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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅲ 風の共鳴
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スピンオフⅢ

S1.影を抱いたまま


闇の中。光の中。二つの世界が、ひとつの鼓動で動いていた。


【慧吾】


闇の自分が笑っていた。


「結局、お前は何も変われなかった」


慧吾は静かに答えた。


「変わったさ」


手の中に、小さな光が揺れている。


「俺の中に残った“痛み”が、俺を変えた」


闇が嘲る。


「それが人を壊す。光は必ず影を生む。お前は、それを止められない」


慧吾は短く息を吐いた。


「……止めない」


拳を握る。


「俺は、影ごと、生きる」




【リリカ】


灰の空が赤く染まる。塔の内部へと走る。


「慧吾!」


声が反響するたびに、壁の配線が脈を打つように光った。その明滅は、まるで彼の鼓動と同じリズム。


「お願い……もう闇に奪われないで……」


背後から、諒介の声が響く。


「リリカ、待て! 塔が崩れる!」


「ここの主を引き剥がせば、倒壊する!」


落ちてくる瓦礫を避けながら、皆が叫んでいる。それでも、止まれなかった。


胸の光が――必死に、彼を探していた。


【慧吾】


闇が形を変える。無数の影が足元から生まれ、絡みつく。


「誰も救えなかった。お前が壊したんだ」


「あの娘は、お前が傷つけた」


「仲間たちは、お前を恨んでいる」


影の声が響くたび、慧吾の心臓が乱れる。身体中に湧き上がる絶望。


そのとき――胸の奥から、微かな声がした。


『……聞こえる?』


リリカの声だった。


【リリカ】


塔の最奥。ガラスの円室の中央に、慧吾がいた。


外套は裂け、胸の装置が黒く脈打っている。その鼓動が弱まりゆくのを見て、リリカは思わず叫んだ。


「慧吾っ!」


近づくたびに、闇の波が押し寄せる。それでも光は、消えなかった。


彼女は手を伸ばす。


「帰ろう……」




【慧吾】


「……リ……?」


途切れていた声が、やっと形になる。


影が咆哮する。


「行くな。お前は俺だ!」「いけば、お前は絶望のあまり果てるだろう!」


慧吾は唇を噛み、静かに言った。


「それでもいい。一緒に来い」


その言葉とともに、光が闇を包んだ。影も、痛みも、すべて抱いたまま。


――それが、“透明の心臓”の鼓動だった。



※作者より

この章は『透明の心臓Ⅱ』の、ボツ稿でした。慧吾が“闇を拒む”のではなく、“抱えたまま歩き出す”までの物語になっていると思い、ここに置きます。




S2. 初戦 灰のふる高架下にて


慧吾は前に出た。


迷いゼロ。恐怖ゼロ。あるのは “命を捨ててでも敵を止める” 本能だけ。


——長剣を抜いた。


その動作に、敵が反応し、金属の脚が一斉に跳ねた。


慧吾は斬った。躊躇なく、呼吸を捨てるみたいに。


しかし。


敵は一体じゃなかった。


側面から、背面から、黒い影が同時に襲いかかる。


慧吾は距離を詰めすぎていた。退路はない。


(……いい。 ここで終わっても構わない)


その瞬間。


「おいバカ!! 死ぬ気かよ!!」


怒鳴り声とともに、横から別の影が飛び込んだ。


金髪が炎のように揺れた。


ジャックだった。


両手のナイフが閃き、慧吾に食いかかろうとした影の喉を一度に裂く。


返しの一撃で足を切り落とし、さらにもう一体の目を潰す。


動きに迷いがなかった。だが——その目は怒っていた。


「てめぇ、死に急ぎってレベルじゃねぇぞ!!」


慧吾はほんのわずか眉を動かす。


「……退く方が、犠牲が増える」


「言い訳すんな! 今死んだら結果は同じだ!」


ジャックは敵の位置と慧吾の立ち位置を一瞬で把握して、背中を守るように動く。


慧吾は剣を構え直しながら呟いた。


「俺は死ぬことは考えていない」


「うるせぇ、体が言ってんだよ!! “死んでもいい”って顔して突っ込んでんだ!」


慧吾の表情が固まった。


(……読まれた?)


敵が再び迫る。


ジャックは慧吾の前に出ない。横に立った。


「いいか? 死ぬのは勝手だが—— 俺の前ではやるな。邪魔だ」


慧吾の胸の奥が、微かにざわついた。


(……邪魔? 死ぬことが……?)


その“戸惑い”の隙をつくように敵が飛びかかる。


慧吾は反射で剣を振り、ジャックも同時にナイフを繰る。


背中合わせ。初めてなのに息が合う。


斬撃と刺突が交差し、影が次々と崩れる。


数分後。高架下は静かになった。


慧吾が息を整えながら言う。


「……援護は不要だった」


ジャックは煙草を取り出し、火をつける。大きく煙を吐いたあと、慧吾の肩を指で小突いた。


「援護じゃねぇよ。 “お前を拾っただけ”だ」


「拾う?」


「死ぬやつの背中、見捨てんのは気分悪ぃだろが」


慧吾は言葉を失った。そんなふうに言われたのは、生まれて初めてだった。


ジャックは笑わない。だがその横顔には、なぜか温度があった。


「……あいつらは死にそうでも逃げる。 でもお前は違う。 死人みてぇな目で前に出る」


慧吾の心臓が強く脈打つ。


ジャックは慧吾を真正面から見た。


「お前、“生きてる方”がまだ慣れてねぇんだろ」


慧吾は——胸の奥が、痛かった。


(……その言葉は、 どうしてこんなにも……)


ジャックは背を向け、歩き出す。


「行くぞ。 次、死に急ぎしたら殴る」


慧吾は無言でその背中を見つめる。


(……どうして、お前はそんなふうに)


風が灰を払い、慧吾の足も自然とその背を追っていた。




※作者より

ジャックが慧吾を認め、同時に「生き様」に覚えた最初の「危うさ」。そしてこの後、慧吾もジャックを認めた瞬間でした。



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