26.二人きりの時間
甘めです…!笑
――……心地よい風が、頬を撫でる。
「……ん」
ふと目を覚ますと、そこはいつも見慣れている自室の天井とベッドだった。
(……私……)
まだ頭がボーッとする中で、右手に感じる温かいぬくもりに、私は視線を向ければ……。
「……!」
……さらさらと揺れる紺色の髪。
普段はアクアブルーの瞳を称えていつも微笑んでくれる、大好きな彼が眠っていた。
そこでようやくこの現実が、夢ではないのだと、そう教えてくれた。
「……アル」
私はそう彼の名を呟けば、目から涙が零れおちる。
彼はきっと、あの戦争の後で疲れているだろうから、このまま寝かせておいてあげたい。
そんな気持ちとは裏腹に、早く目を覚まして、私の名前を呼んでほしい、とそう思う自分もいて。
何よりも、彼がこうして私のそばに居てくれていると思うと、涙がボロボロと溢れて止まらない。
そんな私の微かな震えを感じ取ったのか、伏せられていた長い睫毛をゆっくりと上げ、アクアブルーの瞳が私を映し出す。
(……あ)
綺麗、そう思った刹那、一瞬にして右手に感じていた温もりと同じ温もりが私を包み込んだ。
……それは、アルが私を抱き締めたから。
「……クラリスッ……良かった……」
「……! アル……」
彼の肩が震えているのを感じ、私もアルの名を呼ぶと、彼の背中にそっと腕を回した。
「……私、随分と長く眠っていた気がする」
「僕も、久しぶりに魔力を使いすぎて丸二日眠ってしまったけど、クラリスは相当魔力を使っていたみたいで一週間眠っていたんだ」
だから、生きていると分かっていても生きた心地がしなかった、と呟く彼に、私はうぇ!?と変な声を上げる。
「い、い一週間!? こんな忙しい時に私そんなに長く眠っていたなんて……!
大変、今すぐ行かなきゃ!!」
「行くって何処へ」
「戦争の後始末よ!! 王女が何もしていないだなんて言語道断だわ!!」
私はそう言ってアルから離れようとすると、アルはより一層抱いている腕に力を込めた。
私はそれに驚きつつ、カァッと顔が赤くなるのがわかる。
「ちょ、アル!?」
「……駄目だ、行かせない。
その状態では尚更、行かせる訳がない」
「何言ってるの、着替えるわよ」
「そういうことを言ってるんじゃない!!」
急に大声を出したアルに驚くと、アルはするっと腕を解いて私の手を握ると、私の額に額を重ねて呟いた。
「……頼むから、大人しく体を休めて」
「は、はい……」
アルが声を荒げたことに驚いたが、それは私を心配してのことだいうことを痛いほど感じ、私は大人しく頷いてみせた。
その私の行動に、ホッと一息ついたアルは、少し俯きがちに言葉を発する。
「……それから、君と二人だけの時間が欲しい。
……話したいことが、沢山あるんだ」
「え……」
そう言ってアルは私から離れると、深く頭を下げた。
「クラリス、今まで辛い思いをさせてごめん」
「え……えぇ!? ちょ、頭を上げて!」
そう言って頭を下げるアルを、慌てて頭を上げるように言うと、頭を上げたアルの顔は、悲痛に顔を歪めていて。
私はその顔に息がつまりそうになる。
アルはふっと短く息をつくと、握っていた手をギュッと強く握って言った。
「……何から話せば良いか、どう伝えたら良いか分からないけど……僕の話を、聞いてくれる?」
アルの、まるで怒られた子犬のような表情に、私は少し驚いた後、やがてふふっと笑って言った。
「アルの話なら、いくらでも。
……それに、私だって話して謝らなければいけないことが沢山あるわ」
そう私が口を開けばいい、アルは漸く、少しだけ笑みを浮かべて……ゆっくりと口を開く。
「じゃあまずは、僕から話そう。
……そうだね、クラリスは何から聞きたい?」
