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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅴ 赦しの環

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プロローグ

花が咲き乱れ、木々にたくさんの実がなる季節がやってきた。

今日は、あたしが務める学校の運動会。今だけは先生じゃなくて、あの子を見守る側でいた。


二ヶ月前から、子どもたちは懸命に練習を重ねてきた。その中に、新一年生になったノヴァの顔もある。


「ぼく、鼓笛隊の隊長をするんだ!」

胸を張ってそう言ったあの時の表情を思い出すだけで、胸の奥がくすぐったくなる。


そしていま、鼓笛隊の先頭で指揮をとるノヴァが、観客席のあたしを見つけて全力で手を振った。つられて会場中に笑顔が広がる。


その“光の尾”のような笑顔が、ふっとあたしの背後へ視線を滑らせる。


見つかった──!!


「あっ!!!けいごーーー!!」


ノヴァの声は鐘の音みたいに響き、小さな体が飛び上がる。嬉しさが大きすぎて、そのまま光り始めるんじゃないかとこっちが心配になるほどだ。


「慧吾、背があるんだから隠れられるわけないって言ったのに!」


「……もうひとりいるぞ」


慧吾が苦笑まじりに言うより早く──


「ジャックーー!!」


弾むようなそのひと言で、会場中がどっと沸いた。


ジャックは両手を高く上げて応える。むしろ応援席の子どもたちまで手を振っている。


この小さな隊長のおかげで、鼓笛隊の緊張感なんてどこかへ吹き飛んでしまったらしい。


「たのしい鼓笛隊でしたね! つぎは、新一年生のリレーです」


アナウンスの声まで弾んで聞こえた。


あたしは席に座り直し、走り出す前のノヴァの横顔を見つめた。


健康的に色づいた頬。強すぎない金色の髪。そしてその胸は、“痛み”ではなく“生きる光”として穏やかに脈を刻んでいる。


──あの子はもう、ひとりじゃない。


慧吾の後ろに立つジャックも、あの子の未来を守るように腕を組んで空を睨んでいた。


ふたりの背中を見ていると、胸の奥が不思議と熱く、そして優しくなった。


「……ねえ、慧吾」


小さく呼ぶと、彼は横目でこっちを見る。


「あの日、あなたが救った命はね。 ちゃんと、自分の足で今日を走ってるよ」


「ああ……そうだな」

慧吾は目の前で懸命に走るノヴァを見つめて呟く。その瞳には、やさしい光が宿っていた。


春の風が、横顔を撫でていく。


その風は――あの夜を越えたふたりを、そっと祝福しているようだった。

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