エピローグ 風の還る場所
灰が止み、空が静かに晴れていく。
崩れた街の残骸の上を、風がやさしく撫でた。
どこかで鳥の声がした。長い嵐のあとに訪れた、最初の朝だった。
慧吾はジャックの肩を借り、ゆっくりと歩いていた。
焦げた地面に残る足跡が、陽に照らされて淡く輝く。そのたびに、胸の奥で光が、わずかに──だが確かに脈打った。
「……立ってるのがやっとじゃねぇか」
ジャックの声に、慧吾は小さく笑う。
「お前が……引き戻した」
「あったりめぇだ。
俺はもう、誰も見捨てねぇ」
慧吾は顔を上げる。掠れた声が、それでもはっきりと届いた。
「Thanks, mate」
ジャックは一瞬だけ口元を緩め、街の空を仰いだ。
「……You got it」
空には、細かな光の粒が漂っていた。βが溶けたあとに残った、無数の星のかけら。その光は、痛みを持たず、ただ静かに風に溶けている。
仲間たちが、その後ろを歩いていた。
辰彦は杖を突きながらも、どこか誇らしげに笑い、哲平は頭を掻いて、「また派手にやったな」と小さく呟く。
街の灯りが見えたとき――そこに、リリカがいた。
風に髪をなびかせ、両手を胸の前で組んでいる。それは祈りではなく、確かめるための佇まいだった。彼が、ここにいることを。
慧吾とリリカの視線が、静かに交わる。言葉は、要らなかった。
風が二人の間を通り抜け、懐かしい街の匂いと、帰る場所の記憶を運んでくる。
「……風が、還ったな」
慧吾の呟きに、ジャックが横目で笑った。
「お前の“魔”もな。
ようやく、居場所を見つけたんだろ」
慧吾は、ゆっくりと頷いた。
「ああ……たぶん、そうだ」
リリカは小さく微笑む。その奥で、ほんのわずかな涙が光った。
「こんどこそ……おかえり、慧吾」
慧吾は目を細める。その声は、もう迷わなかった。
「……ただいま、リリカ」
風が、街を包む。傷ついた世界の上を、静かに、確かに──生き続けるための風が、吹いていた。
透明の心臓Ⅲ──風の共鳴 Fin.




