第6章 初めての野営(よいやすみの夜)
花の国を出て、丸一日歩いた。夕焼けは金色に落ちて、草原が火の海みたいに揺れている。
ジャックが荷物をどさっと下ろした。
「よし!今日はここで野営だ!」
ノヴァは目を輝かせる。
「のえい!!ぼく、はじめて!!」
慧吾は微笑む。
「野営だ。慌てるな。まずは風の向きを読む」
そう言いながら、指先で空の流れを撫でるように確かめる。
ジャックはもう焚き火用の枝を集め始めていた。
「ほら坊や!でっけぇ木の枝ひろったぞ!!」
ノヴァ(真剣に)「すごい!!ジャック、おおきいのひろうのじょうず!!」
ジャック「だろ!?もっと褒めろ!」
慧吾(呆れ気味)「褒めて伸ばすタイプか……」
ノヴァが転げるほど笑う。
火がつくと、草の匂いと混ざって、ふわっとあたたかい空気が広がった。
ノヴァは火の揺れをじっと見つめて言う。
「けいご……ひ、きれいだね」
「火だ。触るな」
「ふれてみたい!」
「ダメだ」
「けち!!」
ジャックが吹き出した。
「慧吾、お前、もう完全に父親だな」
「……お前ほどじゃない」
ジャックはわざと大きく肩をすくめてみせた。
「まぁな!!」
慧吾は聞き流し、手元の鍋のフタを開ける。
中には、野草入りの簡単なスープが湯気を立てていた。
ノヴァ「わーっ!!けいご、これつくったの!?」
慧吾「切ったのはお前だろう。俺は煮ただけだ」
ノヴァ(胸を張る)「ぼく、りょうりのてつだいできるんだよ!!」
ジャック「将来は料理人か?いいなぁ!俺専属の!」
ノヴァ「やだ!」
ジャック「なんでだ!?」
慧吾「お前といると太るからだろ」
ジャック「俺のせいか!?!?!?」
食事を終え、三人で空を見上げる。
草原の上には、もう手の届きそうなほどの星。
ノヴァは慧吾の外套に包まれながら、ぽつりと言った。
「けいご……きょう、むね……いたくなかった?」
慧吾は少し考えてから答えた。
「……少しだけ。でもな」
ノヴァをそっと抱き寄せる。
「“痛みが来るたびに、お前がそばにいる” そう思うと……悪くない」
ノヴァの胸の光がふわっと揺れ、そっと慧吾の胸に自分の小さな手を重ねた。
「じゃあ……ぼくのひかり、けいごにあげるね」
「お前の光はお前のものだ」
「でも……いっしょにいてくれる?」
慧吾は迷いなく答えた。
「ああ。ずっといる」
ジャックは焚き火に木を足しながら、背中越しに言った。
「……安心しろ坊や。俺もずっといる」
満面の笑みで頷くノヴァの顔を、焚き火が照らした。
「慧吾。 世界がどんな傷でも、俺たちならなんとかなる。先走るなよ」
慧吾は横目でジャックを見る。
「……お前に言われるとはな」
「言わせるな。馬鹿」ジャックは軽い調子に聞こえるように言う。
その胸には、かつてこの手からその命を落としかけたという思いがあるのを、慧吾は感じていた。
「あっ、そうだ」
突然、ノヴァが明るい声で言い、ポシェットを探る。
そしてジャックの荷物に、慧吾の古い外套のほつれ糸を一生懸命むすびつけようとしている。
「あれぇ」
けれど、まだ幼い指ではうまく結べない。
「……ノヴァ、貸してみろ」
慧吾がしゃがんで手伝いながら、ほつれ糸を優しく持ち上げる。
「ノヴァ、これはなんだ?」
ノヴァは胸を張って言った。
「キレイにしたまちのかず!!」
慧吾の手が止まる。
「街の……数?」
ノヴァは嬉しそうに頷いた。
「ぼくたちのひかりが、まちをキレイにしたんだから、 このいとは“つないだかず”なんだよ!」
慧吾の喉が、ほんの少し震えた。
(……この子はもう、自分を責めていない)
ジャックはその横で腕を組み、少しだけ照れたように肩をすくめた。
「いいじゃねぇか。坊やの勲章だな」
慧吾はゆっくり、ほどけないよう固く結び直した。
「……そうか。 じゃあこの糸は、今回の旅の “はじまりのしるし” だな」
ノヴァの瞳がぱっと明るくなる。
「じゃあ、かえるときはもっといっぱいつけられるね!!」
慧吾とジャックは一瞬顔を見合わせて──どちらとも言えないような、やわらかな笑いを浮かべた。
ノヴァは満足したように、その後ふわっと眠りに落ちた。
その寝息は草原の風よりも静かで、やさしい。
慧吾は眠るノヴァの髪を整え、自分の外套を掛け直した。
ジャックは空を仰ぐ。
「……なぁ慧吾」
「なんだ」
「世界を綺麗にする旅ってのァ、もしかして……けっこう楽しいんじゃねぇか?」
慧吾は火を見つめたまま答えない。
焚き火が、ぱちりと鳴る。
ジャックは小さく笑った。
「お前、やり残したって思ってたろ」
静かな声だった。
「完全に潰しきれなかったこと。ずっと悔いてたよな」
風が草を揺らす。
「そりゃあ、俺もそうだ」
ジャックは焚き火へ小枝を放った。
「けどよ、この世に完璧なんざねぇんだ」
火の粉が夜空へ舞う。
「だからこれでいい」
少し間を置いて。
「今は、坊やが笑ってる」
慧吾は黙ったまま火を見る。
「街も少しずつ綺麗になってる」
ジャックは肩をすくめた。
「だったら上出来だろ」
長い沈黙のあと。
慧吾は、かすかに笑った。
「……悪くないな」
焚き火の火がほのかに三人を照らす。その光は――確かに“未来の灯”だった。




