番外編SS-元悪役令嬢の幸福
番外編最終話!
時系列は結婚式後の二人のお話です!
*糖度高め注意報
(……うぅっ)
ドッ、ドッ、ドッと鼓動がこれ以上ないほど大きく脈打ち、私は薄い夜着……といってもいつもの服とは違う、半ば戦場に行くような気持ちで、体の線がはっきりと出る薄い夜着の膝の上でギュッと拳を握った。
(……っ、遂に来てしまったわ……!)
そう、今日はアルと結婚式を挙げた当日。
……そしてその夜はなんといっても、俗に言う“初夜”……つまり、心も体も本当の意味で結ばれる、ということだ。
(〜〜〜わ、分かっているわ! こ、怖くなんてないのよ!)
そう、怖くない。 私は、シュワード国の王妃……アルの、妻になったんだもの。
こんなところでめげているわけではないのよ……!
私はそう言い聞かせ、震える体を鼓舞するように頰を軽く叩く。
すると、コンコンとノック音が聞こえ、私はハッと顔を上げる。
「……クラリス、入っても良い?」
「っ!!」
そうアルの声が聞こえ、私は「ど、どうぞ」と震える声をなんとか抑えるようにそう言ってみせる。
そして、ガチャ、とドアが開く音が聞こえたのと同時に、私は声にならない悲鳴を上げ……。
「……クラリス、何やってるの……?」
「……」
(ご、ごめんなさぃぃぃぃ)
耐えきれなくなった私は、アルが近づいて来る前に、全力で掛け布団を被って蹲っていた。
そしてそれに気付いたアルが驚いたような声を発したものの、すぐ後に笑い声が聞こえてきた。
「……ははっ、クラリスは本当、変わらないね」
「〜〜〜だ、だって……」
アルの、いつもより少し低音で鼓膜を震わせるような甘い笑い声に、私は余計に緊張しつつも、掛け布団の中で答えた。
「……こ、怖いんだもの……」
(……今更、何を言ってるの、私は)
情けなくて涙が出てきてしまう。 そんな私に、アルはふっと息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。
「クラリス」
「!」
そう優しくアルに呼ばれ、私はシーツごと、アルに抱き締められた。
「あっ、アル!?」
「……僕も、とても緊張しているんだよ?」
「!」
ね、聞こえるでしょ? と背中越しに伝わるアルの鼓動が、私と同じくらい脈打っているのが分かる。
私は軽く身じろぎをすると、アルはギュッと強く、私を抱き締めた。
「……やっと、この日が来たんだ。
最初……今から13年前、半ば僕が強引に取り付けた“婚約”という、まだ恋を知らないクラリスと強引に進めた話が始まりだった。 ……クラリスは僕のものだ、という反面、クラリスに好きな人が出来たら、僕はどうすれば良いのだろう、といつも考えていた」
「!」
初めて聞くアルの話に、私は驚いてしまう。 アルは少し苦笑するような乾いた笑い声を上げ、「それでも」と言葉を続けた。
「……他の何を奪われても、決して君だけは奪われたくなかった。 他の誰にもね」
「!!」
アルがそう言って、私の頭に軽く口付ける音が聞こえた。
アルはそんな私の驚きを感じ取ったのか、少しだけクスッと笑うと、私に囁いた。
「……君が嫌がることはしない。 君が今日はやめてと言うのであれば、無理強いはしない。
だからせめて、僕に可愛い顔を見せてくれないか」
「っ!!」
艶めかしく、甘みを含んだその声に言われ、私は羞恥のあまり恥ずかしくなる。
……しかも、アルにここまで言わせるなんて、私は何て面倒くさい女だろう。
そう思った私は、上体を起こしてそっと掛け布団から顔だけを出し……、アルのアクアブルーの瞳と視線を初めて交じり合わせた。
そしてアルは、驚いたように目を見開き……、ふっと微笑むと、私の金色の髪にそっと指を絡ませながら、瞳をそらさずに言った。
「クラリス」
「っ、はい」
私は恥ずかしくて、少し震えてしまう。
そしてギュッと目を瞑ると、アルが「……やばいね」と呟いた。
思いがけない言葉に、へ、と私は間抜けな声を出せば、アルは苦笑しながら言った。
「……予想以上……というか、クラリスが綺麗すぎて、どうにかなりそう」
「っ!?!? あ、あああアル!?」
急に投下してくる爆弾発言に、私は一瞬クラっとするほどのダメージを受ける。
そんな私を見て、アルはふふっと微笑みを浮かべると「うそうそ」とポンポンと私の頭を撫でた。
「さっきも言った通り、クラリスが望まないのであれば、今日は何もしないよ」
「! ……でも、アルは、その…、望んで、いるのでしょう?」
私の言葉に、アルは少し目を見開き微笑んだ。
「それは勿論。 ……だって僕は、ずっと君に想いを寄せて来たんだから」
「……!」
(……そうだわ、アルはずっと、私のために待っていてくれた)
幼い頃の誓いを忘れた私でも、許婚として同じ気持ち……いえ、私が自覚するまでずっと、ずっと何も言わず待っていてくれた。
そして私が同じ気持ちだと分かった時、初めて自分の気持ちを伝えてくれた。
