プロローグ
花が咲き乱れ、木々にたくさんの実がなる季節がやってきた。
今日は、あたしが務める学校の運動会。今だけは先生じゃなくて、あの子を見守る側でいた。
二ヶ月前から、子どもたちは懸命に練習を重ねてきた。その中に、新一年生になったノヴァの顔もある。
「ぼく、鼓笛隊の隊長をするんだ!」
胸を張ってそう言ったあの時の表情を思い出すだけで、胸の奥がくすぐったくなる。
そしていま、鼓笛隊の先頭で指揮をとるノヴァが、観客席のあたしを見つけて全力で手を振った。つられて会場中に笑顔が広がる。
その“光の尾”のような笑顔が、ふっとあたしの背後へ視線を滑らせる。
見つかった──!!
「あっ!!!けいごーーー!!」
ノヴァの声は鐘の音みたいに響き、小さな体が飛び上がる。嬉しさが大きすぎて、そのまま光り始めるんじゃないかとこっちが心配になるほどだ。
「慧吾、背があるんだから隠れられるわけないって言ったのに!」
「……もうひとりいるぞ」
慧吾が苦笑まじりに言うより早く──
「ジャックーー!!」
弾むようなそのひと言で、会場中がどっと沸いた。
ジャックは両手を高く上げて応える。むしろ応援席の子どもたちまで手を振っている。
この小さな隊長のおかげで、鼓笛隊の緊張感なんてどこかへ吹き飛んでしまったらしい。
「たのしい鼓笛隊でしたね! つぎは、新一年生のリレーです」
アナウンスの声まで弾んで聞こえた。
あたしは席に座り直し、走り出す前のノヴァの横顔を見つめた。
健康的に色づいた頬。強すぎない金色の髪。そしてその胸は、“痛み”ではなく“生きる光”として穏やかに脈を刻んでいる。
──あの子はもう、ひとりじゃない。
慧吾の後ろに立つジャックも、あの子の未来を守るように腕を組んで空を睨んでいた。
ふたりの背中を見ていると、胸の奥が不思議と熱く、そして優しくなった。
「……ねえ、慧吾」
小さく呼ぶと、彼は横目でこっちを見る。
「あの日、あなたが救った命はね。 ちゃんと、自分の足で今日を走ってるよ」
「ああ……そうだな」
慧吾は目の前で懸命に走るノヴァを見つめて呟く。その瞳には、やさしい光が宿っていた。
春の風が、横顔を撫でていく。
その風は――あの夜を越えたふたりを、そっと祝福しているようだった。




