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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅳ 優しき虚

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第17章 帰る風

花の国の外れ、谷を抜けた瞬間だった。


さらり、と。冬の終わりに最初に吹く春風みたいな、優しい風が――街の上へすうっと流れ込んだ。


その風の中に、ふたつの光が紛れていた。


ひとつは白。もうひとつは、揺れるような淡い金。


ノヴァは家の前で、木の鳥を並べて遊んでいた。突然、胸がとくん、と跳ねた。


「……ひかり?」


風が髪を揺らし、心臓が淡く光る。痛くない。ただ、懐かしくてあたたかい。


ノヴァはぱっと顔を上げる。


「……けいご、かえってきた……!」


小さな体が弾けるように走り出した。


街の人々も気づいていた。


屋根瓦の間を抜ける風の音が、さっきまでのざわつく不安ではなく──懐かしい誰かを迎えるときの、心がほどける音に変わっていったから。


リリカは籠を抱えたまま、ふっと涙をこぼした。


「……ああ。この風……慧吾……」


ノヴァが走り抜けていくのを見て、リリカは慌てて後を追った。胸が熱くて、息が詰まりそうだった。


街の出口で――ノヴァは立ち止まった。


風が強く吹き抜け、草が揺れる。


その向こうに、ゆっくりと歩いてくる影がふたつ。


ひとつは長い外套、胸に白い光。もうひとつは肩幅の広い、口にタバコを咥えた男。


「……けい、ご……?」


慧吾は足を止める。胸の光が、ふっと強まった。


「ノヴァ」


その声は、泣き出しそうで笑っていて、無事を喜んでいる響きだった。


ノヴァはもう我慢できなかった。


「けいごーー!!」


全力で駆けて飛びつく。


少しよろめきながらも、慧吾はしっかりと抱きしめた。


胸の奥の光がふたつ、やわらかく呼応する。


「けいご……ひかり、もどってきた……ぼく、ずっと……まってた……!」


慧吾はその小さな頭を撫でた。


「ただいま。約束を守ったぞ、ノヴァ」


ジャックが横から鼻を鳴らす。


「よっしゃ!!これでガキ大将決定戦、坊やと俺で優勝だな!!」


「やだよジャック、ぼくはたたかわない!!」


「なんでだよ!?いい筋してんのに!!」


「やだもん!!」


風が笑ったように聞こえた。


街へ戻ると――そこにいたのは、涙を浮かべたリリカだった。


「慧吾……!」


自分の足でしっかりと歩いてくる慧吾を見て、安堵と喜びが、その瞳から溢れ出す。「帰ってきてくれて……ありがとう……!!」


慧吾は穏やかに答える。


「心配かけた。戻ったよ」


リリカの隣で、ノヴァは慧吾の手を強く握った。


「けいご……もう、どっかいかないでね」


「ああ。お前を二度と手放さない」


短弓を背負った諒介、肩を貸し合う哲平と辰彦、皆ボロボロだが、笑っている。


諒介は遠くから軽く手を挙げた。


「ただいま、リリカ、ノヴァ!」


哲平は駆け寄り、ノヴァを抱き上げ、頭をくしゃくしゃに撫でる。


「みーんな、お前のこと気にしてたんだぞ!」


ノヴァは嬉しそうに笑った。


慧吾はそっと胸に手を当てる。


(この光はもう、奪われるものじゃない。大切な者たちと、生きるための光だ)


風が花々を揺らし――それは、“帰る風”だった。


悲しみではなく、未来へと向かう風。

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