エピローグ
風の国ソムニウムに、また穏やかな季節が巡ってきた。
花の平野では白と金の花が咲き誇り、遠くの山には薄い雲がかかっている。
SIGMAの影はもう薄い。世界は静かに、ゆっくりと回復しつつあった。
リリカの家の縁側で、ノヴァはちょこんと座っていた。
金色の髪が肩にかかるほど伸び、ほんの少しふっくらした頬に春の光が柔らかく影を落とす。
「じっとしててね。すぐ終わるから」
リリカはハサミを器用に動かしながら、まるで我が子を整えるように丁寧に髪を切っていく。
「リリカ、ぼく……変じゃない?」
「ノヴァ、かっこいいよ。すっごく」
ノヴァはくすぐったそうに笑う。
ノヴァの金の髪は透明感を取り戻し、塔の夜の影を完全に振り払っていた。
慧吾は庭で剣の手入れをしていた。
胸の光は、もう激しく揺れることはない。時折、ほんの少し胸が温かく波打つ――それは痛みではなく、“生きている証”としての呼吸の揺れ。
ジャックが縁側から覗き込む。
「おーい、死に急ぎ。調子はどうだ」
慧吾は少し考えてから答える。
「……まあ、風が抜けるくらいだ。痛みじゃない」
「お前……昔はその“風が抜ける”状態を死にかけって言ってたじゃねぇか」
「今回は違う」
慧吾は微笑んだ。
「これは……“帰る風”だ。ノヴァが戻してくれた光の、落ち着く場所だ」
ジャックはふっと笑って、リリカの方を見やる。
「なら……あいつも安心するな」
ノヴァの髪を切り終えると、リリカは後ろからそっと抱きしめた。
「ノヴァ。あなた……もう大丈夫。世界にちゃんと、あなたの居場所がある」
ノヴァは目を細めて微笑む。
「うん……ぼく、もうこわくないよ」
その言葉を聞きつけたように、慧吾が近づく。
「終わったか?……似合うな」
ノヴァがぱっと立ち上がり、慧吾の外套の裾をつまんで見上げる。
「けいご。ぼくね……これからも、ここで生きるよ。どこにもいかないよ」
慧吾は膝を折り、ノヴァと目線を揃えた。
「俺もだ。……ずっと、ここにいる」
胸の光が、ふたつ分そよいで重なる。
風が庭を通り抜ける。白い花が一斉に揺れた。
リリカが微笑みながら言う。
「ねぇ、慧吾。ふたり、どこへ行くの?」
慧吾はノヴァの頭をそっと撫でる。
「風が呼んだら……見回りに。呼ばないなら……散歩だ」
ノヴァが嬉しそうに手を挙げる。
「ぼくもいく!!」
ジャックが遠くから叫んだ。
「おい坊や!また慧吾の腰ひっぱるんじゃねぇぞー!」
「ひっぱらないもん!!」
笑い声が庭に広がる。
――この世界に、かつての“悲しみの風”はもういない。
あるのはただ、帰る場所を知ったあたたかい風だけ。
ふたりの光が、同じ場所で生きている。それだけで、世界はこんなにも優しい。
透明の心臓Ⅳ──優しき虚Fin.




