↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅴ 赦しの環

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
59/73

第8章 呼ばれる場所

風が、止んだ。

それまで三人の背を押していた穏やかな流れが、嘘みたいに、ぴたりと途切れた。


慧吾は足を止める。

「……妙だな」


ジャックも周囲を見回した。

埃も、灰も、動いていない。

「風が……逃げてやがる」


ノヴァだけが、少し遅れて立ち止まっていた。「……あれ?」

小さな声だった。


慧吾が振り返ると、ノヴァは胸の前で両手をぎゅっと握りしめている。


「どうした」


ノヴァはしばらく黙っていた。言葉を探すみたいに、地面を見つめて。


それから、ぽつりと言った。


「……よばれてる」


ジャックの眉が、わずかに動く。

「何にだ」


ノヴァは首を振る。

「わかんない。でも……」

小さな指が、遠くを指した。

「“あそこ”」


慧吾の胸の奥が、かすかに疼いた。


嫌な痛みじゃない。けれど、無視していい類のものでもない。


「ノヴァ」

声をかけようとした、その時。

ノヴァが顔を上げた。

泣きそうなのに、逃げない目だった。


「ぼくね…… いかなきゃ、だめなきがする」


ジャックが短く息を吐く。


「あの方向は……」

言いかけて、言葉を切る。

慧吾は気づいた。


ジャックは、知っている。

地図にも、記録にも残らない。

“行ってはいけない場所”を。


「……行かねぇ方がいい」

低く、硬い声だった。


ノヴァは何も言わない。

ただ、そこに立っている。


「……限界だった場所だ」

ジャックの言葉に、慧吾の足が止まる。


「何だ?」


「あの村だ。 全滅して、記録も消された。 そして――」

一拍置いて、ジャックは続けた。

「お前が、倒れた場所だ」


慧吾の胸の奥で、何かが音を立てた。

灰の匂い。冷たい地面。


(……ああ)


喉が、かすかに鳴る。

「……そうか」

慧吾は、ノヴァを見た。


ノヴァは、強い決意を秘めた瞳で、慧吾を見上げている。


慧吾は、静かに言う。

「……お前も、覚えていないはずだ」


ノヴァが、はっとして顔を上げる。

「ぼく……?」


「あの時は、限界だった。 俺もだ」

慧吾は、ゆっくりと続けた。

「覚えていないのは、 弱かったからじゃない」


ノヴァの手が、きゅっと握られる。

「……がまんするのに、いっぱいだった」


慧吾は、はっきりと頷いた。

「ああ。 だから――呼ばれた」


ジャックが、短く吐き捨てる。

「……未完の場所だ」


慧吾はノヴァの前にしゃがみ、目線を合わせた。

「ノヴァ。 あそこへ行ったら、 つらいものを見るかもしれない」

ノヴァは、こくりと頷く。

「……うん」


「それでも行くのか」


小さな胸が、深く息を吸う。

「それでも…… ぼくが、いかなきゃだめだとおもう」


慧吾は立ち上がる。

「……行こう」


ジャックが顔をしかめる。

「おい」


慧吾は、静かに言った。


「理由は、あとでいい。 今は――“呼ばれた”命を、無視できない」


ジャックは舌打ちした。だが、背を向ける。「……チッ。 ほんと、お前ら似た者同士だな」


歩き出す二人の背を、ノヴァは少し遅れて追いかけた。


風が、ゆっくりと戻ってくる。


まるで――


「正しい方向を選んだ」と、世界そのものが静かに認めたかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
, ,

,

,

,

,
,
,
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。