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第二十話:スパイの真の目的

 ヴィクロス。ゼルク。ヴィゼルはとある場所にやってきていた。ゼルクは何事かと思い付いてきていた。するとそこは見覚えのある場所だった。ゼルクはすぐに思い返す事になった。


「こ、ここは!?」


 ゼルクは驚いた。なぜなら着いた場所が参謀本部所だった。もしスパイがここにいるのなら一体なにを考えているのだろうか。ここにいると云えばローゼリア女王陛下達だ。無事か。


「そうだ。ここは参謀本部所だ」


 ヴィクロスは頷く事なく云った。もしヴィクロスの思惑どおりならばスパイはここでなにをしようとしているのだろうか。だけどどうやらヴィクロスは見当が付いているようだった。


「どうしてここに?」


 ゼルクがヴィクロスに訊いてみた。しかしゼルクはなにやら胸騒ぎが起きている事に気付いた。こんなにも嫌な予感がした事はなかった。ゼルクはヴィクロスの意見を早急に求めた。


「あいつの目的はローゼリア女王陛下だ」


 ヴィクロスが真顔で云う。その顔付きはだれかを睨んでいるようだ。こんなにも真剣な顔付きのヴィクロスを見るのはゼルクは初めてかも知れなかった。それくらいに強張っていた。


「え!?」


 ゼルクはスパイの目的がローゼリア女王陛下だと聴いて胸がドキッとした。だから驚きが篭ったような声だった。ヴィクロスの云っている事が本当ならば中は今危険な状態なのでは。


「な、なにをするかぁ! 貴様は!?」


 と急に中からジェネガルの怒号が聞こえてきた。どうやらこの感じからして中は緊迫状態のようだ。一体ジェネガルはなにに対して怒ったのだろうか。何事もなければいいが無事か。


「おっと! こうしてはいられない! さぁ! 早く入るぞ!」


 ヴィクロスが中から聞こえる声に逸早く反応して中に入る事を提案してきた。この時のヴィクロスはゼルクの返事を聞く前に入り込もうとしていた。果たして中は無事なのだろうか。


「う、うん」


 ゼルクが今にも入りそうなヴィクロスの背中を見ながら云っていた。するとヴィクロスは参謀本部所に入っていった。ゼルク達も慌てて入った。ローゼリア女王陛下が無事かどうか。


「あ……ヴィクロス。それにゼルク。た、助けて」


 ローゼリア女王陛下は大机の向こうだ。しかもよくよく見るとローゼリア女王陛下は謎の人物に羽交い絞めにされていた。ローゼリア女王陛下の首元にナイフが突き立てられていた。


「動くな! 動くとこいつの命はないと思え!」


 謎の人物が威嚇した。謎の人物はそう云うとジェネガルから離れ始めた。そして一定の距離を離れると止まった。それにしてもゼルクは謎の人物の声に心当たりがあった。時が遡る。


「く! やめるんだ! ミーア!」


 ヴィクロスはゼルクが思い出すよりも先に云った。確かにヴィクロスは謎の人物の事をミーアと云った。ミーアと云えばアーマデラスの同胞団の一員ではないか。なにがあったのか。


「そうだ! ミーアだ!」


 ゼルクがヴィクロスの発言のお陰で思い出していた。薄らとミーアと会話した時の事が思い出される。それにしてもミーアの目的はなんだろうか。本当にローゼリア女王陛下なのか。


「うるさい! そこを退け!」


 アルオス城のスパイはミーアだった。ゼルクからしても確信が持てた。しかし不可解な事だらけだ。どうしてミーアはスパイなんて仕出かしたのか。それを早急に問い詰めたかった。


「退かない!」


 ヴィクロスが頑なに云った。でもそれではミーアがなにを仕出かすかが分からない。もしローゼリア女王陛下になにかがあったらだれが責任を取るのか。切迫した状況になってきた。


「ならば! こいつを殺す!」


 ミーアがローゼリア女王陛下をこいつ呼ばわりした。どうやらミーアは全くを持ってローゼリア女王陛下を尊敬していないようだ。だとしたらまずい。このまま放置だとやりそうだ。


