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第二十一話:ヴィゼルの父親

 昨日はめでたい事があり夜遅くまで飲んでいた。とは云え酔わない程度しか飲んでない。そして今日になった。ゼルクは夜遅かったとは云えアルオス城にある自分の部屋で寝ていた。


「……はぁ。眠い。昨日は騒ぎ過ぎた」


 ゼルクはシングルベッドの上で掛け布団を体に被せずに仰向けでいた。どうやら掛け布団の上でそのまま寝てしまったようだ。でもゼルクは鎧などを外して寝間着の格好をしていた。


「眠い。だけど起きないと。ふはぁ~」


 ゼルクは今すぐに二度寝したい気持ちを抑えて上半身を浮かせた。そして起き上がるとすかさずゼルクは欠伸をした。騎士たる者はどんな状況に陥っても規則は守る者だと教わった。


「うーん。今日はどうしよう。……そうだ! 眠たいけどヴィゼルさんに稽古を付けて貰おう!」


 ゼルクは云い始めながら背筋を伸ばした。そして背伸ばしを終えた。ゼルクは緊迫感を忘れてはいないが今日は暇を弄んでいた。だからゼルクはヴィゼルに強くして貰おうと思った。


「えーと……確か宿屋に泊まるとか云ってたな。よし。行ってみよう」


 ゼルクはそうと決めたら早速着替えようと思った。ゼルクの鎧は一人でも着れるように工夫がなされていた。ゼルクは両足をベッドからはみ出せると床に付けた。裸足だから冷たい。


「うーんと……あぁそうだ。着替えないと」


 ゼルクはまだ寝惚けていた。だけど沈黙をおくと不思議と頭が働く。だからゼルクは着替える為に立ち上がった。よくよく見ると床に鎧ならが散らばっていた。大事な神の篭手もだ。


「うげ!? やば!」


 ゼルクは後でビビーや神に怒られないかを心配した。ビビーは直接的に神は千里眼的に感じ取れると思っていた。だからゼルクは大分脅えた。もう二度としませんと心の中で誓った。


「と、とにかく早く着替えていこう!」


 ゼルクは見て見ぬ振りをしてさっさと着替えるつもりだ。その間にビビーが出てきたらどうしようかとは思うがさすがに神は降臨しないだろうと思った。ゼルクは神の器に感謝した。


 ゼルクは慌てて着なければいけない物を見定めて着替えていった。こんな光景を今になって思えばローゼリア女王陛下に見せられないと思った。それももうじき見る事になりそうだ。


 ようやくゼルクは全て着替え終わった。後は神の篭手を装着するだけだ。ゼルクは静かに神の篭手を装着しようとした。その瞬間だった。なんといきなり扉からノックの音が鳴った。


「うお!?」


 ゼルクはノックの音に驚いて神の篭手を床に落とした。床は木で出来ているのでそれなりの音が鳴った。するとほんのちょっとして驚いたビビーが神の篭手から出てきた。何事かと。


「なに!? ゼルク!? 敵!?」


 ゼルクの部屋を見渡しながらビビーは云った。この時のビビーは慌てふためいていた。それもそうだ。ビビーもいつ敵に襲われるかが気が気でなかった。だけどこんな朝早くは嫌だ。


「はは。ごめん。何事もないよ。ビビー」


 ゼルクは頬を右手で掻きながら云った。掻き終わるとゼルクは素直に謝った。そして何事もない事をビビーに伝えた。果たしてビビーは許してくれるのだろうか。それは分からない。


「なぁーんだ。はぁ~。なにもなくてよかった~」


 ビビーは安堵の息をし始めた。それから何事もなかったと認識した。だからビビーは全身の力を抜くようにした。その後に床に落ちた神の篭手を見た。とまたしても扉から音がした。


「うん。ごめん。ビビー。ってさっきからだれだろ?」


 ゼルクはまずはビビーを制した。それからゼルクはこんな朝早くから扉をノックする人はだれかと思った。だからゼルクは神の篭手を拾うと装着しながら扉を目指した。一体だれだ。


「あ! 待って! 私もいく!」


 ビビーも寝惚けていた。だから何歩かずれて云った。ビビーは空を飛べるのであっという間にゼルクの右肩らへんまできた。にしてもゼルクは恐る恐る扉を開けた。するとそこには。


