29.家族として、王家として
「え……」
お母様の温もりと落ち着く香りが、私を包み込む。
お母様はギュッと私を抱きしめて言った。
「心配、したのよ……! どんな思いで、私達が貴女を、守りたいと思ったか……っ」
涙声でそう口にするお母様の言葉に、痛いほど心配してくれていたことが伝わってきて、私の目からも涙が零れ落ちる。
「……ごめんなさい」
私はそう何度も謝りながら泣き続けていると、ニコラスお兄様が困ったように微笑んだ。
「……本当、クラリスは正義感が強い故に危なっかしいな。 ……王家の鏡としては良い心がけだが、自分だけ命をかけるような無茶はしないでくれ。 こちらの身がもたない」
「! は、はい、ごめんなさ……っ!?」
今度は、私のおでこにデコピンをしたアイリスお姉様が、大声で怒鳴った。
「クラリス! ……お前は本当に人の気持ちも知らないで……っこのバカ!」
「ひっ……!」
アイリスお姉様の口調がいつにも増して荒い。 ……それに、いつも涙なんて見せたことのないお姉様のワインレッドの瞳からも、涙が溢れていて。
「っ、お、お姉様……」
私はお母様からそっと離れると、お姉様の手を握る。
「……心配をかけて、ごめんなさい」
お姉様は無言で私の頭に手を乗せると、今度はその手をわしゃわしゃっと、髪が少し乱れるくらい撫でてくれた。 そのアイリスお姉様の肩にポンと手を乗せ、ニコラスお兄様は優しく私に向かって口を開いた。
「そろそろお暇するよ。
クラリスはゆっくり体を休めて。
……一応、クラリスが無茶をしないように、アルベルト王子、見張っておいてくれるかな?」
「見張……!?」
お兄様の言葉に私は言葉をあげかけ……手で口を塞がれる。
その手は無論、アルの手で。
「了解しました」
と爽やかな笑みを浮かべて言った後、今度は抗議する間も無く、私を横抱きにした。
私は驚きで固まっていると、お兄様はそれを見てふっと笑い……、そして皆が部屋を出て行ったのを見計らってドアを閉める間際、お兄様は言った。
「お幸せに」
「!?!? お、お兄様!?」
バタンと、ドアが閉まる。
「はっ……え? はっ!?」
部屋に二人だけで取り残された状況に追いついていけず、真上にあるアルの顔を見て説明を求めれば、アルはふふっと笑い、私のベッドまで歩み寄ると、私をそっと寝かせてくれた。
「み、見張りって何!? お幸せにとか、どうしてお兄様の口から飛び出るのかしら!?」
「さあ?」
「さあ? って……!」
アルの素知らぬ顔に、私は何なんだ、とため息をつく。
そして、アルに向かって言った。
「……アルも何も私を見張らなくて良いのよ? 忙しいだろうし、私を見張ってたって何も楽しくないでしょう?」
そう私が口にすれば、アルは少し驚いたような顔をした後……、何処か怒りを秘めた笑みを浮かべて言う。
「? ……クラリスは、僕といたくない、と?」
「!? ち、ちが、そういうわけじゃ……!」
「じゃあ、どうして?」
アルがベッドに手をついて私に顔を近づけた事で、ギシ、とベッドが軋む。
私はアルの顔が至近距離なのと怒らせた顔とで軽くテンパってしまう。
「え、いや、その、えーっと……、あ、アルが近くにいたら私、ドキドキして死んじゃいそうで!!」
「……ふふっ、なんだ、そういうことか」
アルの納得した表情を見てホッとしたのも束の間、今度は何をするかと思えば、アルが私の耳元に顔を寄せた。
その行動に驚いて固まる私に、アルはその場で囁いた。
「……これだけで赤くしてたら、この先もたないよ?」
「!?!?!?」
今度こそ私は顔を真っ赤にして、はしたないとは言ってられず、ゴロゴロとベッドを転がってアルから距離をとり、耳を抑えて口を開いた。
「なっ、あ、アル!! 貴方、絶対わざとやってるでしょう!!」
羞恥から声を震わせてそう言えば、アルは何処か艶めいた笑みを浮かべて、アクアブルーの瞳を細めて言った。
「あれ、クラリスは何を想像したの?」
「っ!!! もうアルなんて知らない!!」
私はそういうと、掛け布団をかけて団子状態になってベッドの中で丸まった。
すると、アルはクスクスと暫く笑った後、「ごめん」と謝りながら、私の頭を掛け布団越しに撫でて言った。
「クラリスが可愛くて、つい。
虐めたくなっちゃった」
「っ、は!?」
私はバッと掛け布団を退けて顔を出す。
「あっ……」
しまった、まだ顔赤いのに……!
と隠そうとしたら、アルにその手を掴まれる。
私はハッとしてアルを見上げれば、今度は嬉しそうに、私の頰にそっと触れてきた。
まるで、割れ物を扱うかのようなその仕草が少しこそばゆくて、私は目を細める。
アルも少しだけ目を細め、私達は見つめ合う。
そして、どちらからともなく、唇が重なったのだった。
☆
―――その日から数日後。
「……今日でアルは、学園を卒業するのね」
私がそう呟くと、私の髪を結っていたルナの手が止まり、「そうですね」と口にする。
「アルベルト様もクレイグも、ローレンス様やシリル様まで卒業ですね」
めでたいこととは言え寂しいです、というルナの言葉に私も同意する。
3月の、少しだけ春の温かい風が吹き始めた今日、3年生は卒業する。
そして、それは私達との“別れ”……とまでは言わないが、あまり会えなくなることを意味していた。
アルは、来年に国王となるための準備で今年は忙しくなるそうだ。
他の皆も、ローレンスは今年でディズリー国の国王に、クレイグはアルの正式に護衛騎士となり、シリルはダンヴィル侯爵家の跡取りであるため、勉強するために二年ほど留学することになった。
「……見事に皆、バラバラね」
今までのように、容易く会えなくなってしまう。
幼い頃から一緒にいた“幼馴染”が、皆それぞれ違う人生を歩もうとしていた。
それらは本来、おめでとうと言うべきなんだろうけど、何となく、皆の存在が遠くなるような感覚に、私も寂しさを覚えていた。
「……それにアルも、今年はあまり国にいられないようだし……」
シュワード国の次期国王として、アルは色々な国を訪ねて周るそうだ。
シュワードは貿易が盛んな分、他国との繋がりが広い。
そのため、他国に挨拶に行ったり、その他、国王になるための準備で忙しくなるそうで。
「……私もルナも、この一年、二人にはあまり会えなくなるのね」
「……そうですね」
しんみりとした空気に、ルナが「よし!」と突然大きな声を出す。
私は驚いてみれば、「あぁ、すみません」とルナは私に謝りつつ、今度は私の手をガシッと掴んで言った。
「今夜のパーティー、思いっきり楽しみましょう!! そのために私、クラリス様のドレスアップ、全力でお手伝いさせて頂きますね!」
「……ふふ、有難う、ルナ」
ルナも一緒に可愛くして二人を出迎えましょうね、と言うと、ルナは、少し顔を赤くしながら小さく頷き、微笑んで見せたのだった。
(……アルと過ごす最後の学園主催の卒業パーティー、良い思い出にしましょう)