「ひ!?」


 ローゼリア女王陛下の首筋にナイフが突き立てられた。でもどうしてか。実行に移そうとはしなかった。どうやらミーアの心にはやりのこした事があるようだ。そのせいで血迷った。


「やめるんだ! ミーア! 革命なんてふざけている!」


 ヴィクロスがミーアの説得に出た。ヴィクロスの口から革命が出た。一体どう云う事だろうか。なにやら嫌な予感がしてきた。いや。ただでさえ不穏なのに他になにが起きるのやら。


「うるさい! あんたらになにが分かる? 私はなんとしてでも革命を起こすんだ! 亡くなった兄さんの為にも!」


 ミーアにはたった一人の実の兄がいた。ミーアのお兄さんはミーア同様にアーマデラスの同胞団に身をおいていた。しかしとある作戦の最中に僅か十八才でこの世を去ってしまった。


「あいつはそんな事を望んでいない! それにあいつは……忠誠を誓って死んでいったんだ!」


 ヴィクロスとミーアのお兄さんは仲良しだった。だからミーアの事もよく知っていた。二人ともアーマデラスに忠誠を誓っていると思い込んでいた。しかしミーアに見限っては違う。


「うるさい! この裏切り者! そもそも可笑しいんだ! いつまで経っても奴隷のように命を張り出される事が!」


 ミーアはヴィクロスに八つ当たりをした。どうやらミーアはアーマデラスの同胞団に異議を唱えたいようだ。確かにミーアの云うとおりだ。実質同胞団は人権を奴隷のように扱った。


「ミーア! 人はな! ちょっとずつ変わっていけるんだ! なぜそれが分からない!?」


 それでもヴィクロスは諦めずに説得を続けた。あのお優しいアーマデラス様の事だ。これでおしまいになんてしないだろう。別に根拠はないがヴィクロスは人の可能性を信じていた。


「はは。ヴィクロス。あんたも毒されてるんだよ。ちっぽけな勢力じゃあ消されるのが当たり前なんだよ。あんたこそ分かりな」


 一方のミーアは兄が亡くなった事でどうかしてしまったようだ。今のミーアを止められるのは本当に心の底から即日の元に動いてくれる人だろう。だけどいつまで待っても現れない。


「く……」


 ヴィクロスは言葉を失った。事実上ヴィクロスはミーアに正論で負けた事になる。確かにミーアの云うとおりだ。小さな勢力は消されてしまう。しかも恫喝に弱い。ない事にされる。


「革命を受け入れればいいのですね? ミーア」


 ローゼリア女王陛下は人を諭すような口調で云った。それはまるでアロマの力で人を引き寄せるような感じだ。どうやらローゼリア女王陛下には人を諭す力があるようだ。心地よい。


「うるさい! 今更な改革をしたって兄さんは戻ってこない! だってそうだろう? 死者は生き返らないんだからさ!」


 だけど今のミーアにはローゼリア女王陛下の言葉を信用していなかった。だから壁を張りどこまでも通せんぼをするつもりだった。まさにそこは一方通行。聴いて貰うには時がいる。


「確かにお前の云うとおりだ。でもな。ここでお前がそんな事をしたらあいつの尊厳がなくなるんだぞ。それでいいのか」


 ヴィクロスが今度は負けまいと云い始めた。いや。どちらかと云えば気合いを入れ直したが近い。果たしてヴィクロスはミーアを今度こそ論破出来るのだろうか。届け。この思いよ。


「元々奴隷に尊厳なんてないさ。あるのは心の奥にしまいこまされた憎しみと革命心だけさ。あんたこそ分かりな。人間の愚かさを」


 とここでミーアの反論が始まった。ミーアは奴隷に尊厳はないと考えていた。その代わりにあるのが心の奥底にしまいこまされた憎しみと革命心だけだと云い張る。逆に論破された。


「く……」


 ヴィクロスは一度ならまだしも二度もミーアに負けた。このままでは埒が明かないだろう。しかもヴィクロスは策が尽きたから黙り込んだ。このままでは本当に救い出す事が無理だ。


「確かに人間は愚かしい生き物です。自らの命を保険の為にと云い張り見向きもしない人もいるでしょう」


 とここでローゼリア女王陛下の口が開いた。どうやらローゼリア女王陛下にも理解が出来るところがあったようだ。確かにローゼリア女王陛下の云うとおりだ。自分第一主義が多い。