「お? ゼルク。もう既に着替え終わってたか」


 ヴィクロスがいた。なぜかヴィクロスはゼルクが着替えを終えている事に注目した。それにしてもヴィクロスはゼルクの部屋を知らなかった。だけど周りに訊きまくって辿り着いた。


「ヴィクロス!? どうしてここに?」


 ゼルクが一度ならぬ二度も驚いた。一度目は昨日で二度目は今だ。ゼルクは神出鬼没なヴィクロスを見て寒気を感じた。それでもヴィクロスがここにいる事は真実だ。なんの用件か。


「あーなんて云うか。昨日は思うように寝れなくてな。だからこうして早起きした訳だ。ちなみにヴィゼルもいる」


 ヴィクロスが大雑把に云い始めた。どうやらヴィクロスは昨日の内にテンションを上げ過ぎて寝れなかったらしい。よくよく見るとヴィクロスの真横にヴィゼルがいた。なんだろう。


「え? ヴィゼルも? どうして?」


 ゼルクが余計に困惑していた。こんな朝早くに一体なんの用なのだろうか。一方のゼルクも朝早くにヴィゼルに押しかけて稽古を付けて貰おうとしていた。実にお互い様だと思った。


「どうしてって。ヴィゼルも昨日は寝れなくてな。仕方がないから朝の練習でもしようってな話になったんだ。どうだ? ゼルク? お前も一汗掻かないか」


 するとヴィクロスがなんと偶然にもゼルクと同じ考えになっていた。どうやら熟睡出来ずに朝早くに起きたから稽古しようと云っている。なんとも不思議な偶然だ。三人でいくのか。


「あ! それはよかった! 実は俺もヴィゼルに稽古を付けて貰おうと思ってたんだ!」


 急にゼルクが今日の予定を思い出した。それが偶然にも一致している事にゼルクは感動を覚えた。元気よくゼルクが云い終わるとヴィクロスはヴィゼルを見てからゼルクをまた見た。


「お? なら話は早いな! ならこれから同胞団の鍛練所に向かおう」


 ヴィクロスはゼルクの話を聞くなりこの話はすぐに終わると思った。だからヴィクロスは楽しそうに同胞団の鍛練所に向かおうと云った。稽古をするにはアーマデラスの許可が要る。


「分かった! んじゃあいくとしよう! ビビー! 一緒にいこう!」


 ゼルクは軽く頷くと理解した。頷き終わるとゼルクはビビーを誘った。当たり前だけどビビーも重要だ。もちろんビビーと一心同体しての訓練もするつもりだ。今より強くなりたい。


「うん! 分かった! いこう! ゼルク!」


 ビビーはいまいち理解が出来ていないがなんか楽しそうだと思った。だからビビーはゼルクについていく事にした。そもそもゼルクが神の篭手を床に落としたからこんな事になった。


「そうと決まれば今すぐにでもいくぞ。お前達」


 ヴィクロスはいけるかどうかの確認をした。どちらかと云えばヴィクロスはヴィゼルの意見をもう一度だけ聴きたかった。なぜならいくかどうかの話合いをついさっきゼルクとした。


「ああ。いくとしよう。案内の方を頼む」


 ヴィゼルが軽く頷きながら云った。ヴィゼルはここにきたばかりなので道案内が必要だった。だからヴィゼルはヴィクロスに案内役を頼んだ。もうすっかり警戒心もなくなっていた。


「任しとけ! 俺が案内してやる!」


 ヴィクロスが軽く胸を右手で叩いた。そして云い終わる前に右手を元の位置に戻した。ヴィクロスは自分自身の記憶力に自信を持っていた。だから余裕で堂々と道案内をするだろう。


「それは助かるな。私は未だに覚えていなくてだな」


 ヴィゼルはここにきたばかりだ。だからヴィクロスみたいなタイプは心強かった。ヴィゼルにとってヴィクロスは頼りになる仲間だ。まだ親友ではないがなってもいいとさえ思える。


「はは。だれだって最初はそんなもんだ。ま。その内に慣れるだろう」


 ヴィクロスが警戒心が解けている証と云わんばかりに笑ってみせた。ヴィクロスは笑い終わるとヴィゼルを助けた。もう既に仲間としての信頼が構築されていた。風貌が怪しくても。


