第9章 痛みの風
朝の光が、花の国の屋根を染めていた。
出発の時刻。街の入口には、リリカと諒介、辰彦、哲平の姿があった。子どもたちが駆け寄り、小さな手を振る。
「先生、いってらっしゃい!」
「おみやげ、わすれないでね!」
笑い声が広がる。リリカは笑顔で頷き、荷を背負い直し、ふと足元が揺らめいたのに気付く。
そのとき、ひとりの少女が駆け寄ってきて、リリカの服の裾をぎゅっと掴んだ。
「……せんせい、顔が白いよ?」
リリカは一瞬だけ笑顔を保とうとしたが、胸の奥で何かが波打つ。
「だいじょうぶ。ちょっと風にあたりすぎただけ」
言いながらも、息が詰まった。やわらかい風が頬をなでた瞬間、胸の中の光が暴れ出す。
「……っ」
リリカは胸を押さえ、わずかに背をかがめる。その痛みは、かつて感じたものに似ていた。けれど今度のそれは、もっと深く、重い。
──光を、渡した。
誰かの声が、遠くで響いた。低く、掠れた、風のような声。
(慧吾……?)
その名を呼んだ瞬間、膝が崩れた。諒介が慌てて支える。
「リリカ! どうした!」
「……慧吾が……遠くで……」
言葉が途切れる。視界が霞む。そして、白くなった指先が、ゆっくりと空を指した。
「あっちよ……」
諒介がその方向を見た。
北。空の端に、灰のような煙がたなびいている。
「……北か」
「慧吾が、あそこに……!」
リリカの体が崩れかける。
諒介が支えながら言った。
「リリカ、お前はここに残れ。あとは俺たちに任せろ」
「…お願い……絶対、間に合って」
風が吹いた。花びらが舞い、灰の匂いが混じる。辰彦が振り返らずに言った。
「てつ坊、急ぐぞ。風が泣いとる」
「了解!」
諒介が最後に一度だけ振り向く。リリカの頬を涙が伝っていた。
「……慧吾、あなた……また無茶を……」
その声を、風が北へ運んでいった。灰色の空の下、光の欠片がひとつ、静かに揺れた。




