第2章 風が知らせた小さな影
下校の鐘が鳴ったあと、ノヴァはランドセルより大きな荷物を抱えながらまっすぐ駆けてきた。
「けいごーー!!みて!今日のプリント!」
慧吾はしゃがんで受け取る。子どもの字で 『はじめてのリレーの感そう』と書かれた紙がくしゃっと丸まっていた。
「……走る前から泣きそうだったって、正直だな」
「うん!泣きそうだった!でも、けいごもジャックも見ててくれたから、がんばった!!」
そこへ、当然のように後ろから巨影がかぶさる。
「おーい、隊長。プリント回収係のお父さんだぞー?」
「ジャックは父じゃないよ!!」
「なんだと!?」
そのやり取りに周囲の親たちが笑って、小さく会釈した。完全に“学校の名物3人組”になってしまっている。
帰り道、並んで歩いていた時だった。
──ふ、と。
慧吾が胸に手を当て、わずかに立ち止まった。
ノヴァが気づくのが早かった。
「けいご、いたいの?」
慧吾は驚いたように瞬きをし、 すぐに微笑んでノヴァの頭を撫でた。
「大丈夫だ。ほんの……光が揺れただけだ」
ノヴァは自分の胸に手を置いた。そこにも、同じ場所に淡い疼き。
「ぼくもね……ときどき、すこしだけ痛いよ。でも、こわい感じじゃないの。ひかりが呼んでるみたいな……そんな感じ」
慧吾の目がやわらぐ。
(……そうか。“共鳴”はもう恐怖じゃないんだな)
ジャックは腕を組みながら空を見上げ、気楽そうな声で言った。
「そりゃあアレだ。世界のどっかに まだ“疵”が残ってる ってことだろ」
「……疵?」
「お前らの痛みが教えてくれてんだよ。『まだ治してない場所があるぞ』 ってな」
慧吾はゆっくりと呼吸を整えながら、その言葉を心の奥で転がした。
世界の疵。残された裂け目。風がいまだに運ぶ、名残の影。
そして、ノヴァと自分の光が反応する“何か”。
ジャックがにやりと笑って肩を押す。
「確かめに行かねぇか?その痛みの原因ってやつを」
ノヴァはぱっと顔を明るくする。
「たび!?たびいくの!?」
慧吾も、もう否定しなかった。
少し前の彼なら――“守るために残る”ことを選んだだろう。
けれど今は、隣にノヴァがいて、背中にジャックがいて、街に帰る場所がある。
胸の痛みは“終わりの兆し”ではなく、“歩き出すための風”になっていた。
慧吾はノヴァの手を取って、言った。
「……行ってみるか。世界がどう変わったか、確かめに」
ノヴァが跳ねる。
「いくーー!!」
ジャックは鼻で笑って肩をすくめる。
「よし決まりだ。明日の朝イチから弁当作っとけよ、リリカ先生に頼め」
「なんであたし!?」
遠くから聞こえるリリカの怒声に、3人は同時に笑った。
風は前へ向かって吹いていた。
その風は――もう誰の命も削らない。ただ、未来へと続く道を照らしているだけだった。