「全く……そうだといいがな。おっと待たしてすまない。そろそろいこうか」


 ヴィゼルがヴィクロスの言葉どおりになればいいと思った。ヴィゼルとヴィクロスは昨日の宴の影響からすっかり仲がよくなった。こうしてみると宴の効果は凄かった。素晴らしい。


「ううん! んじゃ今度こそ向かおう! 目指すは同胞団の鍛練所だ!」


 ゼルクがヴィクロスとヴィゼルの仲のよさをみて心の底からホッとした。だから頬が緩んだ状態で首を左右に振った。ゼルクは嬉しかった。こんなにも仲間が増えて頼もしい限りだ。


「おおー!」


 とは云えゼルクとビビーだけだった。おおー! と声に出したのは。とにかくゼルク達はさっさと同胞団の鍛練所に向かう事にした。果たしてそこでどんな稽古が行われるのだろう。



 今いる場所は同胞団の鍛練所だ。ゼルク。ビビー。ヴィクロス。ヴィゼルが鍛練所にやってきた。昨日の襲撃に備えて同胞団の人達も鍛練所で稽古に励んでいた。そこに加われるか。


「おいおい。これは聞いてない。こんなにも稽古していたらさすがに場所がないんじゃないのか」


 ヴィクロスが髪を掻きながら云った。まさしくヴィクロスの云うとおりだ。こんなにも同胞団がいるとは思わなかった。これではゼルク達の稽古が出来ない。無念と云ったところか。


「この感じだと開けて貰う場所もなさそうだ。ここはどうするのか」


 ヴィゼルが気を逸らせ過ぎた。確かに稽古が出来る場所が一目瞭然なだけに下向きにもなる。もしここが無理ならばヴィゼルは城外での稽古も視野に入れていた。そこは最後の砦だ。


「待てって。とりあえず俺はアーマデラス隊長に会いにいって確認を取ってくる。お前らはそこで待っとけよ」


 ヴィクロスが気が早いヴィゼルを制しながら云った。この感じからして同胞団の鍛練所で稽古をするは無理そうだ。しかしヴィクロスは念の為にアーマデラスに会いにいくと云った。


「ねぇ? ところでゼルク? 私は休んじゃ駄目なの?」


 ビビーはそんなヴィクロスを見送った後に云い始めた。ビビーは念の為にゼルクに訊いた。この時のビビーは本気ではない。そもそも今は緊急性もない。でも強いて云えば暇だった。


「うん? あー今回は一緒に同行してほしい。ビビーにも出番があると思うからさ。頼んだよ。ビビー」


 ゼルクがちょっと間抜けな返事をした。だけどすぐに切り替えてビビーに云っていた。ゼルクはビビーと一心同体になった状態でも稽古をするつもりだ。少しでも強くなりたかった。


「そうなんだ~。分かったよ。んじゃ出番がくるまで観戦でもしとくよ」


 ビビーはゼルクの云い分で納得した。実にビビーは物分りがよかった。だからビビーは邪魔にならないところで観戦するつもりだ。もしも観戦に疲れても最後まで付き合うつもりだ。


「そうしてくれると助かる。にしてもこの人数ですら入れそうにないね」


 ゼルクは静かにビビーに感謝した。ゼルクにとってビビーはいなかったら困る存在だ。もしもビビーがいなかったら間違いなくダライアスにやられていた。それ以前にも負けていた。


「稽古ならばここ以外でも出来る。別にここに拘る必要性はない」


 ヴィゼルが皮肉にも取れるような発言をした。これを耳に入れたゼルクはヴィゼルは外の方が好きなのかなと思った。それにヴィゼルはどこか恋しそうに云っていた。なんとも謎だ。


「そうなんだ~。うーん。待つって暇だね」


 ビビーはつい本音を云った。確かに観戦は暇だ。でもそれでもゼルク達は真剣だ。だから余りそんな事は云わないでほしかった。仮にだれかが云ったとしてもゼルクは気にはしない。


「はは。待つくらいはしようよ。ね? ビビー」


 ゼルクは思わず失笑した。ゼルクはビビーに対してそれくらいは待とうよと云った。皆が本気なんだ。ここで俺が真剣にならなくてどうするんだとゼルクは思った。実に素晴らしい。


「うーん。私としてはずっと飛んでいる方が疲れるんだけどな。でもまゼルクが云うなら我慢しようかな」


 ビビーは首を傾げながら云った。どうやらビビーは飛び続けている方が疲れるらしかった。もしそれが本当ならビビーに無理をさせれない。それでもビビーは我慢すると云い張った。


