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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅲ 風の共鳴
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第9章 痛みの風

朝の光が、花の国の屋根を染めていた。

出発の時刻。街の入口には、リリカと諒介、辰彦、哲平の姿があった。子どもたちが駆け寄り、小さな手を振る。


「先生、いってらっしゃい!」

「おみやげ、わすれないでね!」


笑い声が広がる。リリカは笑顔で頷き、荷を背負い直し、ふと足元が揺らめいたのに気付く。


そのとき、ひとりの少女が駆け寄ってきて、リリカの服の裾をぎゅっと掴んだ。


「……せんせい、顔が白いよ?」


リリカは一瞬だけ笑顔を保とうとしたが、胸の奥で何かが波打つ。


「だいじょうぶ。ちょっと風にあたりすぎただけ」


言いながらも、息が詰まった。やわらかい風が頬をなでた瞬間、胸の中の光が暴れ出す。


「……っ」


リリカは胸を押さえ、わずかに背をかがめる。その痛みは、かつて感じたものに似ていた。けれど今度のそれは、もっと深く、重い。


──光を、渡した。


誰かの声が、遠くで響いた。低く、掠れた、風のような声。


(慧吾……?)


その名を呼んだ瞬間、膝が崩れた。諒介が慌てて支える。


「リリカ! どうした!」


「……慧吾が……遠くで……」


言葉が途切れる。視界が霞む。そして、白くなった指先が、ゆっくりと空を指した。


「あっちよ……」


諒介がその方向を見た。

北。空の端に、灰のような煙がたなびいている。


「……北か」


「慧吾が、あそこに……!」


リリカの体が崩れかける。

諒介が支えながら言った。

「リリカ、お前はここに残れ。あとは俺たちに任せろ」


「…お願い……絶対、間に合って」


風が吹いた。花びらが舞い、灰の匂いが混じる。辰彦が振り返らずに言った。


「てつ坊、急ぐぞ。風が泣いとる」

「了解!」


諒介が最後に一度だけ振り向く。リリカの頬を涙が伝っていた。


「……慧吾、あなた……また無茶を……」


その声を、風が北へ運んでいった。灰色の空の下、光の欠片がひとつ、静かに揺れた。

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