第6章 花の国が汚される夜(後)
慧吾がエコーズの群れを切り裂きながら、膝をつきそうになった瞬間だった。
ノヴァの胸が、暴れるように光った。
「っ……あ……やだ……っ」
胸の奥が、まるで“人の手”で掴まれたように痛い。
慧吾が剣の柄を握る手を震わせると、ノヴァの指先も同じ場所が焼けるように痛む。
痛みが、同じ。けいごの痛みが、ぼくの中に入ってくる。
ノヴァの喉が震えた。
(……なんで……?なんで、ぼくの胸がこんなに痛いの……?これは……けいごの……?)
胸の内部で、白と黒の光がぐちゃぐちゃに混ざろうとしていた。
慧吾が苦痛に顔を歪めた瞬間、ノヴァはその「理由」すら理解してしまった。
(……守ってる……こんなに痛いのに……苦しいのに……ぼくを……まもってる……)
エコーズの影が、慧吾を押しつぶしそうに迫る。
ジャックが叫ぶ。
「慧吾!! 下がれ! 死ぬ気か!!」
慧吾は答えない。呼吸は荒く、胸は赤い光で脈打ちすぎている。
痛い。痛い痛い痛い。
けれど――ノヴァには、それが「痛み」だけじゃないと分かる。
慧吾の胸から流れ込むのは、痛みの奥にある“願い”だ。
守りたい。守らせてくれ。あいつを、ひとりにしない。
その願いが、痛みよりずっと強くノヴァに押し寄せてくる。
ノヴァの視界が涙で滲む。
(……なんで。なんでそんなふうに言うの……けいご……)
ノヴァは、小さい身体で必死に胸を押さえる。
慧吾の痛みが──“自分のせい”だと理解してしまった。
(……ぼくがいるから……苦しいんだ……ぼくがいなかったら……苦しまないのに……)
胸の奥の白黒の光が激しく鳴った。
「……いや……いやだ……けいご……っ」
慧吾は必死に剣を振り抜きながら、ノヴァを見て叫ぶ。
「ノヴァ!! 来るな!!戻れ!!」
だけどその声が――ノヴァには別の意味に聞こえた。
“逃げろ”“俺のそばに来るな”“お前は俺を傷つける”
慧吾はもちろん、そんな意味で言ってはいない。エコーズがノヴァを狙って動き出すのを、慧吾は感じ取っている。でも、小さな胸の中の共鳴は痛すぎて、ノヴァは正しい意味を受け取れないでいた。
ノヴァは震えた足で、後ずさる。
(ぼく……いちゃ……だめなんだ……)
慧吾がまた崩れ落ちそうになる。
ノヴァも胸を押さえて膝をつく。
痛みが同時に走る。
慧吾は痛む胸でノヴァに手を伸ばした。
「ノヴァ……来るな……!!街に戻ってくれ……頼む……!」
──でも。
その声は、痛みで震えていて、涙でにじんだノヴァにはもう聞き分けられなかった。
ノヴァは胸を押さえたまま、涙をぼたぼた零しながら後退する。
(ぼくのせいだ。ぼくがいるから、けいごが……やめて……そんなのやめて……)
花の海が揺れ、風が悲鳴をあげる。
ノヴァは震えた。
(だったら……)
息が止まる。
(ぼくがいなくなれば……けいご……痛くない……)
小さな指が、震える。
世界がぐにゃりと歪む。
慧吾が叫ぶ。
「ノヴァ!! 街に戻れ!!」
(……ごめんなさい……)
ノヴァは心の中で呟いた。
そして──逃げる。
塔の方へ。街で一番、空に近い場所へ。
慧吾の痛みも、声も、届かないところへ。
この先、この物語は『正史』と『外典』に分岐します。どちらの結末も、この物語のひとつのかたちです。
※どちらから読んでも構いません。




