第17章 帰る風
花の国の外れ、谷を抜けた瞬間だった。
さらり、と。冬の終わりに最初に吹く春風みたいな、優しい風が――街の上へすうっと流れ込んだ。
その風の中に、ふたつの光が紛れていた。
ひとつは白。もうひとつは、揺れるような淡い金。
ノヴァは家の前で、木の鳥を並べて遊んでいた。突然、胸がとくん、と跳ねた。
「……ひかり?」
風が髪を揺らし、心臓が淡く光る。痛くない。ただ、懐かしくてあたたかい。
ノヴァはぱっと顔を上げる。
「……けいご、かえってきた……!」
小さな体が弾けるように走り出した。
街の人々も気づいていた。
屋根瓦の間を抜ける風の音が、さっきまでのざわつく不安ではなく──懐かしい誰かを迎えるときの、心がほどける音に変わっていったから。
リリカは籠を抱えたまま、ふっと涙をこぼした。
「……ああ。この風……慧吾……」
ノヴァが走り抜けていくのを見て、リリカは慌てて後を追った。胸が熱くて、息が詰まりそうだった。
街の出口で――ノヴァは立ち止まった。
風が強く吹き抜け、草が揺れる。
その向こうに、ゆっくりと歩いてくる影がふたつ。
ひとつは長い外套、胸に白い光。もうひとつは肩幅の広い、口にタバコを咥えた男。
「……けい、ご……?」
慧吾は足を止める。胸の光が、ふっと強まった。
「ノヴァ」
その声は、泣き出しそうで笑っていて、無事を喜んでいる響きだった。
ノヴァはもう我慢できなかった。
「けいごーー!!」
全力で駆けて飛びつく。
少しよろめきながらも、慧吾はしっかりと抱きしめた。
胸の奥の光がふたつ、やわらかく呼応する。
「けいご……ひかり、もどってきた……ぼく、ずっと……まってた……!」
慧吾はその小さな頭を撫でた。
「ただいま。約束を守ったぞ、ノヴァ」
ジャックが横から鼻を鳴らす。
「よっしゃ!!これでガキ大将決定戦、坊やと俺で優勝だな!!」
「やだよジャック、ぼくはたたかわない!!」
「なんでだよ!?いい筋してんのに!!」
「やだもん!!」
風が笑ったように聞こえた。
街へ戻ると――そこにいたのは、涙を浮かべたリリカだった。
「慧吾……!」
自分の足でしっかりと歩いてくる慧吾を見て、安堵と喜びが、その瞳から溢れ出す。「帰ってきてくれて……ありがとう……!!」
慧吾は穏やかに答える。
「心配かけた。戻ったよ」
リリカの隣で、ノヴァは慧吾の手を強く握った。
「けいご……もう、どっかいかないでね」
「ああ。お前を二度と手放さない」
短弓を背負った諒介、肩を貸し合う哲平と辰彦、皆ボロボロだが、笑っている。
諒介は遠くから軽く手を挙げた。
「ただいま、リリカ、ノヴァ!」
哲平は駆け寄り、ノヴァを抱き上げ、頭をくしゃくしゃに撫でる。
「みーんな、お前のこと気にしてたんだぞ!」
ノヴァは嬉しそうに笑った。
慧吾はそっと胸に手を当てる。
(この光はもう、奪われるものじゃない。大切な者たちと、生きるための光だ)
風が花々を揺らし――それは、“帰る風”だった。
悲しみではなく、未来へと向かう風。




