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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅳ 優しき虚

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第11章 風がざわめく前兆

塔を越えた日から、ノヴァと慧吾の日常は、やわらかい光に包まれていた。


けれどその一方で――街の外を吹く風だけは、少しずつ荒れ始めていた。


辰彦が眉をひそめる。


「……風向きが変わった。季節のせいではないぞ」


哲平は空に目を細めた。


「やべぇな。風の匂い、前の戦場ん時に似てやがる」


リリカは少し震えた。


「また……何かが近づいてる?」


慧吾がノヴァを寝かしつけ、自室に戻った直後だった。


胸の光が、コッ……コッ……と弱い警告のように脈打つ。


痛みではない。けれど、何かを“知らせて”いる脈だった。


(……地下じゃない。もっと遠い。 この風……どこかで見覚えが……)


慧吾が薄く目を開いた瞬間――窓辺に、ジャックが現れた。


「……感じたか」


慧吾は少し驚いた顔で振り向く。


「お前もか。……どこだ?」


ジャックはタバコを指で弄んだまま、火はつけずに言う。


「SIGMAだ。あいつら、動き始めてる」


慧吾の瞳が冷たく揺れる。


だがドアを開け出ようとしたその瞬間、ジャックが立ちはだかり、慧吾の胸を抑えて止める。


「動くな、バカ。 お前はすぐ“戦場の顔”になる」


慧吾は静かに息を吐く。


「……だが」


「行かせねぇって言ってんだよ」


ジャックの目は怒っていなかった。ただ──決意があった。


「慧吾。 もう“ひとりで闘う時代”は終わったんだよ」


慧吾は目を伏せる。


「だが……俺が行かなければ──」


「行くんだよ、俺が、先に。 諒介も、辰彦も、哲平も、リリカも。 みんなで“交代で見張る”。」


慧吾は息を呑んだ。


ジャックは続ける。


「何か起きたら? 止めてやる。誰が相手だろうと。 SIGMAでも、エコーズでも、 戦場そのものでもだ」


慧吾の胸に、言葉が落ちた。


(……俺は、守られている?)


ノヴァに命を渡し、すべてを失いかけた自分が──


いま、誰かに守られている。


その事実が、胸を少し温かくした。


翌朝。


ソムニウムの門の前に、辰彦・哲平・諒介・ジャックが全員そろっていた。


慧吾が驚いて立ち止まる。


「……何をしている」


哲平が笑いながら手を挙げる。


「今日から俺ら、日替わりで“外の見張り”な」


「ノヴァを守るのは当然だろ」諒介が武具のベルトを締める。


「慧吾を一人にしないためでもある」辰彦は深く頷いた。


ジャックはナイフの柄に指を添えながら、


「SIGMAと決着つけるときゃ、お前も連れてくがな」


慧吾は息を止めた。


ジャックがひと呼吸置いて言う。


「ひとりじゃ行かせねぇよ。 でも“仲間全員で行く”。 そこだけは譲らねぇ」


慧吾の視界が少し滲んだ。


(……俺は、やっと…… ひとりではなくなったのか)


ノヴァが背後から慧吾の外套をつまむ。


「けいご、みんな……やさしいね」


慧吾はノヴァの頭をなでながら答える。


「ああ……とても」


リリカも笑って言った。


「SIGMAの話は……もっとあとでいいよ。 この街を、今日もちゃんと照らしていこう?」


慧吾は小さく頷いた。


胸の光はまだ揺れている。SIGMAの影は確かに迫っている。


でも――ひとりで立つ必要はない。


その事実が、胸の苦しみをやわらげてくれた。

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