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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅳ 優しき虚

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第13章 塔の跡へ

塔が崩れてから、まだ季節はひとつしか巡っていない。それなのに、跡地の周囲には新しい草が芽吹き始めていた。


風は柔らかい。あの夜のような重苦しさはない。


それでも、空気のどこかに“ざらつき”があり、慧吾の胸の奥の光がわずかに震える。


ノヴァが慧吾の手をぎゅっと握った。


「けいご……こわくない?」


慧吾はゆっくりと首を振り、微笑む。


「大丈夫だ。今回は、お前も……みんなもいる」


ノヴァの表情がほっと緩んだ。


塔へ向かう道は、春の光で満ちていた。


先頭を歩くのはジャック。背中はいつもの倍大きく見える。


「おい、慧吾。歩けるか? ふらついたらすぐ言えよ」


「……まだなにも言ってない」


「言わせねぇために言ってんだよ」


そのやりとりを見て、哲平が拳を軽くジャックの肩に当てる。


「お前、兄貴ヅラが板についてきたな!」


「うるせぇ。元からだ」


辰彦は杖をとんとん鳴らしながら笑う。


「ま、頼もしい限りじゃ。風も……今日は悪い匂いではない」


諒介が周囲を見回して頷く。


「焼け跡の匂いがしない。SIGMAはまだここにはいないな」


慧吾は口を閉じ、胸に手を置いた。


(……そうだ。何か“待っている”だけだ)


地下からの気配ではない。βの残響でもない。


もっと──静かで、澄んだ“呼吸”。


(……塔が、眠り直したのか)


慧吾の心臓がそれに軽く反応する。痛みではない。指で触れられるような、薄い風。


「……だいじょうぶ?」


ノヴァが心配そうに顔をのぞき込む。


慧吾はノヴァの頬にそっと触れた。


「平気だ。お前がいればな」


ノヴァは照れたように笑い、慧吾の外套をつまむ。


崩れた塔の跡地に着くころには、陽は傾き始めていた。


石片の隙間から花が生え、かつて黒い渦が巻いていた場所には、淡い光の粒が漂っている。


ノヴァが息を飲んだ。


「……ここ……ぼくが……」


慧吾はそっとノヴァの肩に手を置く。


「思い出さなくていい。ここは“お前が帰ってきた場所”だ」


ジャックは腕を組みながら言った。


「ま、変な感じだな。ここで俺たち……泣いたよな」


哲平は鼻をこすりながらうつむく。


「二度とあんなの嫌だ……」


辰彦が静かに言う。


「じゃが……今日は、違う日じゃ」


諒介が空気を確かめるように深呼吸する。


「……風が、あたたかい」


慧吾は跡地の中心に歩み寄った。胸の光が、ほのかに応える。


(……ここに“あの夜の痛み”は残っていない)


ただ、ひとつの事実だけが残っている。──ノヴァは生きて帰った。──塔はその命を飲み込まず、手放した。


慧吾の手がかすかに震える。


「けいご……?」


ノヴァがそっと手を握った。


慧吾は、笑った。深く、ゆっくりと。


「……風が……優しいな」


ふと、塔の裂け目から風が吹き出し、周囲の草を揺らした。


全員が身構える。


だが──それは敵の気配ではなかった。


ノヴァが目を見開き、風に向かって歩き出す。


「けいご……ここ、“いたくない”」


慧吾も胸の光が痛まないことに気づく。


(……塔を揺らしていたのは、βの残響だったのか)


辰彦が驚いたように言った。


「塔が……治りつつある……?」


哲平が塔の奥を覗き込みながら叫ぶ。


「てことは……SIGMAがあれほど探してる“光の核”は、もうここにはないってことか!」


ジャックが口元を吊り上げる。


「そりゃ焦るだろうな、アイツら」


慧吾は静かに言った。


「なら、向こうはいずれ強行に出る。俺たちは……備えないといけない」


ノヴァが慧吾の手を握ったまま、力強く言う。


「ぼくも、けいごと一緒にたたかう!」


慧吾は膝をつき、ノヴァの額に手を置く。


「守るのは俺の役目だ。お前は……俺の光だからな」


ノヴァの瞳がうるんだ。


「……けいご……」


ジャックが突然、大声を上げた。


「おーい!!センチな空気はそこまでだ!!今日はお前ら二度と離れ離れにならねぇって確認の日だろーが!」


諒介が肩を揺らして笑う。


「まったくだ。塔も落ち着いたなら、今日は帰っていい」


辰彦が杖を掲げて言う。


「明日からは、“本当の準備”じゃ。SIGMAを倒すためのな!」


慧吾は立ち上がり、深く息を吸った。


(……これが“希望の塔”になるなら塔の夜を超えた価値があった)



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