「そうだよ。あいつらは他の勢力から狙われたくない余りに私達を見殺しにしてきた。だから私は見限って一人で革命を起こそうとした。ローゼリア。あんたには失望させられたよ」


 ミーアはローゼリア女王陛下の言葉に納得しつつも今の保守派に失望していた。あいつらはなによりも自分が可愛いのだ。つまり武力に屈するところが保守派らしくて嫌いになった。


「私は……ミーア。貴方が革命を起こす為に大帝国軍の力が必要なように私にも貴女のような力が必要なのです。どうか。ご慈悲を」


 ローゼリア女王陛下は冷静を装いミーアの説得に取り掛かった。不思議とローゼリア女王陛下には人を諭す力があった。だけどそんな力もミーアに届くかどうかは分からないでいた。


「ふん! まだ分かっていないよ。ローゼリア。まずはあんたが慈悲深ければこんな事にはならなかったんだ。そうだ。私の兄さんだって本当はもっと報われたかった筈さ。たとえ忠誠を誓っても死んだらそこでおしまいなんだから」


 ミーアは理不尽差をローゼリア女王陛下は理解していないと思った。だからローゼリア女王陛下の言葉からは綺麗事しか感じ取れなかった。まるで我慢をして忠誠を誓ったみたいだ。


「ミーア。私は知っていますよ。終戦になればアーマデラスが改革に乗り出すと」


 それでもローゼリア女王陛下の説得は続いた。きっとローゼリア女王陛下にもプライドがあるのだろう。女王として信頼されるには城下町の住民の力がいる。ミーアに試されている。


「ふん! その手には乗らないよ! あんたらはそう云って反対派の勢力を野放しにするんだから! 私達がいつも欲しがっているのは時間稼ぎじゃなくて即日による救いの手よ」


 ミーアは頑なに断った。なぜなら反対派を野放しにするから一向に案件が通らない。しかも反対派が恫喝をすれば鬼に金棒だった。こんな理不尽な事が許されるなんて許せなかった。


「ミーア。確かに反対派には過激派がたまにいます。しかし貴女がしている事も反対派と一緒になってしまうのではないでしょうか。今なら間に合います。その手を下げて下さい」


 ローゼリア女王陛下は負けじと云った。このアルオス城にはローゼリア女王陛下の云ってのとおりで反対派の中には過激派がいる。だけど今のミーアはまさに過激派と同じに見えた。


「……それを望んでの革命だよ。私は兄さんの分まで生きるんだ。そして変わりゆくこの国を見届けるのさ。力なき者に栄光を。力ある者に死を」


 どうやらミーアは云われるまでもなく過激派になってでも革命を起こす気のようだった。とここでミーアは云い終わる前にナイフを掲げた。そして云い終わるとナイフを振り翳した。


「やめろぉお!」


 ヴィクロスは一瞬で緊迫した。ヴィクロスはこんな結末を望んではいなかった。だからこそに大声で云った。この時のヴィクロスは本能のままだった。このままでは女王は殺される。


「な、なんだ!? 二人の動きが止まった!? は!? ま、まさか!」


 ゼルクがローゼリア女王陛下とミーアに注目していると不思議な事に二人とも固まった。するとふとこの光景をどこかで見た事があった。ゼルクは振り返る事なくある事に気付いた。


「そのまさかだ。私の最上級魔法で束縛した。しかし効果が拡散してしまった。悪いがローゼリア女王陛下も止まってしまった」


 ヴィゼルがゼルクの出す答えに対して先走って云い始めた。そもそもローゼリア女王陛下とミーアが固まったのはヴィゼルの束縛魔法のせいだ。ヴィゼルは機転を利かせて発動した。


「それで十分だ。おい。ゼルク。二人を救い出すぞ」


 ヴィクロスが真顔で云った。その時のヴィクロスは云い終わる前にローゼリア女王陛下とミーアのところに向かった。実にゆっくりではあるが着実に近付いていた。早く助けないと。


「はい!」


 ゼルクが威勢よく返事をした。そしてヴィクロスの後を付いていった。確かヴィゼルの束縛魔法はかなり強力だ。だからヴィゼルの魔法が解けるのは高位の魔法師だけだ。助かった。