「有難う。ビビー。……お? アーマデラス隊長とヴィクロスがこっちにくるぞ」


 ゼルクはビビーに感謝の意を含ませて云っていた。それにしてもどうやらゼルク達が会話をしている内にヴィクロスがアーマデラスを引き連れてきたようだ。きっとないんだろうな。


「あ……本当だ」


 ビビーはゼルクの言葉を聞いた後にゼルクと同じ方向を見た。するとヴィクロスがアーマデラスと一緒にこっちにくる。ビビーは一体何事と云ったような雰囲気だ。大体は予想付く。


「ほう。あのお方がアーマデラスか」


 ヴィゼルは関心したように云った。ヴィゼルとアーマデラスは初対面だ。だがどこかの国で聞いた事がある。アルオス城には出来る女の近衛隊があると。よくよく聞いた事があった。


「うん。そうだよ。ヴィゼルは確か初めてだっけ」


 ゼルクはヴィゼルが噂で知っているとは知らなかった。だから云い方もそんな感じにもなる。とは云ってもヴィゼルはアーマデラスの事を噂でしか知らない。仲良しになればいいが。


「ああ。初めてだ」


 ヴィゼルは半ば本当の事を云った。ここで他国の噂を云っても仕方のない事だと思った。ヴィゼルはアーマデラスとは初対面なのに緊張していなかった。物静かで余裕が感じられた。


「初めてってなんだか緊張するよね~。ヴィゼルは緊張しないの?」


 ビビーは念の為に訊いた。ビビーですら訊くまでもなくヴィゼルが緊張していないように感じ取った。ビビーからしてヴィゼルとか云う男は仮面以前に怪しかった。違和感を覚えた。


「ふん。この私が緊張するのは父親くらいだ。その父に嫌気が差してね。云い訳して旅に出たんだ」


 ヴィゼルはそんなビビーをおいてつい口癖を云っていた。どうやらヴィゼルが緊張する相手は自分自身の父親らしかった。ヴィゼルの話だとその父親に嫌気が差して旅に出たらしい。


「へぇ~。そうなんですね」


 ゼルクが思わず敬語になった。なぜなら意外に親身になって話してくれたからだ。ゼルクにとってヴィゼルの発言はちょっと意外だった。まさかこの間隔で云うなんて思わなかった。


「ねぇ? ねぇ? ヴィゼル? どうして嫌気を差したの?」


 ビビーは思い切ってヴィゼルに訊いてみた。ビビーのヴィゼルへの好奇心が止まらなかった。なぜだろう。悪いエルフではないがそれでも瞳の奥には謎に包まれていた。本当に謎だ。


「それは」


 ヴィゼルがビビーの思い切った言葉に返事が乱れた。実はこの時のヴィゼルは訊かれたくない事を訊かれていた。どうしても答えられないは一目散にビビーに伝わった。なぜだろう。


「こら! ビビー! あー! ヴィゼルさん! 今のはなかった事にしてもいいんですよ?」


 ゼルクのビビーに対しての怒号が飛んだ。ゼルクはしっかりとビビーを叱った。この時のゼルクもビビー同様にどうしても答えられないと感じ取った。だから優しい言葉で誘導した。


「うむ。そうか。ならなしにして貰おう」


 ヴィゼルがゼルクの言葉に甘えた。これによって訊き辛い空気が流れた。ヴィゼルは助かったと思い安堵の表情を浮かべた。そもそもエルフにだって一つや二つの秘密はあるだろう。


「てへ! 訊きそびれちゃった!」


 ビビーはお茶目な口調で云った。この時のビビーは舌を出していた。そして舌を出し終わると元に戻した。とここでさらなる会話は続かずに次第にヴィクロス達が近付いてきていた。


「……おい! お前ら!」


 ヴィクロスが沈黙の際に歩き終わるとゼルク達の目の前で立ち止まった。そしてヴィクロスが話し掛けてきた。ちょっと遅れてアーマデラスも立ち止まった。果たして稽古は可能か。


「ヴィクロス! どうだった?」


 ゼルクがヴィクロスに問い掛けた。正直のところでこんなにも同胞団がいたら余分なゼルク達は追い出されるのが筋だろう。ここが駄目ならゼルク達はどこで稽古をすればいいのか。


