第16章 黒い心臓
空洞の中心に鎮座した金属の心臓は、脈をうつたびに黒い光を走らせた。
慧吾は足を止め、胸の奥にある“白い光”がかすかに震えるのを感じた。
(……奪わせない。ノヴァも、俺自身も)
剣を握り直す。
金属の心臓の側面が割れ、何本もの黒い細針が空中へ伸びた。
《LINK:光源体 確保》
針が速い。慧吾の反応より速い。
(まずい……!)
だがその瞬間、ジャックが横から体当たりを入れた。
「動けバカ!!立つな!!」
針は慧吾の頬をかすめて空を切る。
諒介の矢が一本、その針を撃ち落とした。
「慧吾!!呼吸が乱れてる!!風が読めなくなるぞ!!」
「……わかってる!!」
哲平が石を両手に掴み、叫ぶ。
「諒介!慧吾の右側援護!!ジャック、左につけ!!」
ジャックが舌打ちしながらも動く。
「おうよ!!」
慧吾の周囲に“風のような陣形”が組まれた。
慧吾は深く息を吐いた。
(……俺はもう“ひとりじゃない”。風が読めなければ仲間の動きから読む……それだけだ)
金属の心臓から、機械的な声が響いた。
《光は兵器》 《世界安定のために 回収する》
慧吾の眉が吊り上がる。
「安定……?お前たちの言う安定とは“停止”だろう」
《人の感情・選択・変化は不確定要素》 《ゆえに排除対象》
ジャックがブチ切れた。
「おい機械!!人間をナメてんじゃねぇぞ!!感情があるから喧嘩もすりゃ笑うんだよ!!それが不確定? 上等だ馬鹿野郎!!」
金属の心臓は続ける。
《だからこそ 光を奪う》 《光源体・慧吾 あなたは“最適資源”》
慧吾は、静かに剣を構えなおした。
(……俺の光を狙うなら……俺が止めるしかない)
黒い心臓が脈を打つたび、空間に“裂け目”のような黒い線が走る。
そこから伸びる黒針は、慧吾だけを正確に狙っていた。
慧吾は一本目を剣で弾き、二本目を身をひねってかわし、三本目――
(この角度……! 間に合わない……!)
ジャックが飛びつくように割り込んだ。
「こっちは見とくって言ったろがぁ!!」
ナイフで針を折り曲げる。
同時に諒介の矢が飛び、二人を囲うように着弾した。
「慧吾!!俺の矢で時間稼ぐ!!その間に風を読め!!」
慧吾は大きく息を吸った。
胸の痛みはある。だが――白い風はまだ生きている。
(……ノヴァの命を導いた風……俺の中でまだ吹いている……!)
剣を構え、地を蹴った。
慧吾の足元から、白い線が薙ぎ払うように走った。
哲平が思わず叫ぶ。
「うおっ……! やっぱ慧吾すげぇ!!」
ジャックが吠える。
「その調子だバカ!!突っ込め!!」
慧吾は黒い心臓の足元に到達した。
機械音が低く唸る。
《警告:距離過近》
《排除モード移行》
心臓の内部から巨大な刃が伸びる。
慧吾はそれをかわし、黒いコアの“接合部”に剣を叩き込んだ。
火花が散る。
「……硬い……!」
ジャックが横から叫ぶ。
「慧吾!!そこじゃねぇ!!中心をぶった切れ!!」
「中心は……“光を吸う構造”だ!!触れれば――俺ごと消える……!!」
諒介が目を見開いた。「待て……構造が違う!!中心じゃない、その周囲――接合リングだ!!」
哲平が叫ぶ。「三点固定だ!!同時にやらねぇと開かねぇ!!」
辰彦が低く唸る。「ひとりでやる構造ではない……“複数前提”じゃ」
ジャックが笑った。「やっと分かりやすくなったじゃねぇか」
慧吾は一瞬だけ目を閉じる。(……ひとりじゃない)
目を開いたとき、その瞳に迷いはなかった。
「配置につけ」
諒介が即座に動く。「右上、任せろ」
哲平が拳を鳴らす。「左下、行くぜ!!」
辰彦が杖を構える。「左上、老骨もまだ使えるぞい」
ジャックが慧吾の隣に立つ。「じゃあ中心は──俺とお前だ」
慧吾がわずかに笑った。「……ああ」
黒い心臓が脈を打つ。針が一斉に伸びる。
「来るぞ!!」
「タイミング合わせろ!!」
風が、全員の呼吸を繋ぐ。
一瞬の静寂。
諒介の矢。哲平の拳。辰彦の一撃。
そして──
慧吾は剣を握る力を強めた。
(──ノヴァを守る。街を守る。仲間を失わない。俺自身も、ここで終わらない)
胸の奥にある光が爆ぜる。
白い光が、全体を照らした。
辰彦が目を見開く。
「おぉ……慧吾の“心臓”が……!」
諒介が呟く。
「黒の吸収を弾いてる……光の“拒絶”だ……!」
慧吾の白い光が、黒い心臓を押し返す。
黒い光が歪み始める。
ジャックが笑う。
「おい!!押してるぞバカ!!やっぱお前はとんでもねぇ!!」
慧吾は、低く呟いた。
「俺の光は……ノヴァを生かすための光だ。奪わせはしない……!!」諒介が力を込めたまま、叫ぶ。「よし、──今だ!!」
「一緒に行くぞ、慧吾!!」
ジャックの声。
慧吾が応える。「ああ!!」
二人の刃が、同時にリングへ突き刺さる。
── 一瞬、世界が止まった。
白い光が爆ぜた。
黒い心臓の構造が、内側から崩壊する。
機械音が断末魔のように歪み、
──沈黙。
金属の心臓が崩れ始めた。
黒い光が四散し、機械音が途切れ──
静寂が訪れた。
慧吾は荒く息を吐き、膝をついたが、意識ははっきりしている。
ジャックが手を伸ばす。
「生きてるな!?!!」
「……ああ。死ぬ気はなかった」
諒介が肩を叩く。
「風……戻ってる」
空洞に、柔らかな白い風が流れ始めた。
哲平が空を見上げて笑う。
「勝った……!誰も死んでねぇ……!これ、奇跡だろ!!」
辰彦が杖をつきながら言う。
「奇跡じゃない。“選んだ結果”じゃよ」
慧吾は静かに息を吸った。
胸の光は安定し、痛みはほとんどない。
ただひとつ──
ノヴァの光も、遠くでやさしく脈を打っているのがわかった。
ジャックが伸ばした手を、慧吾はしっかり掴んだ。
「……帰ろう」
「おう。坊やが待ってるからな」
少し歩き出してから、ジャックがぽつりと落とす。
「……お前の光は、お前のものだ。それを忘れんな」
慧吾は答えない。
ただ、わずかに頷いた。
帰り道、谷を抜けたとき──
風が花の匂いを運んできた。
慧吾の胸の奥で、白い光がふっと揺れる。
(……帰る場所がある。守りたいものがある。だから、俺は歩いていく)