「どれ。俺も手伝おう。しかし女王暗殺未遂とはな」


 ジェネガルがヴィクロスが横切った時に云い始めた。確かにジェネガルの云うとおりでこんな少女がたった一人で女王暗殺未遂をやるとは思わなかった。なんとも恨みとは怖い物だ。


「……こいつの刑は俺が甘んじる事なく受けます。だから今回の件は許してやって下さい」


 ヴィクロスが真顔で云った。その言葉の節々に悲痛が混じっていた。ヴィクロスは本当にミーアの罪を全て受けるつもりだった。未遂なので死刑は免れても牢屋に行くかも知れない。


「ふむ。その心意気。見事なり」


 ジェネガルがヴィクロスを賞賛した。ただしジェネガルの本音はヴィクロスを心配していた。罪を受け入れると云う事はしばらくの間は牢屋に入れられるかも知れない。きびしいが。


「ヴィクロス。ごめん。俺がもっと早くに気付いていれば」


 ゼルクはあの時に感じた違和感を見抜けなった事を後悔した。何度も云うが今回は未遂なので死刑はない。しかし折角の仲間が牢屋行きになるのは耐え難かった。空しさが溢れ出る。


「それはお互い様だ。まさかな。ミーアの笑顔の裏にこんなにも憎しみがあったとはな。てっきり理解していると思っていたが……この有り様だ」


 ヴィクロスは実に割り切っていた。ミーアは実の妹のように面倒を見てきた。兄が責任を取るのは当たり前だろう。そう。ヴィクロスは思い込んでいた。ヴィクロスの量刑はいかに。


「憎しみはだれにも消せやしない。ましてや実の兄が死んだのだろう? なにが正しいかなんて分からなくもなるさ」


 ジェネガルだからこそに云えたのだと思う。未遂について同情をしている訳ではない。でもそれでもミーアとは分かり合えるような気がした。お互いの境地を理解し合えば気も楽だ。


「ああ。俺はミーアにとって本当の兄になれなかった。どんなに頑張っても過去の温もりからは逃れられないのかもな」


 ヴィクロスが走馬灯のようにミーアとミーアの兄との記憶を思い流した。あの時は同胞団も知らずに何気ない事で笑い合えた。ヴィクロスは知らない間に涙を流した。珍しく泣いた。


「ヴィクロス。俺も……俺も罪を被るよ」


 ゼルクの決意は相当な物だった。ゼルクは少しでもヴィクロスの罪を軽くする為にそっちの道を選んだ。たとえ無理難題と云われようともゼルクとヴィクロスの友情は消え去らない。


「ならば私も被ろう。業によって人は変わっていけるのだから」


 ヴィゼルがゼルクに賛同した。ヴィゼルとは出会ったばかりだが周りの意思が心を染めていった。だからヴィゼルは業によって人は変わると云った。難しいがきっとそうなのだろう。


「ほぉおう。ヴィクロス。お前はいい仲間を持ったな。ならこの俺も罪を被ろうではないか」


 ジェネガルが羨ましそうな声で云っていた。ジェネガルとヴィクロスはゼルクの奇跡を信じ合った者同士だ。ジェネガルは本来アルオス城の騎士とは戦いたくなかった。それなのに。


「お前達。……へへ。有難う。俺は……一人じゃないんだな」


 ヴィクロスは最初の沈黙を抜けた時に涙を拭いた。そして頼もしい仲間を見た。ヴィクロスは自分自身が一人ではないと云う事を実感した。仲間がいるから助け合える。そうだった。


「そうだよ。ヴィクロス。ミーアもね」


 ゼルクはヴィクロスに対して微笑んだ。やがて微笑み終わるとゼルクはミーアの方を見ながら云った。凄く和やかな空気になった。そんな空気をゼルクは大事にしようと思い込んだ。


「そうか。仲間ってほんっとうに最高だな。俺は忘れていたんだな。これが家族の温もりか」


 ヴィクロスはまた泣きそうだった。だけどなんとか堪えた。これ以上に泣いたら申し訳ないと思った。ヴィクロスはすっかり忘れていた家族の温もりを感じた。ああ。一人ではない。