「あーそれがな」


 ヴィクロスの歯切れが一気に悪くなった。しかもすぐに沈黙する程に。これはもう既に答えが出ているのでは? と思いたくなってきた。ゼルク達はもう既に諦め気味になっていた。


「続きは私が云おう。早い話がお前達が出来る稽古場所はない」


 アーマデラスがヴィクロスの代わりに云う事にした。するとアーマデラスは堂々と早々と現実を云い始めた。なんと云う早業か。それを聞いたゼルク達は全く驚かなかった。当然か。


「え? やっぱりそうでしたか」


 ゼルクはそれとなく聞いていた。だからアーマデラスに対してそれとなく返事をした。もう既にゼルク達は無理だと思った。しかしここが無理なら稽古はどこで行うのか。謎だらけ。


「あー悪い。俺ではどうする事も出来なかった」


 ヴィクロスが頭に右手を添えながら云っていた。そして云い終わる前に右手を元の位置に戻した。これはゼルク達も分かっていた事だがヴィクロスに鍛練所の権限はない。無駄足か。


「つまり……稽古場は城外しかないんだな?」


 ヴィゼルが早合点した。確かにもう城外でやるしかなかった。ヴィクロスやアーマデラスでさえ他に思い当たる節がなかった。だからここはヴィゼルについていくべきだ。危険だが。


「ああ。そのとおりだ。かー! 俺にも稽古場がほしい!」


 ヴィクロスがやけくそになり始めていた。とは云えもうここは無理だった。なら残すは城外しかない。危険だがいくしかないようだ。ゼルク達は覚悟を決めた。いよいよいく羽目に。


「ヴィクロス。現実逃避か。とにかく今は私を信用してほしい」


 ヴィゼルがヴィクロスを宥めた。今はヴィゼルにしか頼れないのでゼルクとビビーは納得した。しかしヴィクロスは半ばと云ったところだ。これではアーマデラスの怒りに火が点く。


「……あー! 分かったよ。ついていくから案内してくれ」


 ヴィクロスはやっと沈黙を乗り越えて更に声も荒げてようやく納得した。だからだ。ヴィクロスが急にヴィゼルに案内を頼んだのは。ちなみにヴィゼルは森の中で戦うつもりだった。


「とその前に……宿屋に用事がある。先に寄らせてくれないか」


 ヴィゼルはなにやら宿屋に用事があるらしく先に寄らせてほしいみたいだ。ヴィゼルは宿屋になんの用事があるのだろうか。それは本人と宿屋にしか分からなかった。なんの用事か。


「うん? なんの用事なんだ?」


 ヴィクロスは遠慮なく訊いた。この時のヴィクロスは天然が入っていた。つまり訊いても本当の事を云わないとは思わなかった。なぜなら昨日の宴である程度の壁は取り払っていた。


「ちょっとな。私用がある」


 ヴィゼルはヴィクロスにちょっとだけ冷たい態度を取った。昨日はあれだけ盛り上がったのに今日は別人みたいだ。ヴィゼルにとっては本当に私用だった。だけど怪しさ満点だった。


「ふーん。そうか。なら先に宿屋に向かうか。な! ゼルク!」


 ヴィクロスは気まずそうにするかと思いきやそれとなくなにも聞いてないような空気を醸し出した。そしてヴィクロスは自分自身を納得させた。どうやら全員で宿屋に向かうようだ。


「うん。そうしよう。ね? ビビー」


 ゼルクが軽く頷きながら云った。云われる前から納得していたかのような感じだ。するとゼルクはビビーもくるだろうと云った。そもそもビビーは神の篭手から遠ざく事は出来ない。


「分かったよ。ゼルク。んじゃあさっさといこう」


 ビビーはゼルクに賛同した。とにかくゼルクとビビーには厚過ぎる信頼があった。どうやら今回のビビーは神の篭手で休まずに一緒に移動するみたいだ。ビビーは実に楽しみだった。


「では……いくとするか」


 ヴィゼルがまるで重たい腰をあげたかのような口調だった。いや。現に今は危険な外に出ようとしているのだから重たくもなる。しかし赤翼の盗賊団は壊滅しているので安心だろう。


「悪いな。こちらも必死なんでな。なんとしてでもアルオス城は守らねばならん」


 アーマデラスが悪びれた。それもこれもアルオス城を守る為だ。アーマデラスの忠誠心はだれよりもあった。さすがはローゼリア女王陛下の近衛隊だ。隊長として尊厳があり過ぎる。


