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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅲ 風の共鳴

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29/61

エピローグ 風の還る場所

灰が止み、空が静かに晴れていく。

崩れた街の残骸の上を、風がやさしく撫でた。

どこかで鳥の声がした。長い嵐のあとに訪れた、最初の朝だった。


慧吾はジャックの肩を借り、ゆっくりと歩いていた。

焦げた地面に残る足跡が、陽に照らされて淡く輝く。そのたびに、胸の奥で光が、わずかに──だが確かに脈打った。


「……立ってるのがやっとじゃねぇか」


ジャックの声に、慧吾は小さく笑う。


「お前が……引き戻した」


「あったりめぇだ。

 俺はもう、誰も見捨てねぇ」


慧吾は顔を上げる。掠れた声が、それでもはっきりと届いた。


「Thanks, mate」


ジャックは一瞬だけ口元を緩め、街の空を仰いだ。


「……You got it」


空には、細かな光の粒が漂っていた。βが溶けたあとに残った、無数の星のかけら。その光は、痛みを持たず、ただ静かに風に溶けている。


仲間たちが、その後ろを歩いていた。

辰彦は杖を突きながらも、どこか誇らしげに笑い、哲平は頭を掻いて、「また派手にやったな」と小さく呟く。


街の灯りが見えたとき――そこに、リリカがいた。


風に髪をなびかせ、両手を胸の前で組んでいる。それは祈りではなく、確かめるための佇まいだった。彼が、ここにいることを。


慧吾とリリカの視線が、静かに交わる。言葉は、要らなかった。


風が二人の間を通り抜け、懐かしい街の匂いと、帰る場所の記憶を運んでくる。


「……風が、還ったな」


慧吾の呟きに、ジャックが横目で笑った。


「お前の“魔”もな。

 ようやく、居場所を見つけたんだろ」


慧吾は、ゆっくりと頷いた。


「ああ……たぶん、そうだ」


リリカは小さく微笑む。その奥で、ほんのわずかな涙が光った。


「こんどこそ……おかえり、慧吾」


慧吾は目を細める。その声は、もう迷わなかった。


「……ただいま、リリカ」


風が、街を包む。傷ついた世界の上を、静かに、確かに──生き続けるための風が、吹いていた。



透明の心臓Ⅲ──風の共鳴 Fin.

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