その言葉に、私はぐるぐると疑問が頭を駆け巡る。
「た、沢山、あるんだけど……あっ、でも一番聞きたいのは、その……。
アルは、いつから私のことを思い出してくれていたの?」
その言葉に、アルはそっと視線をそらす。
私はじーっとアルを見て言った。
「……湖で倒れた時くらい?」
「……いや、それより少し前くらいから、クラリスのことは思い出してたかも」
「? かもって?」
アルは何故か視線を逸らしてそう答えた。
「……怒らないでね?」
アルの言葉がよく分からず、私は「? えぇ」と頷けば、アルは口を開いた。
「日増しに……クラリスに会う度に、断片的に思い出していったんだ。
……あのリアムに取り憑いた悪魔の魔法は、そんなに強い魔法じゃなかったから」
「えっ、そうだったの?」
私の言葉に頷くと、アルはおずおずと口を開いた。
「……一番思い出せたのは、その……言いにくいけど、クラリスとキスした時、かな」
「っ、な!!」
私はパクパクと口を開閉させて驚いた。
「そ、そっそれって結構前からじゃない……!!」
「キスする前から、ずっと、僕の消えた記憶の中に、僕の大事な子としていたはずだと、そこまでは分かっていたんだけど、明確には思い出せなくて、もどかしくて。
……ただ、クラリスとキスした時、後抱きしめた時かな。
懐かしいと、そう感じた時にすぐに思い出せた」
アルの言葉に、私は羞恥のあまり恥ずかしくて顔を覆う。
アルはそんな私の反応に少し笑って、「僕もそれで思い出した時は何となく自分に引いたけど」と言った。
「で、でででも、湖で倒れた時は!? あれは、何だったの?」
「あぁ、あれはあの夜のことを思い出したと同時に、完全にクラリスのことを思い出したんだ。
それに、あの日から魔法も使えるようになったんだ。
……だけど、クラリスには伝える勇気がなかった」
「? どうして」
私が首を傾げれば、握られている手に力がこもり、アクアブルーのアルの瞳が、私の瞳をじっと見つめて口を開く。
「……クラリスを危険に晒したくなかったから。
いつ悪魔が現れてもおかしくない時に、僕の記憶が戻ったなんて知ったら、あの悪魔達が何をするか分からない。
だから、迂闊なことを言って周りを危険に晒したくなかった。
……特にクラリスにも、危ない目にあって欲しくなかったから」
「! ……そ、そうだったのね……」
……それなのに、私は自ら危険に飛び込もうとしていたんだわ。
「……なんか、ごめんなさい」
私の意図が読めたアルは苦笑する。
「まあ、今までのクラリスを見ていたら、身を張ってでも無茶をするだろうなっていうことは皆熟知しているからね。
僕の記憶が戻って魔法が使えるようになっていたことを勘付いて知った人にだけ、クラリスの動向を探ってもらっていたんだ」
「えっ!?」
私は驚いてアルを見れば、「ふふ」と笑った。
「え、じゃあ私が今まで気付かなかっただけ……?」
「ふふ、そうだね。 僕の演技も、なかなか上手かったでしょ?」
私はその言葉に脱力する。
「本当にね……」
「あ、後もう一つ、僕がどうしてクラリスに記憶がないふりをしていたかったかっていう理由があるよ」
「? まだあるの?」
アルはにっこりと笑うと、グッと私の腰を抱き寄せた。
アルの突然の行動に驚いて固まる私に、近くなった距離感でアルは口にした。
「クラリスが慣れないながらも頑張って手作りのお菓子を持って、毎日僕に会いに来てくれるのが、半ば幽閉っぽい僕の生活の中で、唯一の最高な幸せだったんだよ」
ご馳走様、そうアルは口にしたかと思えば、私の頰に軽く口付ける。
私はその言葉の意味を理解すると、声にならない悲鳴をあげる。
そして私は、不覚にも火照った頰を手で押さえながら、楽しそうに笑うアルを少し睨んでみたのだった。