「分かっています。それじゃアーマデラス隊長……また今度です」


 ゼルクだけがアーマデラスに反応した。残りの仲間は移動を開始した。早くしないとゼルクはおいてけぼりを喰らう事になる。しかしゼルクは間に合うと思って実に落ち着いていた。


「ああ。また今度な。ゼルク。余り無茶はするなよ」


 アーマデラスとゼルクは元が付く仲なので凄く親しかった。ゼルクにとってアーマデラスは本当の母親と云っても差し支えなかった。だけど云うのが恥ずかしいので今も黙っていた。


「はい! アーマデラス隊長こそ気をつけて下さいね! それではいってきまーす!」


 ゼルクは軽く頷きながら返事をした。ゼルクはアーマデラスが心配だった。なぜならいつも先頭に立っているからだ。たとえ近衛隊だとしても危険は危険だ。ゼルクは守り抜きたい。



 ゼルク。ビビー。ヴィクロス。ヴィゼルは宿屋にきていた。全てはヴィゼルの用事をすませる為に。それにしてもヴィゼルは宿屋になんの用事があるのだろうか。それが分からない。


「それでは……これから私は宿主と会ってくる」


 実のところでヴィゼルは宿主に大きな借りがあった。それはお金だ。ヴィゼルは決して無一文ではなかったが換金しなければ使えないお金しか持っていなかった。昨晩はタダだった。


「おう。分かった。んじゃ俺達はのんびりと待っておこう」


 実のところで昨晩はヴィクロスもここの宿屋で寝泊りした。その時もタダだった。なんと云うか。ヴィクロスも無一文だった。世知辛いなとヴィゼルは痛感した。余りの事に笑った。


「ふはぁ~。外って暇だね。ゼルク」


 ビビーがもう既に神の篭手に戻ってしまいそうだった。余りの眠気にビビーは欠伸をした。相変わらず外は暇だった。ついついビビーはゼルクに甘えてしまう。まるで大きな子供だ。


「でも余り寝すぎもよくないよ。ビビー」


 ゼルクはビビーに対して正論を云った。そもそもビビーは妖精なので人間の理屈が通じるかが分からなかった。それでもゼルクは隔てる事はなかった。実にゼルクらしい回答だった。


「うーん。神の篭手の中って居心地がいいんだよね。これが」


 ビビーは神の篭手を気に入っていた。本当のところは今すぐにでも神の篭手の中に入りたかった。だけどゼルクと云うご主人様の命令に背く訳にはいかなかった。ビビーは我慢した。


「そんなに居心地がいいの? うーん。なんだか覗いてみたくなったよ」


 ゼルクが思わず本音を云った。そもそも神の篭手の中を見ても汗臭いしか起きない。にしてもふと思う時があった。ビビーって実体がないのかと。あったら一心同体にならない筈だ。


「きゃっ! ゼルクの変態!」


 ビビーが自分の体を隠すように両手で覆った。そしてこの有り様だった。ビビーはゼルクを変態呼ばわりした。でもいちようビビーは女の子だ。そう云った配慮がいる筈だ。変だが。


「え? ちょっとぉ! それは酷いよぉ! ビビー!」


 ゼルクは一瞬だけ困惑した。困惑が解けるとゼルクは反論し始めた。確かにゼルクの云うとおりで変態呼ばわりは酷かった。いくら遊び心があったとは云えビビーは酷い云い回しだ。


「はは。相変わらず仲がいいな。羨ましい限りだ」


 ヴィクロスがゼルクとビビーの仲は笑えるくらいだと判断した。ヴィクロスは笑い終わると云い始めた。このような事を云うヴィクロスだが余り羨ましいと思っていなさそうだった。


「うーん。仲がいいと云うか。なんと云うか」


 ゼルクがやんわりとビビーとの仲を説明しようとした。だけど説明は意味不明に終わった。それはもう曖昧になれる程に仲がいい証拠ではないのか。ゼルクとビビーは不思議がった。


「お? ヴィゼルが戻ってきたぜ。ゼルク」


 そうこうしている内にヴィゼルが戻ってきた。それをヴィクロスはゼルクやビビーに伝えた。さっきの会話を忘れるくらいに全員がヴィゼルを見た。これでヴィゼルの用事は終了だ。


