第3章 揺らめく影
無数のソムニクスが影のように立ちはだかる通路。
気のせいか、どんどん数が膨れ上がっている。
あたしは恐怖に足がすくんでいた。
でも、胸は痛いくらいにはねている。
胸元が、淡く光り出す。
刹那、銃口が一斉に熱を帯びる。
「来やがったな!」
哲平が拳を握りしめて前に飛び出す。
「おぬしは突っ走りすぎじゃ!」
辰彦が吠えるように後を追い、二人の拳が同時に敵を叩き砕いた。
轟音とともに壁ごと崩れ、ソムニクスが白い闇へ吸い込まれて消える。
「……雑だな」
ジャックが吐き捨てるように言い、ナイフを一閃。
刃は音もなく敵の仮面を割り、正確無比に一体を沈黙させた。
あたしは思わず息を呑む。
彼らの動きが、まるでずっと一緒に戦ってきた仲間のように噛み合っている。
だが同時に、ちくりと痛みが走る。
(……あたしにも、戦える力があったら)
その隙を狙って、背後からソムニクスの銃口が迫る。
「リリカ!」
諒介の声が飛び、ナイフが弾丸をはじき落とす。
次の瞬間、慧吾の剣が閃き、敵を一閃した。
「前に出るな」
短い言葉。けれど、背中で守られていることがはっきりと伝わった。
──そのとき。
『……共鳴の光、確認』
その声が落ちた瞬間、空気が砕けた。
銃声も、足音も、怒号も。
すべてが一拍遅れる。
温度が、落ちる。
光が、吸われる。
胸元の淡い輝きが、黒い闇に絡め取られるように細くなる。
『観測値、臨界突破』
耳ではない。
鼓動の奥に直接、侵入してくる声。
肺がうまく膨らまない。
「……来たな」
ジャックの声が低く落ちる。
「総裁……!」
諒介の喉がひきつる。
通路の壁が、ひび割れる。
だが崩れない。
削られていく。
存在そのものが、削ぎ落とされるように。
闇が裂け、その中心に“それ”は立っていた。
他のソムニクスとは明らかに違う。
漆黒の仮面。
歪みのない直立。
人の形をしているのに、重力が違う。
圧が、降りる。
哲平の膝が軋む。
辰彦の拳が震える。
ジャックの刃がわずかにぶれる。
「……っ」
慧吾が、一瞬だけ動きを止めた。
ほんの一瞬。
剣を握る手が、わずかに迷う。
その瞳に、見たことのない影が走る。
躊躇。
恐れではない。
“覚悟を選ぶ前の、逡巡”。
『心臓を……回収する』
怒りも憎しみもない。
当然の処理。
あたしの胸が、内側から引き裂かれる。
「リリカ、揺れるな!」
諒介の声が遠く響く。
総裁の仮面の奥から、見えない視線が刺さる。
『監視者06』
その名が、空間を震わせた。
慧吾の肩が、大きく揺れる。
剣先が、わずかに下がる。
『お前は私のものだ』
黒い影が、慧吾の足元から絡みつく。
外套が揺れ、闇が染み込む。
「慧…吾……」
あたしの声が、掠れる。
慧吾の瞳が、こちらを見る。
ほんの一瞬。
迷い。
葛藤。
そして――決断。
だが闇の侵食の方が早い。
床が爆ぜる。
重圧が一気に落ちる。
空間が、押し潰される。
哲平が膝をつき、
辰彦が唸り声を上げ、
ジャックが歯を食いしばる。
慧吾は、剣を地に突き立て、必死に耐えている。
だがその膝も、ゆっくりと折れていく。
『選べ』
総裁の声が、冷酷に響く。
『守るか。従うか』
慧吾の呼吸が乱れる。
迷いが、露わになる。
慧吾の眉が、かすかに動いた。
何を見ているのか、あたしには分からなかった。
仲間。
あたし。
失う光景。
剣を握る手が、震える。
「……死なせない」
掠れた声。
その瞬間、胸の奥から眩い光が奔った。
外套が裂ける。
隠していた心臓の輝きが、闇を押し返す。
「──行け!!」
轟く声。
あたしの体が、光に弾き飛ばされる。
慧吾の背が、闇に沈んでいく。
《……託す……》
その声が、鼓動に溶ける。
総裁の圧が、なおも降り注ぐ。
だがもう、光は消えない。
慧吾の迷いは、消えた。
選んだからだ。
闇よりも、
恐怖よりも、
守る未来を。




