Ⅰ スピンオフ
Spin-off 街の再興
崩れ落ちた瓦礫の山は、少しずつ片づけられていく。重機の音と人々の掛け声が交じり合い、かつて沈黙していた街は、息を取り戻しつつあった。
ひび割れた道路には、緑の芽が顔を出す。
折れた電柱に巻きついたツタが、青空を目指す。
人の手と自然の力が重なり、街はゆっくりと立ち上がろうとしていた。
そのざわめきの中、誰かの声がこだまする。
「……リリカ」
「お嬢さん」
「That’s incredible…」
それは、戦いを共に越えた者たちの声だった。
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Spin-off 辰彦
暗い倉庫の梁に、まだ戦いの余韻が残っていた。
血の匂いと鉄の軋む音。
その中で、ワシは拳を下ろした。
「……やっと来おったか。待ちくたびれたわい」
そう言った声は、冗談めいていた。
だが胸の奥では、ずっと震えを押し殺していた。
ソムニクスに追われる日々。
ワシひとりならとうに潰れていた。
けれど――あの小僧がおったから、ここまで持ちこたえられた。
「ったく、耄碌ジジイがひとりで背負い込むなっての」
隣で息を荒げながらも笑う哲平の姿に、胸が熱くなる。
「はっはっは、若いもんは血の気が多すぎるのう」口ではそう言いながら、心の中では誇らしかった。あやつはもう弟子ではない。立派な戦友じゃ。
「じゃが哲平、お前も成長したな」
「ったりめぇだ。師匠はアンタだからな!」
拳と拳が重なる。鈍い音が倉庫に響く。
……ワシは辰彦。殴るしか能がない男。
それでも、拳が誰かを守れるのなら
――この老いぼれの拳、まだ折れるわけにはいかん。
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Spin-off 哲平
階段の踊り場で、拳にまだ血の温もりが残っていた。
息は荒くても、胸の奥は高鳴って仕方がない。
「チッ、また増えやがったな」
そう吐き捨てながらも、心のどこかで笑っていた。
リリカを狙う銃口が光った瞬間――拳を割り込ませる。
骨が砕ける手応えと共に、敵は壁へ叩きつけられる。
「っしゃあ!」
声が勝手に出る。体中の血が沸き立つ。
そこへ背中を預けられる影。
「やっと来おったか」
振り返らずとも、師匠の声だとわかった。
辰彦。あの拳に何度殴られ、何度起き上がったか。鍛えられた痛みが、今の俺を作った。
「ぶっこいて耄碌してんじゃねえぞ!」
挑発混じりに叫ぶと、あのジジイはいつもの調子で笑った。
拳と拳を合わせた瞬間、胸の奥に火が灯る。
「……俺は哲平。拳ひとつで食ってきた。今はただ、こいつらをぶっ倒すためにある!」
その目は、恐れも迷いも知らなかった。
ただひとつ――守るために燃えていた。
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Spin-off ジャック
瓦礫の上で、ナイフをひとつ弄んでいた。
敵の気配は消え、風の音だけが残る。
慧吾が闇に飲まれ、手の届かない場所へ消えるのを見たあと、思わず口から漏れた言葉。
「……Oh, come on.」
リリカに向けたものじゃない。ただの皮肉でもない。
またかよ。また仲間を失うのかよ。
胸の奥がざわめき、握ったナイフの柄に力がこもる。
俺はもう二度と、誰かを奪われるのはごめんだ。
リリカは危うすぎた。
光を抱え込みすぎて、燃え尽きるんじゃないかと、見ているだけで怖かった。
だからこそ、俺には茶化すことしかできなかった。祈りを隠し、皮肉で包んで。
「Keep on, girl. Keep moving.」
心の奥では、必死に願っていた。
……立ち止まるな。ここで潰れたら終わりだ。
あんたがいなきゃ、俺たちは戦えないんだ。
嫌な奴に見えてもいい。嫌われてもいい。
守れるなら、それでいい。
ナイフを回し、闇に投げた。
閃光のように走った刃は、まだ残っていた敵を正確に貫いた。
そして短く告げた。
「……走れ。ここから先は、お前の戦いだ」
そう言いながら、俺はお前の背中を全力で守っていた。
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Spin-off 諒介
初めてリリカの光を見たとき、口から出たのは――
「その光、すげぇな」
……あれは本音でもあり、嘘でもあった。
本当は知っていた。
あの日からずっと、待っていたから。お前がその力を解き放つ瞬間を。
けど、それを素直に言うわけにはいかない。
俺は元ソムニクスだ。数えきれないほどの命を奪い、仲間を傷つけた。
そんな俺が「待っていた」なんて言えば、ただの欺瞞にしかならない。
だから、軽く笑って「すげぇな」と言った。
けれど胸の奥では――これは贖罪だ、そう思っていた。
その、すげぇ光が世界を変えるなら、俺は命を懸けて支える。それが、俺に残された唯一の道だから。
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Spin-offリリカ
瓦礫の隙間から、小さな芽が顔を出していた。
あの日から、街は少しずつ息を吹き返している。
仲間たちの笑い声が遠くで響く。
けれど、あたしは空を見上げたまま立ち尽くしていた。
あの瞬間のことを、何度も思い出す。
背中を押すように、最後の力を振り絞った、叫びに似た声。
あの闇の奔流の中に消えていった影。
忘れたようなふりをしても、胸の奥が痛い。涙は何度も溢れ出る。
──慧吾。
胸の奥で小さく光が脈打つ。
それは、あの時あたしに託された光の鼓動。
この鼓動がある限り、きっと命は消えはしない。
遠い空のどこかで、きっとあなたはあたしを待っている。
だから、歩いていける。
───また、いつか。光の中で、逢えると信じて。
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EXtra-hidden : 慧吾/Silent Pulse(沈黙の鼓動)
絶対的な支配が、脳を焼く。
肉体は重く、意識は沈みかけていた。
それでも──目を逸らさなかった。あの少女から。
リリカ。
俺の役目は「監視」。
白い檻の中で、お前が理不尽な扱いを受けぬよう、ただ見張ること。
だが、それだけではなかった。
俺もまた、光る心臓を持っていた。
悟られれば奪われる。
仲間にすら、知られてはいけない。
外套は光を隠すためのもの。
剣は、己を律するためのもの。
すべては──この時のため。
「機は熟した」
あの瞬間、思わずこぼれた言葉に偽りはなかった。
闇が迫る。
骨が軋み、肺が潰れそうになる。
それでも、未来を見失わなかった。
俺の胸の光は、最後に使うと決めていた。
「……行け」
声にならぬ声で、未来を押し出す。
お前の鼓動と、俺の光を託して。




