第10章 灰の追跡
荒野を渡る風は重かった。
北の空は曇り、地平線にはまだ黒い煙が立ちのぼっている。
諒介が先頭を歩き、辰彦が後ろで荷を担ぎ、哲平が視界を警戒している。
「……ここから先、もう人気がねぇな」
「おうよ。獣の気配すらせん」
「──慧吾の“気配”は?」
諒介が立ち止まった。風の流れが、一瞬だけ歪んだのだ。
耳ではなく、皮膚で感じるざわめき。
空気の層が震え、微かな振動となって耳の奥に届く。
「……まだ続いてる。
途切れてない。 ──生きてる」
辰彦が歯を食いしばる。
「よう言うてくれた……間に合うのう」
哲平が頷く。
「急ごう、師匠!」
三人の影が荒野を駆けた。風が巻き上がり、灰をはらい落とす。
(──慧吾。聞こえるか?)
諒介の胸に走る“痛み”は、共鳴ではない。
だが、長年の戦場で覚えた“予兆”。仲間の命の火が揺らぐ時だけ鳴る、本能。
その“痛み”に、遠くで応えるように、風がひときわ強く吹いた。
──その頃。
慧吾の視界は、ぼやけていた。焼けた匂い。
冷たい地面。光も影も、もう遠くにある。
「……リリカ……」
声は掠れていた。動かない腕。それでも、胸の奥ではまだ光が脈を打っている。
その脈に、別の光が呼応した。
βだ。ジャックの腰で、鈍い光がうねっている。
「……まだ、こいつは動いてやがる」
ジャックが吐き捨てるように言い、慧吾の体を抱き起こす。掌に吸い付くほど冷えた体。肩は軽く、呼吸はほとんど風の音と同化していた。
「おい……慧吾。
聞こえてんなら返事しろよ」
慧吾は反応しない。けれど、かすかに胸の光だけが残っていた。
ジャックは歯を食いしばり、慧吾の外套を掴んだ。
「なぁ……なんでだよ。
なんで、また一人で“命を渡す”なんて真似を──」
言葉が続かない。怒りでも、悲しみでもなく、ただの“恐怖”が喉を塞いだ。
慧吾が崩れ落ちていく姿を、二度と見たくなかった。
「リリカが泣いてんだぞ。
お前の光が揺れてんだよ」
ジャックの拳が震えた。
「……それでも、一人で行くのかよ。
俺らを置いて」
返事の代わりに、風が吹く。焼けた灰を巻き上げ、地平に消える。
ジャックは唇を噛み、慧吾の背を支えた。
「……わかったよ。
お前が自分から立てねぇなら──」
その瞬間、
慧吾の指が、微かにジャックの袖を掴んだ。
生きようとする“わずかな熱”だった。
ジャックは目を見開き、小さく笑った。
「……あぁ、そうかよ。
まだ死ぬ気はねぇってことだな。
──なら引きずってでも連れ帰る」
その時、雷が遠くで鳴った。リリカの祈りが風を伝い、二人の周りの空気に光が混じる。
灰の中、慧吾の胸の奥で、微かな脈がもう一度だけ跳ねた。