好きだ、愛していると。
そう真っ直ぐに、私に告げてくれた。
(……アルはずっと、ずっと私のことを思っていてくれた)
「クラリス? ……!!」
アルがハッと息を飲む。
……それは、私がまだ上半身にかけていた掛け布団を剥がして、アルに夜着姿を晒したから。
私は今度は私の番、というつもりで顔を上げ、言葉を発する。
「……私、ずっと気付いていなかった。 アルが近くにいてくれるのは、幼馴染だから、婚約者だからって、気持ちを自覚するまでの10年以上もの間、今考えたらおこがましいけど、それが当たり前だと思っていたの」
アルは黙って私の話に耳を傾けてくれている。
私は言葉を続ける。
「……でも、ミリアさんが転校して来て、アルの近くにいると噂が流れた時、初めて自分の心の中に、黒い感情……いえ、醜い嫉妬が現れたの」
……悪役を演じようと思った大半も、それがきっかけだった。
「それで初めて気が付いた。
アルは私とって、かけがえのない大切な人。 一緒にいられることが当たり前なんかではなく、尊いものだって」
そう言うと、私はだから、と言葉を続け、アルの瞳をじっと見つめて言った。
「……アル、大好き。 愛しているわ。
……だから、私にも、アルのことをもっと、教えて?」
「っ!!!」
アルの頰に手を滑らせると、アルはその手に手を重ね、気が付けば、後ろにそっと横たえられていた。
……その顔は、薄暗い部屋の明かりに照らされて何処までも妖艶で、甘く甘く、私の脳裏に焼きつく。
そしてアルは、少し笑って言った。
「……本当、君には敵わないよ、クラリス。
……そんなことを言ったら、手加減出来ないかもしれないけど……、良いの?」
「っ! ……は、い」
凄絶な色気でそう言われ、私は半ば頭が真っ白になりかけながらも頷けば、アルは額にそっと口づけを落とす。
擽ったくて目を瞑れば、その唇は瞼、頰、鼻先へと口付けられる。
そして視線が再度交じり合い、唇を重ねようとした瞬間、アルはハッとしたように止まって言った。
「? どうしたの、アル」
私がそう問えば、アルは「……念のために、先に言っておこう」と口を開く。
「僕がこういうことをするのも、したいと思うのも、君だけだよ」
「〜〜〜!?」
そこから推測される言葉に、私は恥ずかしさを通り越して驚きを顔に出す。 アルはそれを見て悪戯っぽく妖艶に笑い、私の耳元に顔を寄せたと思ったら、吐息交じりに口を開いた。
「……つまり、僕もこういうことをするのは初めてで、その先も、君……クラリスにしかこういうことはしないっていうこと」
「〜〜〜!」
アルのその言葉に、私は顔に熱が集中するのが分かる。
アルはそれに気付いて笑い声をあげたから、私は「えっ、じゃ、じゃあ」と声を発した。
「そ、それってつまり、その……、私以外には、妃は必要ない、ってこと……?」
そんな私の言葉に、アルは少し拗ねたように言う。
「……それは心外だね。 言ったでしょう? “僕は君以外には何もいらない”と。 ……だから、」
アルは私の髪に軽く口付けた後、艶めかしく言った。
「……僕の気持ちを全部、受け止めてね?」
「〜〜〜〜〜!?!?」
今日で一番のダメージに、私は声にならない悲鳴をあげる。
それを見たアルがクスクスと笑い、そしてやがてその笑みが止まると、瞳が交錯して、ゆっくりと顔が近付く。
そして唇が重なろうとした瞬間、アルははっきりと、私に聞こえるように言った。
「僕も、愛しているよ」と。
そうして重なった唇の熱は、普段にも増して何処までも甘く、長く、そして何度も重なり、深くなっていく。
私も徐々に、その熱ごと、幸せで、甘い時間に身を委ねたのだった。
―――……10年後(第三者視点)
「姫様ぁ、姫様! 何処にいらっしゃるのですかぁー!?」
「ここよここー!!」
姫様、と呼ばれた少女は木の上から顔を出す。
その姿に、クラリスの侍女……今は乳母まで兼任しているルナと、そのルナによく似た少年が口を開く。
「アリス様、早く降りてこないと今日のお菓子は抜きらしいですよー」
「!? そ、それはダメ!! ……っきゃ!?」
「「! アリス様っ!!」」
アリス様、と呼ばれた青色の髪に、赤とアクアブルー色のオッド・アイの瞳を持つ少女の登っていた木の枝が折れ、アリスは地面に真っ逆さまに落ちていく……その下で、不意に水の塊が出来、そしてその少女の体だけ、その水の上で体が静止した。
アリスはパチリ、と大きな瞳を瞬かせ、キョロキョロと視線をさまよわせれば、そんなアリスに近づいて来た二人を見て、あっと声をあげる。
「アレクシスお兄様とロドニーお兄様だ! ……っていったぁ!?」
そんな少女の額に、アレクシスお兄様、と呼ばれた少年……金色の髪にアクアブルーの瞳を持った少年は、指先でピンっと弾き、声を荒げる。
「アリス! 君はいつもいつも、何度言ったら木登りをやめないんだ! 危ないといつも言っているだろう!?
