手。
細い指先。
その寝顔を見つめながら、ぽつりと呟く。
「……不思議な子だな」
少し間を置いて、小さく笑う。
「こんなに穏やかに眠っているのに、時々、どこか別の場所を見ているような顔をする」
視線を落とす。
「……何を背負っているんだろうな、お前は」
その時。
廊下に気配がした。
振り向くと、慧吾が静かに立っていた。
諒介は少し照れたように笑う。
「……独り言だ。聞かなかったことにしてくれ」
慧吾は一瞬だけノヴァを見つめ、ゆっくりと頷いた。
「了解した」
そのまま歩き出しかける。
しかし数歩先で立ち止まり、静かに口を開いた。
「……だが、違和感を覚えたのは俺も同じだ」
諒介は驚いたように顔を上げる。
慧吾は振り返らない。
「だから、少し調べてみる」
それだけ残し、廊下の奥へ静かに消えていった。
諒介は、眠るノヴァに視線を戻し、小さく息を吐く。
「……慧吾がそう言うなら、やっぱり何かあるんだろうな」