「そうだよ。俺達はもう家族も同然だ。だからヴィクロス……ミーアを助けてあげて」


 ゼルクは深く頷きながら云った。ヴィクロスとは最早家族も同然だった。だからこそにゼルクは同じ家族であるミーアを助けたいと思った。ミーアもきっと分かる筈と思いを乗せた。


「ああ。分かった。んじゃ俺はミーアのナイフを外す。だからお前達は二人を引き離してくれ」


 ヴィクロスは浅く頷きながら云った。そしてゼルクの言葉を理解した。だからヴィクロスはミーアの持っているナイフを外すと云った。そのあとは身動きが取れない二人を引き離す。


「分かったよ。ヴィクロス」


 ゼルクが優しく云った。本当にゼルクの気持ちや配慮は優しかった。それにゼルクも嬉しかった。こんなにも分かり合える仲間がいる事にゼルクは心の底から感謝した。家族だった。


「任せろ。私も手伝おう」


 ヴィゼルも手伝うようだ。そもそもヴィゼルの魔法がなければ今頃は一大事になっていた。本当にいい人なのかも知れない。ヴィゼルは仮面を被っているので表情が分かり辛かった。


「当然だがな。この俺も手伝うぞ」


 ジェネガルはここまでお節介を焼きたくなるなんて滅多になかった。それなのに今のジェネガルはまるで聖母のように尽してくれる。本当に仲間と云うのはどんな時でも乗り越える。


「……よし。ナイフは取った。後は……頼む」


 ヴィクロスはそんな安心出来る三人を見届けながら沈黙の時にミーアのナイフを外した。ミーアは束縛魔法で全身が硬直しているのでナイフを外すが精一杯だった。とにかく外した。


「……ヴィクロス。引き離したよ」


 ゼルク。ヴィゼル。ジェネガルは協力し合いなんとか引き離しに成功した。ゼルクが完了した事を伝えた。これでヴィゼルの束縛魔法が解除されても大丈夫だった。ミーアは無力だ。


「お前達。……有難うな。んじゃもういいだろう。魔法を解いてくれ」


 だからヴィクロスは三人に感謝しながら云った。そして遂にヴィゼルの束縛魔法が必要ない時がきた。だからヴィクロスはヴィゼルに魔法を解いてくれと云った。あとは解くだけだ。


「分かった。解いて」


 ヴィゼルが解いてやろうと云い掛けたその時だった。どこからか鐘の音がした。この鐘の音は襲撃が遭った時に鳴らす音だ。つまり城下町の外に敵がいると云う事だ。だれだろうか。


「た、大変だ! 敵が! 敵が襲撃してきたぞ! う!?」


 その証拠に兵士が慌てた様子で参謀本部所に入ってきた。そして敵が襲撃してきた事を伝え終わったその時だった。兵士の後ろに謎の黒装束の人間が立ち兵士の後頭部を叩いたのだ。


「……え!? なにこれ!?」


 それだけに留まらず謎の黒装束はなんとミーアに掛かった魔法を解いた。その瞬間にミーアは動いた。だけどそこにはとっくの昔にいなくなっていた。だからミーアは密かに驚いた。


「ミーア。予定どおりに動け」


 謎の黒装束は顔まで隠していた。だからだれなのかが分からない。でもそれでも謎の黒装束はミーアの事を知っているようだ。と云う事は謎の黒装束は大帝国軍の連中に間違いない。


「え? ……あ! 分かった!」


 ミーアは最初だけ戸惑った。しかし謎の黒装束に見覚えがあった。だからミーアは予定どおりに大帝国軍が迎えにきたと思った。ミーアは突然の事に周りを忘れた。気にせずにいた。


「さぁ。行くぞ。ミーア。魔王様が待っている」


 やはり謎の黒装束の話を最後まで聴くと大帝国軍のような気がしてきた。なぜなら魔王は一人しかいない。大帝国軍の魔王と云えばただ一人ディオスしかいない。大帝国軍の王様だ。


「う、うん!」


 ミーアはそう云い終わると急に走り始めた。まるで周りが見えていないようだった。このままではミーアが裏切りをしてしまう。なんとしてでも止めなければならない。大至急にも。


