第11章 風の帰路
灰原を裂くように、三つの影が走っていた。
哲平が風を切る音に眉をひそめる。
「さっきから……風が同じ方向に流れ続けてる。まるで誰かが“導いてる”みたいだ」
「導いとるんじゃろうて」
辰彦の足は重いはずなのに、誰より速い。
「“あの子”の風じゃ。慧吾を、呼んどる」
諒介はただ無言で走っていた。
──鼓動にも似た“震え”が続いている。
(慧吾。そこに──いるんだな)
風が、突然、消えた。
同時に、視界が開けた。
焼けるほど放熱したβが、ジャックの荷袋から飛び出した。
風が咆哮し、空が裂ける。
中心で、βが狂ったように震えた。
――生きたまま、空へ溶けた。
ジャックの言葉が、激しい痛みと共に、薄い意識の下で慧吾の脳裏をよぎる。
次の瞬間、βの表面が割れ、黒い手のようなものが伸びた。
それはまるで、生き物のように慧吾の身体へ絡みつく。
その刹那、風がひとつの“道”を形づくった。
灰を払い、砂を割き、ただひとつの方角──慧吾の元へ。
その“道”を切るようにして辰彦、哲平、諒介が駆け込んだ。
「間に合った!」
辰彦が叫ぶ。
「よっしゃあ!離すなよ!」
哲平が慧吾の腕を掴み、諒介も全体重で引き戻す。
「助かったぜ!慧吾は行かせねぇ!!」
ジャックが吠え、慧吾の脚をさらに抱え込む。
だが慧吾の身体は、既に風に呑まれ宙へ浮きかけていた。
βが影を喰うように慧吾の胸へ溶け込み、肌の下で光と闇がせめぎ合う。
──遠くの丘で、風が軋んだ。
「ダメッ!!行かせない!!」
リリカが叫ぶ。胸の光が暴れ、痛みが波のように押し寄せる。
膝が砕け、倒れそうになりながらも、手を伸ばす。
「お願い、慧吾――還ってきて!」
祈りが風に乗り、光の糸が彼の胸へ届く。
慧吾の意識の中で、闇と光が渦を巻く。
影が呻き、砕け、光がそれを包んでβの中へ吸い込む。
轟音。天が裂ける。
風・光・闇が溶け合い、天へ昇る渦となる。
リリカは祈りの手を合わせ、涙を落とす。
「戻ってきて……!」
砂嵐が爆発するように巻き上がり、小さな砂粒が刃物のように手足を裂く。
それでも彼らは慧吾を離さなかった。
「こんなの……屁でもねぇ!」
慧吾を抱える腕にいっそう力を込めながら、ジャックが叫んだ。
βが眩い閃光を放ち、世界が白に塗り潰される。
──時が、止まった。
焦げた空気。舞い落ちる灰が雪のように積もる。
辰彦が膝をつき、哲平が顔色を失い、ジャックが慧吾の顔の灰を払い続けた。
「慧吾!! 聞こえるか!!」
静寂。
そして――
慧吾が、かすかに息を吐いた。
「……まだ……ここにいる」
ジャックが顔をそむけ、
「ああ……ったく……心臓に悪ぃ奴だ」
と呟く。
辰彦が泣き笑い、哲平が肩を震わせ、諒介が微笑みをたたえ、静かに言う。
「任務達成だ」
空から光の粒が降る。βが消えたあとの残響。まるで星の雨のようだった。
遠くでリリカが光を見上げ、胸に手を当てる。
「還ってきてくれて――
ありがとう、慧吾」
その声は風に乗り、彼の胸の奥へ、確かに届いていた。