「お帰り。早かったね。ヴィゼル」


 ゼルクが優しく問い掛けた。この時のゼルクは一時的に浮かれていた。まさに平和が一番と云える光景だ。ゼルクにとって仲間との時間は自分の心の傷を癒してくれる大事な一時だ。


「ああ。お陰様で用事はすんだ。それじゃあ城外に向かうか」


 ヴィゼルはどうしても用事を云う気にはなれないようだ。だからヴィゼルは軽く頷くと静かに答えた。どうあれこれでヴィゼルの用事はすんだ。後は城外にいって稽古をするだけだ。


「うん。そうだね」


 ゼルクが一回だけ軽く頷きながら云った。頷き終わると城外にいくことに納得した。ゼルクは心の中でどこに向かうのかを考えた。それくらいに城外は広かった。どこへ向かうのか。


「あー! 外かぁ! やるしかない!」


 ヴィクロスは同胞団の鍛練所での出来事を思い出した。だから城外にいく事に急に嫌気が差した。この時にゼルク達は宿屋から出ようと出入り口を見始めた。後は稽古をするのみだ。


「はは。ヴィクロス。自棄にならないで」


 ゼルクがヴィクロスの自暴自棄を見て云った。しかも子供かと思ってしまったかのような笑い方だ。それでもゼルクは心の底から自棄にならないでと思った。果たして思いは届くか。


「だってよー! ……うん? ヴィゼル? どうかしたのか」


 ヴィクロスが云い訳をしようとした。するとなにやらヴィゼルの様子が可笑しかった。ヴィゼルはまるで見つけてはいけない物を見つけてしまったかのような雰囲気だ。一体なにが。


「……うん? いや。なんもない」


 ヴィゼルは深すぎる沈黙から戻ってきた。そしてヴィゼルが云い終わろうとしたその時だ。親子と思われるエルフがヴィゼルを素通りした。なにやら辺りに不穏な空気が流れ始めた。


「は! その声は!」


 しかしその空気を晴らすように急に謎の声が聞こえた。どうやら親の方がヴィゼルの声を聞いてなにかを思ったようだ。まるで長年に渡って会えなかった我が子と対面したみたいだ。


「さっさといこう」


 ヴィゼルは親の方の言葉を聞かなかった事にした。ゼルク達は困惑しながらも急かされたので出る事にした。本当は話し合うべきなのではと心の中で思っても本能には勝てなかった。


「ちょっと待ってくれ! そこの方々!」


 すると親子がゼルク達の方に振り向いた。その後に親の方が切実そうに云った。なんだろう。本当に我が子にようやく巡り会ったかのような空気だ。一体なにがどうなっているのか。


「うん? なんだ? だれかが俺達を呼んでる?」


 ヴィクロスが呼び止められたと思い急に立ち止まった。すると次にゼルクが立ち止まった。ヴィゼルは仕方なしに止まったような感じだ。ちなみにヴィゼル以外は親子の方を向いた。


「なんだろう? 一体?」


 ゼルクが首を傾げながら云った。傾げ終わってから云い終わった。ゼルクもヴィクロスも謎めいていた。そもそも呼び止められる事なんてしていない筈だ。一体なんの用事だろうか。


「そこの仮面の方! もう一度だけ喋ってはくれないか!」


 親の方がさっきから云っていた。どうやら親子はヴィゼルに用事があるようだ。なぜだろう。凄く慣れ親しんだような感じで云ってくる。本当に一体何事だろう。一体どんな関係か。


「おい! ヴィゼルの事だろ? なんだか分からないけど呼んでるぜ」


 ヴィクロスが仮面と云えばヴィゼルしかいないと思い問い掛けた。しかしヴィゼルは一向に親子と対面しようとしなかった。まるで目を合わせたら全てがばれると思ったかのようだ。


「私は貴方達の事を知らない。きっと……勘違いだろう」


 ヴィゼルが親子と対面する事なく云い切った。さっきからヴィゼルの様子が可笑しかった。急に現れた親子に目線さえもやらないは今すぐに逃げたそうにしているはでまるで不審だ。


「……ううん! その声は間違いない! 私のお兄ちゃんよ!」


 今度は親ではなく娘の方が云い始めた。なんて事だろうか。ヴィゼルをお兄ちゃんと云った。この発言のせいで周りが一気に戸惑い始めた。中でも最初に戸惑ったのはヴィクロスだ。