「待て! ミーア! くぅ!? ……いない!? く! なんとしてでもミーアを捕まえるんだ!」


 ヴィクロスがミーアは止める為に声を投げ掛けるが無意味だった。しかも謎の黒装束は閃光玉を地面に投げ付けた。そのせいでヴィクロスはミーアを視界に入れるのが困難になった。


「分かった。追いかけよう」


 ゼルク達が気付いた時には謎の黒装束もいなくなっていた。しかしまだ遠くには行っていない筈だ。だからゼルクはヴィクロスに云われたとおりにミーアを追いかけるつもりだった。


「ああ。頼む」


 ヴィクロスが切実そうに云ってきた。それもそうだ。あともう少しと云うところでミーアを奪われたのだから。それにしても城外基地がまた襲撃されるとはだれが思ったのだろうか。


「私はここに残ろう。ローゼリア女王陛下をこのままにはしておけないからな」


 ヴィゼルがそう云った。確かにローゼリア女王陛下にはまだ束縛魔法が掛かっていた。だから束縛魔法を解くにはヴィゼルが必要だった。仕方がないのでヴィゼルを置いていく事に。


「ヴィゼル! ローゼリア女王陛下の事は頼んだ!」


 ゼルクはヴィゼルをそれなりに信用していた。だからゼルクはローゼリア女王陛下をヴィゼルに任した。今のヴィゼルならば少なからず信用出来る筈だ。本当はゼルクもいたかった。


「ああ。任せろ」


 ヴィゼルは男らしい発音で云った。今のヴィゼルはローゼリア女王陛下を襲う気にはならなかった。なぜならヴィゼル自身は人間の持つ可能性に掛けている。まだ見限りはつけない。


「んじゃ行こう!」


 ゼルクが云い終わると外に出始めた。ヴィクロス、ジェネガルもミーアを追う為に外に出た。すると三人の前に黒装束の軍団が現れた。どうやらミーアのところへ行かせないらしい。


「ヴィクロス! ここは俺達に任せてミーアを追うんだ! 今なら追いつける筈!」


 ゼルクが腹から声を出した。ゼルクはなんとしてでもヴィクロスをミーアの元に送り届けたかった。ちなみにビビーは神の篭手の中で休んでいた。果たして黒装束の実力は強いのか。


「悪い!」


 ヴィクロスはそう云うと三人の黒装束を無視してミーアを追いかけた。するとヴィクロスに一番近い黒装束がヴィクロスを止めようとした。だからゼルクは魔力剣を出現させ投げた。


「ひぃ!?」


 危うくゼルクの魔力剣が黒装束に刺さりそうになった。その時に黒装束の一人が声をあげた。躊躇なく投げてきたので驚いたのだろう。どうやらここにいる黒装束は弱いらしかった。


 なぜなら強い敵ならばすぐさまに避けるなりの反応をする筈だ。しかも強いのならばゼルクの魔力剣を掴める筈だ。それなのにここにいる黒装束はそれが出来ていない。雑魚だろう。


 とは云え剣術の方は出来るのかも知れない。だから油断が出来なかった。ゼルクはすぐさまに魔力剣を消して手元に呼び戻した。ゼルクは宙に浮く魔力剣の柄を握り締め振り払った。


「ここは俺達が相手だ!」


 ゼルクがそう云い終わるとすぐさまに一番近い黒装束へと走り始めた。一方のジェネガルももう一人の黒装束へと走った。残った黒装束は諦めずにヴィクロスを追おうとした。だが。


「ば、馬鹿な!? か、体が……動かない!?」


 ヴィクロスを追おうとした黒装束が嘘のように動かなくなった。ふと気付くとヴィゼルがそこにいた。どうやらヴィゼルは黒装束に束縛魔法を掛けたようだ。これは呆気なく終わる。


「逃がさない。覚えておけ。私の仲間に手を出すとどうなるのかを」


 ヴィゼルはそう云い終わるとすぐさまに走り出した。狙うはもちろんヴィクロスを追おうとした黒装束の命だった。ヴィゼルの魔法が解けなければ呆気らかんに黒装束が死ぬだろう。


