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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅲ 風の共鳴
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第10章 灰の追跡

荒野を渡る風は重かった。

北の空は曇り、地平線にはまだ黒い煙が立ちのぼっている。


諒介が先頭を歩き、辰彦が後ろで荷を担ぎ、哲平が視界を警戒している。


「……ここから先、もう人気がねぇな」

「おうよ。獣の気配すらせん」

「──慧吾の“気配”は?」


諒介が立ち止まった。風の流れが、一瞬だけ歪んだのだ。


耳ではなく、皮膚で感じるざわめき。

空気の層が震え、微かな振動となって耳の奥に届く。


「……まだ続いてる。

 途切れてない。 ──生きてる」


辰彦が歯を食いしばる。

「よう言うてくれた……間に合うのう」


哲平が頷く。

「急ごう、師匠!」


三人の影が荒野を駆けた。風が巻き上がり、灰をはらい落とす。


(──慧吾。聞こえるか?)


諒介の胸に走る“痛み”は、共鳴ではない。

だが、長年の戦場で覚えた“予兆”。仲間の命の火が揺らぐ時だけ鳴る、本能。


その“痛み”に、遠くで応えるように、風がひときわ強く吹いた。




──その頃。


慧吾の視界は、ぼやけていた。焼けた匂い。

冷たい地面。光も影も、もう遠くにある。


「……リリカ……」


声は掠れていた。動かない腕。それでも、胸の奥ではまだ光が脈を打っている。


その脈に、別の光が呼応した。

βだ。ジャックの腰で、鈍い光がうねっている。


「……まだ、こいつは動いてやがる」


ジャックが吐き捨てるように言い、慧吾の体を抱き起こす。掌に吸い付くほど冷えた体。肩は軽く、呼吸はほとんど風の音と同化していた。


「おい……慧吾。

 聞こえてんなら返事しろよ」


慧吾は反応しない。けれど、かすかに胸の光だけが残っていた。


ジャックは歯を食いしばり、慧吾の外套を掴んだ。


「なぁ……なんでだよ。

 なんで、また一人で“命を渡す”なんて真似を──」


言葉が続かない。怒りでも、悲しみでもなく、ただの“恐怖”が喉を塞いだ。


慧吾が崩れ落ちていく姿を、二度と見たくなかった。


「リリカが泣いてんだぞ。

 お前の光が揺れてんだよ」


ジャックの拳が震えた。


「……それでも、一人で行くのかよ。

 俺らを置いて」


返事の代わりに、風が吹く。焼けた灰を巻き上げ、地平に消える。


ジャックは唇を噛み、慧吾の背を支えた。


「……わかったよ。

 お前が自分から立てねぇなら──」


その瞬間、


慧吾の指が、微かにジャックの袖を掴んだ。


生きようとする“わずかな熱”だった。


ジャックは目を見開き、小さく笑った。


「……あぁ、そうかよ。

 まだ死ぬ気はねぇってことだな。

 ──なら引きずってでも連れ帰る」


その時、雷が遠くで鳴った。リリカの祈りが風を伝い、二人の周りの空気に光が混じる。


灰の中、慧吾の胸の奥で、微かな脈がもう一度だけ跳ねた。

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