第4章 憎しみの残渣
《……託す……》
消えたはずの声が、胸の奥で脈打った。
その直後――
闇が、笑った。
それは音ではない。空間そのものが歪む振動。
裂けた床の奥から、黒が湧き上がる。
液体のように、煙のように、無数の腕のように絡み合い、巨大な影となって立ち上がる。
『……感情の残滓が、まだ蠢いている』
総裁の声は、冷たくもない。怒りもない。
ただ、侮蔑。
『器が一つ壊れただけだ』
その言葉が、諒介の刃を震わせた。
「……壊れた、だと?」
『選別は続く。不要は削除される』
哲平が吠えた。「不要って誰のことだよ!!」
辰彦の拳が地を叩く。「命を、数で測るな……!」
黒い影が広がる。床を侵し、壁を覆い、空間を窒息させる。
無数の仮面が浮かぶ。砕けたはずの顔。削がれた感情。空洞の目。
『秩序のためだ』
総裁の背後で、影の中に沈んだ顔が揺らぐ。
泣いている。叫んでいる。だが声はない。
『感情は欠陥だ。お前たちは不良品だ』
ジャックが歯を食いしばった。「Shut the hell up…」
黒が牙のように伸びる。
あたしの胸が焼ける。
慧吾が消えた。守ろうとした人が、消えた。
なのに、こいつは。
『一つの犠牲で世界が安定するなら安いものだ』
その瞬間、諒介の目が変わった。
「……安い、だと?」
刃が闇を裂く。だが黒は再生する。
哲平が拳を叩き込む。辰彦が踏み込む。ジャックの銃声が轟く。
それでも、闇は笑う。
『怒りは非効率だ』
その言葉が、あたしの中の何かを引き裂いた。
「効率……?」
胸が裂けそうになる。
「人を……部品にして……!!」
涙が溢れる。止まらない。
「命を削って……!!」
ドクン。
胸の奥で、光が脈打つ。
綺麗じゃない。
荒れている。燃えている。
怒りと悲しみで、濁った光。
『……共鳴、異常値』
総裁の声が初めて揺れた。
『制御不能……』
光が、爆ぜる。
仲間たちの叫びが重なる。
「慧吾を返せ!!」「命を舐めるな!!」「ワシらは部品じゃない!!」
それは共鳴じゃない。
咆哮。
光が白く濁り、闇を焼く。
黒が溶ける。
『不完全な存在が……!!』
仮面に亀裂が走る。
『感情は欠陥だ!!』
「違う……!」
涙で歪んだ視界のまま、あたしは叫んだ。
「それが……あたしたちだ!!」
爆発。
光と闇が衝突する。
絶叫が空間を裂く。
『……秩序が……崩れる……』
黒が崩壊する。
無数の影がほどけ、白い残滓となって散っていく。
最後に残った仮面が、ひび割れた。
『……不完全なまま……生きるなど……』
砕け散る。
静寂。
残ったのは、荒い息と、涙。
勝利じゃない。
焼け跡。
胸の奥に、まだ熱が残っている。
慧吾はいない。
でも、彼が守ろうとした世界は、まだある。
夜明けが、差し込む。




