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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅳ 優しき虚
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第3章 街の中にともる光

ソムニウムの朝は、揺れの夜を忘れるように柔らかかった。市場の屋台がいつもより早く開き、降りたての露が石畳を光らせる。


その真ん中でノヴァが薪を運んでいた。


「あぶないぞ、ちび。転ぶなよ」


哲平の声はぶっきらぼうなのに、仕草は完全に保護者だった。


ノヴァは胸を張る。


「てっぺー、ぼく、てつだってる!」


哲平は思わず吹き出す。


「……あーもう、かわいいなオイ」


そこへ辰彦が杖をつきながら近づく。


「ノヴァや、ほれ、小遣いじゃ」


木の実を3つ渡す。


ノヴァの目がきらきら。


「たっつぁんありがとう!!」


「その呼び方は気に入らんが……まあよい」


哲平が横でぼそっと言う。


「じいちゃん、孫に会えないぶん甘やかしてるだろ」


辰彦はむしろ胸を張る。


「当たり前じゃ。孫は別の街におる。ワシのこの腕が覚えているうちに、愛情を振りまかねば寿命が尽きるわい!」


ノヴァはもう木の実を頬張りながら満面の笑み。


その笑顔に、ソムニウムの空気がほんの少し温かくなる。


諒介は木片を削っていた。黙々と、無駄のない手つきで。


「ノヴァ」


ぽつりと名前を呼ぶ。


差し出されたのは、木でできた鳥のオモチャ。


ノヴァの目がさらに丸くなる。


「これ……とぶやつ!?」


「飛ばん」


「とばないの?」


「……でも、“飛ぶ色”だ」


ノヴァが頭の上に鳥を掲げ、嬉しそうに走り回るのを見て、ジャックが腕を組む。


「諒介……お前、子ども好きだろ」


諒介の耳が赤くなる。


「木が余っていただけだ」


慧吾が淡く笑う。


「嘘は、上手くつけ」


「……黙れ」


ジャックが薪を渡す。


「いいか。重ぇから落とすなよ」


「うん! あっ、わ、わ!」


がくん。薪が傾いた瞬間、ジャックが慌てて支える。


「おいっ!! ……大丈夫か」


ノヴァは笑顔。


「ジャック、やさしい!」


ジャック、完全敗北。


哲平が腹抱えて笑う。


「ジャック〜、もう父親じゃん」


「違ぇ!!」


リリカが蜂蜜パンを焼いて持ってくる。


「ノヴァ、食べていいよ」


「ひみつパン!!!」


「蜂蜜だ……!」


慧吾がぼそっと訂正するとリリカが笑い転げる。


ノヴァはパンを頬張りながら言う。


「おいしい……ここ、あったかい……」


その一言で、慧吾・ジャック・諒介・哲平・辰彦。


全員が言葉を失う。


“あったかい”という声が、街の隅々まで浸透していくようだった。


ノヴァが皆の中で笑っている。


慧吾は少し離れた場所で、その姿を静かに見つめていた。


胸の奥はまだ痛む。眠っていたβの核が、地下の脈動と響き始めている。


それでも。


いま風が運んでくる匂いは、あの日、尽きかけていた命、胸の痛みも、苦しさも全て消し去る、温かい、生命力のにおいだ。


慧吾はほとんど聞こえない声で呟いた。


「……こういう日を、守れればいい」


その声は、風に溶けていった。

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