表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅳ 優しき虚
35/38

第5章 花の国が汚される夜(前)

ソムニウムの外縁に広がる花の平野は、本来なら“命を拒まない土地”だった。風が運ぶ種が芽吹き、夜でも光る花々が揺れ、旅人はその光を「帰る道」と呼んだ。


だが――その夜だけは違った。


慧吾が最初に気づいた。


胸の光がひりつき、痛みが骨の隙間を叩くように響いた。外套の内側で、光がかすかに明滅する。


(……来たか)


地面がわずかに震え、花の海がざわりと右へ倒れた。


ジャックもすぐに気づいた。「風が……“押し返して”やがる」


哲平、辰彦、諒介もすでに走り出していた。


ソムニウムからわずか半刻の場所。本来なら絶対に寄ってくるはずがない。


光を嫌う。風を嫌う。だからこそ、この街は守られていた。


なのに――


黒い影が、花の海を押し分けるように迫っていた。


音のない足音。波紋のように地面が歪む。


まるで“呼ばれているように。


リリカが手で口元を覆う。「慧吾……これ……ノヴァの……?」


慧吾は答えなかった。代わりに胸の光が強烈に脈打った。


(……共振している。ノヴァの心臓と、地下の核と、エコーズが……全部繋がっている)


痛みが鋭くなり、膝に力が入らない。それでも――


「通すか……ッ!!」


慧吾は長剣を抜いた。


外套の薄布が裂け、風の刃が跳ね上がる。


ジャックが横に並ぶ。「死に急ぎすんなよ、バカ。背中は見てる」


二人を中心に、小規模な守備隊が半円を描いた。諒介は後方で指示を飛ばし、辰彦は花を踏む黒影を拳で叩き、哲平は石を投げて囮を作る。


花の平野で、静かな戦いが始まった。


ノヴァは眠りについていた。けれど、胸が痛いほど熱くなり、目が覚めた。


(……ひかりが、ないてる……)


ふらふらと家の外へ出る。


街の外が、荒々しい音で溢れていた。


家々は、なにかに怯えるように、窓も戸も固く閉ざされていた。


風の道が揺れている。白い花が吹き飛んでいた。


そして――


ノヴァは見てしまう。


「慧吾……?」


花の海の外で、慧吾の影が揺れていた。


長剣を振り抜くたび、身体が崩れそうになる。息が浅く、肩で呼吸している。


胸の光は荒く、痛みで滲むように震えていた。


「……来るな……!!ここは……絶対に、通さない……ッ!!」


慧吾の声が、ノヴァの胸を貫いた。


エコーズの一体が牙を剥く。ジャックがナイフで斬り伏せる。


「よそ見すんな慧吾!!死ぬぞ!!」「……わかってるッ……!」


血が、花びらに落ちた。


ノヴァはその場で足がすくんだ。


胸の奥が熱い。耳の奥がキーンと鳴る。


(なんで……なんで……)


慧吾は剣を支えられず、一瞬ふらついた。その背をジャックが押しとどめる。


「しっかりしろ!お前が倒れたら街が終わる!!」


ノヴァの喉が震えた。


(……ぼく、の……せい……?)


慧吾の胸の光が激しく乱れた。ノヴァの胸の痛みも、同じように揺れた。


世界が一瞬白く弾けた。


ぼくのせいだ。ぼくの……せいなんだ……ぼくがいるから……慧吾が……こんなに痛いのに……守ってる……!


ノヴァの視界が涙で滲んだ。


(だったら……ぼくが……消えれば……)


その瞬間。


慧吾がこちらを振り返った。


痛みと焦燥で歪んだ顔。でも――ノヴァを見つけた途端、声が変わった。


「ノヴァ……来るな!!」


ノヴァは一歩、後ずさった。


慧吾が、苦しんでる。


ぼくを守るために。ぼくのせいで。


その事実がノヴァの心を決定的に崩した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
, ,

,

,

,

,
,
,
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