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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅳ 優しき虚

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第18章 花守りの誓い

帰還の翌朝。花の国ソムニウムは、久しぶりに“静かな朝”を迎えていた。


ノヴァは早く目覚め、慧吾の外套に顔をうずめる。柔らかい布に残る微かな風の匂い――


「……ほんとに、けいごのにおいだ……」


胸の光が、かすかに温かく光った。


(もう、どこにも行かない……ここにいる……)


ノヴァは布をぎゅっと握りしめる。


その頃、リリカは市場で花飾りを並べていた。昨夜は泣きすぎて目が赤いのを、みんなに隠せなかった。


「……よかった……帰ってきて、本当に……」


市場の人々は皆、顔を合わせては笑顔で頷きあう。


エコーズが撤退してからまだ数日。それでも――街の空気は、明らかに軽かった。


辰彦が杖をつきながらリリカに寄ってくる。


「ノヴァのやつ、今朝は慧吾の外套抱えて起きたらしいぞい」


「ふふ……あの子らしいね」


「慧吾のやつも、肩の力が抜けた顔をしとった。……まあ、体調はまだ揺れとるようじゃが」


リリカの表情がかすかに曇る。


「昨日も少し苦しそうだった……けど、あれは“消える痛み”じゃないわ。

……“生きる光の痛み”だって分かるの」


辰彦は深く頷いた。


「正しく見えておるな、リリカ。あやつはもう、死に向かってはおらん。ただ、光が、新しい形に落ち着くまで揺れておるだけじゃ」


その言葉に、リリカの胸が少しあたたかくなる。


一方、城壁の外ではジャックが腕を組んで立っていた。


朝風が外套を揺らし、彼はふっと煙草をくわえて……


「……火ィつけねぇの?」


背後から哲平の声。


「火は吸わねぇ。落ち着くから咥えてるだけだ」


哲平は苦笑して隣に立つ。


「慧吾……大丈夫そうか?」


ジャックはわずかに目を細める。


「体は揺れてる。けど──もう“消える前の揺れ”じゃねぇ。あれは、自分の光を取り戻す途中の揺れだ。……だからよ」


風の方を見る。


「これから先、慧吾がまた無茶しようとしたら……俺が殴ってでも止めてやる」


哲平は目を丸くして、それから笑う。


「……やっぱお前、慧吾の相棒だな」


ジャックは鼻を鳴らすだけだった。


部屋では、慧吾がゆっくりと目を覚ました。


視界に入ったのは――外套をぎゅっと抱きしめ、寝息を立てているノヴァの姿。


慧吾は、ふっと微笑む。


(……帰ってきてよかった)


光が胸でやさしく波打つ。


そしてノヴァが少し目をあけて、寝ぼけた声で言う。


「……けいご、おはよ……ぼくね、ずっと……ここにいるよ……」


慧吾はその背中を撫でながら、小さく答えた。


「……ああ。俺も“ここ”にいる」


その温もりは、まだ揺らぎながらも確かに“生きている光”だった。

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