第2章 兆し
瓦礫を越え、路地を抜けた先。崩れかけた建物の地下に、薄暗い空間があった。
散乱した木箱に、割れたガラス瓶。誰かの手でかろうじて隠れ家に仕立てられたのだろう。
そこで、あたしは初めて彼ら全員と顔を合わせた。
ナイフを握る青年――諒介。
寡黙な眼差しを落とす男――慧吾。
拳を鳴らす短髪の男――哲平。
白髪まじりの大きな体――辰彦。
そして、銃を軽く弄ぶ異国の青年――ジャック。
「……五人も」
思わずつぶやいた声が、小さく震えた。
慧吾は少しみんなから離れ、入口近くに立った。
「排除、ねぇ」
ジャックが片眉を上げる。
「俺はむしろ拾いもんだと思ってるが」
辰彦がどっしりと腰を下ろし、ため息をつく。
「どうあれ、ここに集ったのは運命じゃろ」
諒介は隅で黙ってナイフを磨いていた。
ちらりと視線が合うと、すぐに逸らされる。
みんなは、もう知り合いみたいに話している。あたしだけが、よそ者みたいに立ち尽くしていた。
「あたし、何も出来ない。力もない。あたし、必要なの?」
声に出してしまった途端、胸が締め付けられる。
短い沈黙。諒介も辰彦も、すぐには言葉を返せなかった。
漆黒の外套を、足元をすくう風になびかせ、慧吾が低く、誰に言うでもなく呟いた。
「案ずるな」
あたしは思わず、慧吾の横顔を見た。
地下室の奥で水滴の落ちる音だけが、虚しく響く。
「……お嬢さん」
ずしりと重い声が響く。辰彦だった。
「おぬしが折れたら、ワシらは崩れる。
けど、おぬしが立っておれば……ワシらは固く団結できるんじゃ」
「一緒に行こう」
哲平が拳を軽く突き出し、明るい声を重ねる。
「リリカがいるから、俺たちは戦えるんだ」
諒介も短く言った。
「自分を、そして俺たちを信じろ」
その時、壁にもたれていたジャックが、ふっと鼻で笑った。
「She’s fragile. でも──」
彼は銃を肩にかけ直し、ちらりと視線をよこす。「その光がなきゃ、俺たちはとっくに終わってる」
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
不安に押し潰されそうだった心が、少しだけ息を吹き返す。
あたしは拳をぎゅっと握った。
みんながわずかな休息を得ている間も、慧吾だけは背に負った剣の柄を握ったまま、ほんの小さな物音にも耳を澄ませていた。
あたしは、少しだけ近づいた。
「休まないの?」
「……必要ない」
短い返事。いつもの、冷たい声。
そのときだった。
足元で、小さな石片が転がる。
次の瞬間、慧吾の腕が伸びた。
「動くな」
低い声。そして同時に、あたしの肩を強く引き寄せた。
天井から崩れた石塊が、さっきまであたしが立っていた場所を直撃した。
轟音。
粉塵が舞う。その向こうで、慧吾と目が合った。ほんの一瞬。いつもの無機質な瞳の奥に、確かに“恐れ”が揺れていた。次の瞬間には、もう消えていたけれど。
「……」
その瞬間、あたしは見た。
剣を握る彼の指が、白くなるほど力を込めていることを。
肩が、ほんのわずかに震えていることを。
怒っているんじゃない。
怖いんだ。
わずかな油断で、誰かを失うかもしれない。
その未来を、何度も想像してしまっている。
「……死なせない」
掠れるような声。
「前に出るな」
低く、短く。
それだけ言って、慧吾はあたしの前に立った。
振り向きもしない。
でも、その肩越しに伝わる緊張が、 あたしの胸にじかに触れる。
強いから守るんじゃない。
守れなかった未来を、何度も夢に見ているから──前に出る。
そのことを、あたしは初めて知った。
仲間たちの顔が闇に浮かぶ。この人たちとなら──戦える。
「ったく、待たせやがって!」
哲平が拳を振って笑う。
「ここからじゃの」
辰彦が肩を回しながら応える。
「ふん、騒がしいな」
ジャックが鼻で笑う。
諒介がナイフをひらりと弄びながら口角を上げた。「お前が光ってるなら、俺らは影でいい」
その一言に胸が熱くなる。
でも。まだ不安の靄がかかっていた。
あたしだけ、戦えないのは悔しかった。
なにかの物音が、壁を伝って響いた。
「来やがったな」
ジャックが舌打ちしながら銃を抜く。
慧吾が剣を構え、短く言い放った。
「進むぞ」
六つの影が、闇の奥へと並んで駆け出した。




