第14章 戦いの地図
塔の跡地からの帰り道、春の光はいつもより強く差し込んでいた。
それは希望の兆しなのか、あるいは嵐の前触れなのか。
慧吾だけが、その両方を胸の奥で感じ取っていた。
街へ戻る途中、慧吾はふと足を止めた。
「……今、聞こえたか?」
ジャックも諒介も哲平も、すぐに警戒を高める。
「なんの音だ? 獣? エコーズ?」「いや、違う。もっと……人工的な……」
慧吾は目を細め、風の流れを読む。胸の奥の光が、ほんの僅かにざわついた。
(……SIGMAの気配だ)
近づいてはこない。けれど「探している」感覚だけが強く伝わる。
辰彦が杖を鳴らす。
「どうやら、お主らに塔の芯を抜くのを阻まれたことに、SIGMAが焦っとる」
リリカが息を呑む。
「……じゃあ、これから街に……?」
「来る可能性は高い」
慧吾の声は、落ち着いているのに揺れていた。
ノヴァが慧吾の手を握った。
「けいご……ぼく、まもる……」
慧吾はその小さな手を包み、首を振った。
「守るのは俺たちだ。お前は、ここで暮らしていくために“いま”を生きろ。その光は……武器じゃない」
ノヴァは少し潤んだ瞳で頷いた。
街の集会所に戻ると、仲間たちが自然と円をつくった。
テーブル中央には、慧吾が塔の跡地で拾った薄く光る石片が置かれている。
「これが……塔の心臓の名残か」諒介がそっと触れる。
石はまだ温かい。
ジャックが腕を組む。
「んで、お前はまた“俺が行く”とか言うんだろ」
慧吾は言葉に詰まった。
リリカが先に口を開く。
「──ダメよ、慧吾。倒れるの、もう見たくない」
哲平も続く。
「お前だけ突っ込んだら、結局あの夜と同じじゃん。今度は絶対、全員でやる」
辰彦がゆっくりと頷く。
「今回の敵は、塔ではなく“SIGMA”じゃ。ひとりで挑んでよい相手ではない」
慧吾は黙り込んだ。拳を握りしめる。
(……守りたいのに、身体が言うことを聞かない)
見抜いたように、ジャックが慧吾の胸を指差す。
「胸の光の“揺れ”、俺は気づいてるぞ。お前が無理すると、ノヴァまで引っ張られる」
慧吾はゆっくり息を吐いた。
「……ああ」
「お前は前のようには身体が効かない。それは、わかってんだろ?」
ジャックは真顔で言うが、そこに怒りはなく、仲間としての思いだけがあった。
慧吾は、その言葉に頷くしか無かった。
「……ならば、“作戦”を考える必要があるぞい」
辰彦が言うと、哲平が地図を広げる。
「だな。敵の基地はここ、“黒い谷”。でも周りは崖で覆われてて、正面突破は無理だ」
諒介が木炭で線を引く。
「北からの風の道は塞がれてる。だが……南からなら、侵入地点がある」
辰彦が膝を叩く。
「こりゃあ、蜂の巣をつつきに行くようなもんじゃの」
ジャックがにやりと笑う。
「だから燃えるんだろーが」
慧吾も小さく笑った。
「……本気で行くつもりなんだな」
リリカが言う。その声は震えているのに、意志は強い。
「SIGMAを倒したら、……あの子が泣かずに済む世界になるんでしょ?」
慧吾はその言葉に胸が熱くなる。
(……そうだ。これは“終わらせるための戦い”ではなく、“生きるための戦い”なんだ)
その夜。
慧吾は眠るノヴァの額にそっと手を置いた。
「……すまない。お前にこんな気を使わせるつもりはなかった」
ノヴァは寝言のように呟いた。
「けいご……ずっと、そばにいるよ……」
その声に、胸の光が穏やかに応えた。痛みは、ない。
(……必ず戻る。この街に、もう一度“永い平和”を持ち帰る)
慧吾はそっと目を閉じ、その胸の鼓動の奥に宿る小さな風を確かめた。
それは──
まだ諦めていない命のリズムだった。




