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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅳ 優しき虚
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第6章 花の国が汚される夜(後)

慧吾がエコーズの群れを切り裂きながら、膝をつきそうになった瞬間だった。


ノヴァの胸が、暴れるように光った。


「っ……あ……やだ……っ」


胸の奥が、まるで“人の手”で掴まれたように痛い。


慧吾が剣の柄を握る手を震わせると、ノヴァの指先も同じ場所が焼けるように痛む。


痛みが、同じ。けいごの痛みが、ぼくの中に入ってくる。


ノヴァの喉が震えた。


(……なんで……?なんで、ぼくの胸がこんなに痛いの……?これは……けいごの……?)


胸の内部で、白と黒の光がぐちゃぐちゃに混ざろうとしていた。


慧吾が苦痛に顔を歪めた瞬間、ノヴァはその「理由」すら理解してしまった。


(……守ってる……こんなに痛いのに……苦しいのに……ぼくを……まもってる……)


エコーズの影が、慧吾を押しつぶしそうに迫る。


ジャックが叫ぶ。


「慧吾!! 下がれ! 死ぬ気か!!」


慧吾は答えない。呼吸は荒く、胸は赤い光で脈打ちすぎている。


痛い。痛い痛い痛い。


けれど――ノヴァには、それが「痛み」だけじゃないと分かる。


慧吾の胸から流れ込むのは、痛みの奥にある“願い”だ。


守りたい。守らせてくれ。あいつを、ひとりにしない。


その願いが、痛みよりずっと強くノヴァに押し寄せてくる。


ノヴァの視界が涙で滲む。


(……なんで。なんでそんなふうに言うの……けいご……)


ノヴァは、小さい身体で必死に胸を押さえる。


慧吾の痛みが──“自分のせい”だと理解してしまった。


(……ぼくがいるから……苦しいんだ……ぼくがいなかったら……苦しまないのに……)


胸の奥の白黒の光が激しく鳴った。


「……いや……いやだ……けいご……っ」


慧吾は必死に剣を振り抜きながら、ノヴァを見て叫ぶ。


「ノヴァ!! 来るな!!戻れ!!」


だけどその声が――ノヴァには別の意味に聞こえた。


“逃げろ”“俺のそばに来るな”“お前は俺を傷つける”


慧吾はもちろん、そんな意味で言ってはいない。エコーズがノヴァを狙って動き出すのを、慧吾は感じ取っている。でも、小さな胸の中の共鳴は痛すぎて、ノヴァは正しい意味を受け取れないでいた。


ノヴァは震えた足で、後ずさる。


(ぼく……いちゃ……だめなんだ……)


慧吾がまた崩れ落ちそうになる。


ノヴァも胸を押さえて膝をつく。


痛みが同時に走る。


慧吾は痛む胸でノヴァに手を伸ばした。


「ノヴァ……来るな……!!街に戻ってくれ……頼む……!」


──でも。


その声は、痛みで震えていて、涙でにじんだノヴァにはもう聞き分けられなかった。


ノヴァは胸を押さえたまま、涙をぼたぼた零しながら後退する。


(ぼくのせいだ。ぼくがいるから、けいごが……やめて……そんなのやめて……)


花の海が揺れ、風が悲鳴をあげる。


ノヴァは震えた。


(だったら……)


息が止まる。


(ぼくがいなくなれば……けいご……痛くない……)


小さな指が、震える。


世界がぐにゃりと歪む。


慧吾が叫ぶ。


「ノヴァ!! 街に戻れ!!」


(……ごめんなさい……)


ノヴァは心の中で呟いた。


そして──逃げる。


塔の方へ。街で一番、空に近い場所へ。


慧吾の痛みも、声も、届かないところへ。

この先、この物語は『正史』と『外典』に分岐します。どちらの結末も、この物語のひとつのかたちです。

※どちらから読んでも構いません。

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