第3章 街の中にともる光
ソムニウムの朝は、揺れの夜を忘れるように柔らかかった。市場の屋台がいつもより早く開き、降りたての露が石畳を光らせる。
その真ん中でノヴァが薪を運んでいた。
「あぶないぞ、ちび。転ぶなよ」
哲平の声はぶっきらぼうなのに、仕草は完全に保護者だった。
ノヴァは胸を張る。
「てっぺー、ぼく、てつだってる!」
哲平は思わず吹き出す。
「……あーもう、かわいいなオイ」
そこへ辰彦が杖をつきながら近づく。
「ノヴァや、ほれ、小遣いじゃ」
木の実を3つ渡す。
ノヴァの目がきらきら。
「たっつぁんありがとう!!」
「その呼び方は気に入らんが……まあよい」
哲平が横でぼそっと言う。
「じいちゃん、孫に会えないぶん甘やかしてるだろ」
辰彦はむしろ胸を張る。
「当たり前じゃ。孫は別の街におる。ワシのこの腕が覚えているうちに、愛情を振りまかねば寿命が尽きるわい!」
ノヴァはもう木の実を頬張りながら満面の笑み。
その笑顔に、ソムニウムの空気がほんの少し温かくなる。
諒介は木片を削っていた。黙々と、無駄のない手つきで。
「ノヴァ」
ぽつりと名前を呼ぶ。
差し出されたのは、木でできた鳥のオモチャ。
ノヴァの目がさらに丸くなる。
「これ……とぶやつ!?」
「飛ばん」
「とばないの?」
「……でも、“飛ぶ色”だ」
ノヴァが頭の上に鳥を掲げ、嬉しそうに走り回るのを見て、ジャックが腕を組む。
「諒介……お前、子ども好きだろ」
諒介の耳が赤くなる。
「木が余っていただけだ」
慧吾が淡く笑う。
「嘘は、上手くつけ」
「……黙れ」
ジャックが薪を渡す。
「いいか。重ぇから落とすなよ」
「うん! あっ、わ、わ!」
がくん。薪が傾いた瞬間、ジャックが慌てて支える。
「おいっ!! ……大丈夫か」
ノヴァは笑顔。
「ジャック、やさしい!」
ジャック、完全敗北。
哲平が腹抱えて笑う。
「ジャック〜、もう父親じゃん」
「違ぇ!!」
リリカが蜂蜜パンを焼いて持ってくる。
「ノヴァ、食べていいよ」
「ひみつパン!!!」
「蜂蜜だ……!」
慧吾がぼそっと訂正するとリリカが笑い転げる。
ノヴァはパンを頬張りながら言う。
「おいしい……ここ、あったかい……」
その一言で、慧吾・ジャック・諒介・哲平・辰彦。
全員が言葉を失う。
“あったかい”という声が、街の隅々まで浸透していくようだった。
ノヴァが皆の中で笑っている。
慧吾は少し離れた場所で、その姿を静かに見つめていた。
胸の奥はまだ痛む。眠っていたβの核が、地下の脈動と響き始めている。
それでも。
いま風が運んでくる匂いは、あの日、尽きかけていた命、胸の痛みも、苦しさも全て消し去る、温かい、生命力のにおいだ。
慧吾はほとんど聞こえない声で呟いた。
「……こういう日を、守れればいい」
その声は、風に溶けていった。




