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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅳ 優しき虚

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第9章 風が教えてくれる道

夕暮れの焚き火がやわらかく赤んで、その火を囲む仲間たちの影が長く伸びていた。


ノヴァは毛布に包まれて眠っている。その胸の光は、ゆっくり、穏やかに脈動していた。


慧吾は少し離れた場所でその寝顔を見つめていた。


“守れた”


その確信が胸にあった。


けれど、それと同時に――胸の奥で、淡い風が流れるような感覚があった。


痛みではない。だが、かすかな“空虚”が時折胸を撫でていく。


ジャックが火をいじりながら言う。


「……で、これからどうすんだ?」


慧吾は返事をせずに、揺れる火を見つめていた。その横顔に、リリカが静かに言葉を添える。


「慧吾の心臓が……まだ揺れてるのよね」


慧吾は小さく息を吐いた。


「……ノヴァと半分を分け合った。その残響……というべきか……ときどき、風が通るように感じるだけだ」


「痛くはないのか?」


諒介の問いに、慧吾は首を振る。


「いいや。むしろ……“軽い”。今まで抱え続けていた重さが半分になったような……そんな感覚だ」


辰彦が杖をつきながら笑う。


「ならば心配はいらん。命を分け合うとは、そういうことじゃ。あの子の胸が安定すれば、お主の光も落ち着いてくる」


哲平も腕を組んで頷く。


「街の風も静かだしな。エコーズの残滓は全部消えた。βも塔に飲まれたし……今は“いい風”が吹いてるよ」


慧吾は焚き火を見つめたままゆっくり答えた。


「……そうだな」


仲間たちはそれ以上は踏み込まない。慧吾の静かな苦しさを知りながらも、彼が“もう苦しんでいない”ことを悟っていた。


ノヴァがそばにいる。それが何よりの治療だった。


その時。


すう、と風が優しく流れた。


屋根の風見車が、ゆっくりと回る。


ノヴァが寝息のまま、胸の光をふわりと明滅させた。


慧吾の胸の光も、それに呼応するように一度だけ強く脈を打つ。


慧吾は驚きもしなかった。


(……また呼んでいるな)


ノヴァの眠りは安定している。


痛みではない。恐怖でもない。


ただ――道を指し示すような風 だった。


慧吾は静かに立ち上がった。


「どこへ行く」


ジャックが立ち上がる気配を見せる。


「……見回りだ。街の外の風が、いつもと違う」


「お前ひとりじゃ行かせねぇよ」


慧吾は微笑んだ。


「わかってる。お前が来るのは最初から計算に入れてる」


「だろうよ、クソ真面目が」


ふたりはほぼ同時に歩き出した。


花の平野は、以前のようにやわらかく光っていた。


エコーズの影はひとつもない。塔の残響もすでに沈黙している。


ただ――道の端の方で白い花がひとつだけ揺れていた。


慧吾が近づくと、その花びらがふわりと舞い上がる。


風が、胸の奥を撫でた。


ジャックが眉を寄せる。


「……痛むか?」


「いや。違う……これは“帰る風”だ」


帰る風。


ノヴァが戻ってきた日、慧吾の胸がふっと軽くなった。


あの風と同じだった。


ジャックはゆっくりと息を吐いた。


「……そっか。まだ繋がってんだな、お前ら」


「ああ。それが……救いでもある」


慧吾は花びらを手のひらに乗せ、夜空を見上げた。


沈んでいた風が、ようやく動き始めたような気がした。


「行こう。ノヴァが目を覚ましたら、戻ってこられるようにな」


ジャックが無言で頷き、長い足で隣に並ぶ。


ふたりの影が、夜の中に溶けていった。

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