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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅳ 優しき虚

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エピローグ

風の国ソムニウムに、また穏やかな季節が巡ってきた。


花の平野では白と金の花が咲き誇り、遠くの山には薄い雲がかかっている。


SIGMAの影はもう薄い。世界は静かに、ゆっくりと回復しつつあった。


リリカの家の縁側で、ノヴァはちょこんと座っていた。


金色の髪が肩にかかるほど伸び、ほんの少しふっくらした頬に春の光が柔らかく影を落とす。


「じっとしててね。すぐ終わるから」


リリカはハサミを器用に動かしながら、まるで我が子を整えるように丁寧に髪を切っていく。


「リリカ、ぼく……変じゃない?」


「ノヴァ、かっこいいよ。すっごく」


ノヴァはくすぐったそうに笑う。


ノヴァの金の髪は透明感を取り戻し、塔の夜の影を完全に振り払っていた。


慧吾は庭で剣の手入れをしていた。


胸の光は、もう激しく揺れることはない。時折、ほんの少し胸が温かく波打つ――それは痛みではなく、“生きている証”としての呼吸の揺れ。


ジャックが縁側から覗き込む。


「おーい、死に急ぎ。調子はどうだ」


慧吾は少し考えてから答える。


「……まあ、風が抜けるくらいだ。痛みじゃない」


「お前……昔はその“風が抜ける”状態を死にかけって言ってたじゃねぇか」


「今回は違う」


慧吾は微笑んだ。


「これは……“帰る風”だ。ノヴァが戻してくれた光の、落ち着く場所だ」


ジャックはふっと笑って、リリカの方を見やる。


「なら……あいつも安心するな」


ノヴァの髪を切り終えると、リリカは後ろからそっと抱きしめた。


「ノヴァ。あなた……もう大丈夫。世界にちゃんと、あなたの居場所がある」


ノヴァは目を細めて微笑む。


「うん……ぼく、もうこわくないよ」


その言葉を聞きつけたように、慧吾が近づく。


「終わったか?……似合うな」


ノヴァがぱっと立ち上がり、慧吾の外套の裾をつまんで見上げる。


「けいご。ぼくね……これからも、ここで生きるよ。どこにもいかないよ」


慧吾は膝を折り、ノヴァと目線を揃えた。


「俺もだ。……ずっと、ここにいる」


胸の光が、ふたつ分そよいで重なる。


風が庭を通り抜ける。白い花が一斉に揺れた。


リリカが微笑みながら言う。


「ねぇ、慧吾。ふたり、どこへ行くの?」


慧吾はノヴァの頭をそっと撫でる。


「風が呼んだら……見回りに。呼ばないなら……散歩だ」


ノヴァが嬉しそうに手を挙げる。


「ぼくもいく!!」


ジャックが遠くから叫んだ。


「おい坊や!また慧吾の腰ひっぱるんじゃねぇぞー!」


「ひっぱらないもん!!」


笑い声が庭に広がる。


――この世界に、かつての“悲しみの風”はもういない。


あるのはただ、帰る場所を知ったあたたかい風だけ。


ふたりの光が、同じ場所で生きている。それだけで、世界はこんなにも優しい。



透明の心臓Ⅳ──優しき虚Fin.

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