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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅴ 赦しの環

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第10章 祈りの手

村の奥へ進むほど、空気は静かになっていった。風の音すら、どこか遠慮がちだった。


ノヴァがふと立ち止まる。


「……ここは……」


指先が震え、胸の光がかすかに脈打つ。


慧吾とジャックは言葉を飲み込んだ。この先にあるものを、二人とも理解していた。


**


崩れた家屋の影──そこに、淡い光がいくつも漂っていた。


ゆらゆら揺れながら、形を保てないほど弱い “残滓” たち。


その中心で、ひときわ小さな光がノヴァの方へと揺れた。


「……おかあ、さん……?」


ノヴァの声が震えた。


小さな足が、ゆっくりとその光に近づく。


慧吾の胸が痛んだ。ジャックは拳を握りしめたまま視線を落とす。


**


ノヴァは膝をついた。


光の手──かつて自分を抱いたはずの温もりにそっと自分の手を重ねた。


「……ごめんね。 おそくなって……ごめんね……」


小さな声。その言葉は幼いけれど、胸を裂くほどの重さがあった。


光がふるえた。まるで「待っていたよ」と返しているように。


ノヴァは泣かない。涙をこらえて、笑った。


「ぼく、ね…… いま、たのしいよ…… けいごと、じゃっくが…… そして、やさしいひとたちが、 いっぱい、いっぱい……まもってくれたんだよ……」


声がかすれた。


「だから、しんぱいしなくて……いいよ……」


光が強まった。ノヴァの手の下で、ぬくもりが流れた。


慧吾が思わず息をのむ。


(……生きていたときと同じ“温度”だ)


ノヴァの胸の光がふわっと広がり、優しい輪となって残滓たちを包んだ。


その光の中で、亡骸の影がゆっくりほどけていく。悲しみではなく──すべてを赦して消えていくように。


ノヴァは最後まで笑っていた。泣かずに、ただまっすぐに。


「……いってらっしゃい。 ぼく、ちゃんと……いきるから。……いつか、また、あおうね」


光は風に溶けて消えた。


残ったのは、あたたかい空気だけだった。静かで、どこまでも優しい。


**


慧吾は目を伏せた。胸の奥で何かがひりついた。


ジャックは手の甲で顔をこすりながら呟く。


「……強ぇな、坊やは…… 俺よりも、よっぽど……強ぇよ……」


ノヴァは振り返って、小さく微笑んだ。


それは、“赦し”を身に宿した子どもの笑顔だった。

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