ほら、それにロドニーにも迷惑をかけたんだから、謝るんだ」
「! ろ、ロドニーお兄様、ごめんなさい……」
ロドニー、と呼ばれたクリーム色の髪に銀の瞳を持つ少年は、ふふっと笑った。
「大丈夫、私の魔法がお役に立てたようで何よりだよ。 それより、怪我はない?」
「! ……えぇ! お兄様方のお陰で!!」
そう言ってピョンっと紺色の髪を揺らしてロドニーに抱き着くアリスを見て、アレクシスは溜息をつき、ロドニーに謝罪する。
「……ごめん、ロドニー。 君に無闇に時の魔法を使わせてしまって」
「ふふ、良いよ。 ……確かに、お祖父様に怒られはするけど、お父様には良く言われるんだ。
“使いたい気持ちは分かる”ってね」
「! ……全く」
困ったもんだ、と肩をすくめて見せるアレクシスに、ロドニーはふふっと笑う。
そして、茶色の瞳と髪を持つ少年が、少し遅れてやって来た。
「だ、大丈夫ですか……!? お怪我は……」
「この通り! お兄様方のおかげで無傷よ!」
そんなアリスの誇らしげな声に、アレクシスはもう一度、苦笑いして謝る。
「……本当、ロドニーにもクライヴにも、迷惑をかけてすまない」
「ふふ、アリスは可愛いし、それに何より元気なことが一番だよ」
「少々お転婆がすぎますけどね」
「ちょっと! ロドニーお兄様はともかく、クライヴお兄様酷い!!」
そう言ってキッとクライヴを睨むアリスを見て、三人で顔を見合わせて思わず笑ってしまうと、アリスは不機嫌な顔つきになる。
そして、それを見守っていた、少し離れた距離にいる女性の方へと、アリスは走りよった。
「お母様〜! お父様〜! クライヴお兄様とアレクお兄様が虐めてくるの〜!!」
「なっ!?」
「誰が虐めるだって!?」
聞き捨てならない、と声を上げる二人に、ロドニーは「まあまあ」と宥めながら、口を開く。
「私達も行こう?」
その言葉に二人は頷き、まだ幼いアリスを追うように駆け出す――
それを優しく見守る夫婦……シュワード国の現国王と王妃が、そっと手を繋ぎ、寄り添い合う。
「……あの子達、とっても仲が良いわね」
「あぁ。 まるで僕達の昔を見ているようだ」
そう言って笑うアルベルトの後ろから、声が続く。
「クラリス様の幼い頃に、アリス様はそっくりです」
「……あの頃と確実に違うのは、無闇に魔法を使わないことですね」
そんな侍女と護衛騎士の言葉に、今度は二人顔を見合わせ、アルベルトが肩を竦めてみせる。
それを見てクラリスはクスクスと笑い、繋いだ手にギュッと力を込め、頭を預けた。
「……これからあの子達は、どんな物語を紡いでいくのかしら」
そうクラリスがポツリと呟いた言葉は、アルベルトの耳には届かなかったらしく、アルベルトは「え?」とクラリスの顔を見た。
クラリスはそれにクスッと笑い、「何でもないわ」と言って見せると、走りよってくる我が子を抱きしめるため、アルベルトの手をそっと引いたのだった。
―――……太陽の光が温かく降り注ぎ、柔らかな風が吹く。
まるで、彼等の未来を祝福するかのような青い空が、今日も何処までも、続いている。
番外編・後日談END
長く本編、番外編を書かせて頂きました。
これにて、本編・番外編共に終了です…!
最終話、ということで糖度高め(まさかの最終話の序盤が初夜スタート笑)のお話でしたが、如何だったでしょうか?
この作品のキャラクター達は本当に書いていて楽しく、又思い入れも、今まで書いてきた作品の中(なろう外含め)でダントツに深いキャラクター達です…笑
そして、多くの皆様のお陰でここまで書かせて頂くことが出来ました…!ありがとうございます!!
又、私事ですが、次回作は侯爵令嬢と従者の、ハラハラドキドキな異世界恋愛モノの予定です。ストック次第投稿させて頂きます。
最後に、本当に有難うございました…!!
2019.7.6.