「うへ!? お、お兄ちゃん!?」


 ヴィクロスが吹きながら云った。急な娘の発言に脳内が混乱した。もうなにがなんだかで分からなかった。もし本当に娘の云ったとおりならどうしてヴィゼルは煙たがるのだろうか。


「ヴィ、ヴィゼル!? どう云う事!?」


 ゼルクはヴィクロスと違って困惑だけだった。だからすぐにヴィゼルに訊いた。この時のゼルクは困惑が抜けずに云い終わっていた。まるで寝耳に水状態だった。まだ戸惑いがある。


「他は騙せても私の耳は騙せないよ! お兄ちゃん! お兄ちゃんなんでしょ!」


 娘の方がなにやら云い始めた。どうやら相当な自信があるようだ。ここまできて人違いだったら相当に迷惑だ。でも親子の様子を見れば本当の事を云っている気がする。本当なのか。


「……すまない。ちょっと用事が出来た。もう少しだけ付き合ってはくれないか。このとおりだ」


 ヴィゼルが沈黙を経てようやく親子と対面する気になった。だからヴィゼルはゼルク達を見ながら用事が出来たと云った。そして最後の言葉の時には頭を下げた。しかも真顔だった。


「別に俺は構わないが」


 ヴィクロスが混乱から抜け出した。だから割と冷静に云った。ヴィクロスは云い終わる直前にゼルクの方を見た。いちようゼルクの意見が聞きたかった。一体どんな意見を云うのか。


「あ! 俺も!」


 ゼルクが唐突に振られた事に驚きを得ながらも云った。ゼルクが云っていた時には早く云わないと思っていた。だから云った言葉が極端に短かった。それでもゼルクは空気を読んだ。


「有難う」


 ヴィゼルは感謝の意を含ませて云った。云い終わるとヴィゼルは親子の方に向いた。どうやら親子と対面して会話をするつもりだ。ヴィゼルは親子の元へと歩き始めた。緊張が走る。


「……ちょっと向こうで話がある。今は黙ってついてきてくれないか。その……父さん」


 ヴィゼルは沈黙の時に親子の目の前まできていた。普通の声量で会話が出来る距離までくると立ち止まり話し始めた。ちなみにヴィゼルを除いたゼルク達はその場から動かなかった。 


「分かった。黙ってついていこう」


 ヴィゼルは目の前にいる親を父親と認めた。だから目の前にいる親子はヴィゼルの父親とヴィゼルの妹だ。ヴィゼルはまさか親子揃って自分を追いかけてくるとは思いもしなかった。


「あ! 待って! 私もいく!」


 ヴィゼルの妹が宿屋の奥に向かう二人を見て云った。ヴィゼルの妹は慌てて追いかけた。追いつくと歩き始めた。どうやら本当に親子らしかった。それなら嘘を付く必要があるのか。


「なんなんだ? 一体……気味が悪いぜ」


 ヴィクロスがさっきのヴィゼルを見て不気味がった。なんだか。スッキリしなかった。むしろ逆にモヤモヤが溜まった。なぜなら親子に嘘を付くはゼルク達にも嘘を付いた事になる。


「そうだね。ヴィゼルって人……本当に信用してもいいのかな~」


 ビビーが頷かずにヴィクロスの意見に同調した。ビビーはヴィゼルとの信頼関係が薄れたと思った。その上でビビーはヴィゼルの事を警戒した。もし敵ならばその時は倒すしかない。


「大丈夫。俺は信用しているよ。ヴィゼルは悪い人じゃないって」


 ゼルクが周りに流される事なく云い切った。ゼルクには人を見る目があるのだろうか。それは未来しか分からなかった。果たして本当にヴィゼルは仲間として受け入れるべきなのか。


「そうだといいがな。まぁ親と子なんであんなもんだろう。きっと」


 ヴィクロスはヴィクロスなりの考えで親と子はあんなもんだろうと云い張った。でも本当はヴィクロスには親と子なんて分からなかった。なぜならヴィクロスは孤児だったのだから。


「俺は信じてるよ。ヴィゼル。だって大切な仲間だから」


 ゼルクはそれでもヴィゼルを信じた。ゼルクはヴィゼルと戦って分かった。もし本当にヴィゼルが敵ならばどうしてあの時に殺さなかったのか。どうあれゼルクはヴィゼルを信じた。

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