第9章 風が教えてくれる道
夕暮れの焚き火がやわらかく赤んで、その火を囲む仲間たちの影が長く伸びていた。
ノヴァは毛布に包まれて眠っている。その胸の光は、ゆっくり、穏やかに脈動していた。
慧吾は少し離れた場所でその寝顔を見つめていた。
“守れた”
その確信が胸にあった。
けれど、それと同時に――胸の奥で、淡い風が流れるような感覚があった。
痛みではない。だが、かすかな“空虚”が時折胸を撫でていく。
ジャックが火をいじりながら言う。
「……で、これからどうすんだ?」
慧吾は返事をせずに、揺れる火を見つめていた。その横顔に、リリカが静かに言葉を添える。
「慧吾の心臓が……まだ揺れてるのよね」
慧吾は小さく息を吐いた。
「……ノヴァと半分を分け合った。その残響……というべきか……ときどき、風が通るように感じるだけだ」
「痛くはないのか?」
諒介の問いに、慧吾は首を振る。
「いいや。むしろ……“軽い”。今まで抱え続けていた重さが半分になったような……そんな感覚だ」
辰彦が杖をつきながら笑う。
「ならば心配はいらん。命を分け合うとは、そういうことじゃ。あの子の胸が安定すれば、お主の光も落ち着いてくる」
哲平も腕を組んで頷く。
「街の風も静かだしな。エコーズの残滓は全部消えた。βも塔に飲まれたし……今は“いい風”が吹いてるよ」
慧吾は焚き火を見つめたままゆっくり答えた。
「……そうだな」
仲間たちはそれ以上は踏み込まない。慧吾の静かな苦しさを知りながらも、彼が“もう苦しんでいない”ことを悟っていた。
ノヴァがそばにいる。それが何よりの治療だった。
その時。
すう、と風が優しく流れた。
屋根の風見車が、ゆっくりと回る。
ノヴァが寝息のまま、胸の光をふわりと明滅させた。
慧吾の胸の光も、それに呼応するように一度だけ強く脈を打つ。
慧吾は驚きもしなかった。
(……また呼んでいるな)
ノヴァの眠りは安定している。
痛みではない。恐怖でもない。
ただ――道を指し示すような風 だった。
慧吾は静かに立ち上がった。
「どこへ行く」
ジャックが立ち上がる気配を見せる。
「……見回りだ。街の外の風が、いつもと違う」
「お前ひとりじゃ行かせねぇよ」
慧吾は微笑んだ。
「わかってる。お前が来るのは最初から計算に入れてる」
「だろうよ、クソ真面目が」
ふたりはほぼ同時に歩き出した。
花の平野は、以前のようにやわらかく光っていた。
エコーズの影はひとつもない。塔の残響もすでに沈黙している。
ただ――道の端の方で白い花がひとつだけ揺れていた。
慧吾が近づくと、その花びらがふわりと舞い上がる。
風が、胸の奥を撫でた。
ジャックが眉を寄せる。
「……痛むか?」
「いや。違う……これは“帰る風”だ」
帰る風。
ノヴァが戻ってきた日、慧吾の胸がふっと軽くなった。
あの風と同じだった。
ジャックはゆっくりと息を吐いた。
「……そっか。まだ繋がってんだな、お前ら」
「ああ。それが……救いでもある」
慧吾は花びらを手のひらに乗せ、夜空を見上げた。
沈んでいた風が、ようやく動き始めたような気がした。
「行こう。ノヴァが目を覚ましたら、戻ってこられるようにな」
ジャックが無言で頷き、長い足で隣に並ぶ。
ふたりの影が、夜の中に溶けていった。