「体が……動かない。駄目だ。……く、くるな! ひぃ! こ、この悪魔め! ひぃいいい!」


 黒装束は束縛魔法で身動きが取れない。このままではヴィゼルに殺される。そう。思った瞬間に急に四人目の黒装束が宙を飛びながら現れてクナイを投げてきた。その後に着地した。


 クナイはヴィゼル目掛けて飛んでくる。ヴィゼルは飛んでくるクナイを魔法剣で弾いた。とその瞬間だ。無事に着地した四人目の黒装束はなんと束縛魔法を解いた。中々出来る敵だ。


「うお!? あ、有難う御座います! ギルティア隊長!」


 束縛魔法が効いていた黒装束が云った。すると四人目の黒装束は殿隊の隊長だった。名はギルティア。ヴィゼルはこの男を手強いと感じた。なぜなら隙がない程に動きが的確だった。


「礼ならば後でよい。とにかく今は勤めを果たせ」


 ギルティアがヴィゼルと対立しながら云った。どうやらギルティアもヴィゼルを警戒する程に猛者だと思ったようだ。二人とも中々足を前に出さない。だが睨み合いが途中で切れた。


 先に動いたのはヴィゼルだった。なぜなら束縛魔法を解除された黒装束が懲りずにヴィクロスを追おうとした。ヴィゼルはすぐさまに追おうとする黒装束に束縛魔法を掛けた。瞬間。


 ギルティアがヴィゼル目掛けて走り始めた。ヴィゼルは束縛魔法を掛け終わると即座にギルティアへと向いた。するとヴィゼル目掛けてギルティアは走りながらクナイを投げてきた。


 飛んでくるクナイをヴィゼルは魔法剣で弾いた。と次の瞬間にギルティアが長剣を鞘から抜くと一気に間合いを詰めてきた。しかもギルティアは素早く振り翳した。剣と剣の交差だ。


「……ほう。互角とはな。貴様は魔法剣使いか。面白い」


 ギルティアが互角の割には余裕そうに云った。それにしてもなぜだ。どうして魔法剣使いのヴィゼルと互角に戦えているのか。一体どんな事をすれば互角に戦えるのだろうか。謎だ。


「貴様こそ紋様を刻んでいるな? 私には分かる」


 ヴィゼルの云った紋様を刻むとは魔力付与師に紋様を皮膚に刻ませる事で直で身体能力強化を図る事だ。これにより魔法剣がなくても常に効果を持続出来る。まさしく究極の肉体だ。


 ヴィゼルもギルティアもたった一回の鍔迫り合いで悟った。この相手は一筋縄ではいかないって事を。ヴィゼルは遂に出遭ってしまった。最大の好敵手に。果たして勝てるだろうか。


 とここで急にどこからか洞笛が鳴った。その後にこれまた急に黒装束達が慌しくなった。どうやらこの音は撤退の合図らしかった。もう十分に殿を果たしたの合図だった。用はない。


「最後に訊こう。貴様の名は?」


 ギルティアは頬がほんのちょっと緩んだくらいの笑みを浮かべながら訊いていた。ギルティアにとっても好敵手が現れた事に興味深々だった。一体この二人はどこまで強くなるのか。


「私の名はヴィゼル。流浪の剣士だ」


 ヴィゼルは割と無表情で云っていた。それもそうだ。こんな間隔で好敵手が現れてもいい事はなかった。なぜならヴィゼルはもう十分に強かった。別に自惚れている訳ではなかった。


「ほう。そうか。ならばヴィゼルよ。また会える事を祈っているぞ。では」


 ギルティアは神妙そうな表情で納得していた。不思議とどこかで聴いた事があるような気がした。ヴィゼル。流浪の剣士。駄目だ。思い返せない。だからギルティアは諦めて撤退だ。


「なに!?」


 ヴィゼルは油断していた。するとギルティアの弾き返しを喰らった。そのせいでヴィゼルは後ろに体勢を大きく崩した。その瞬間にギルティアは仲間の束縛を解いた。早業を披露だ。


「これにてさらば」


 ギルティアはそう云いながら敵に見せないように閃光玉を取り出した。そしてそのまま地面に投げると思いきや投げなかった。まずは部下の隊列が整うまで待った。それから投げる。


「さらばだ」


 とここで黒装束らがギルティアと同じ動きをして隊列を整えた。そして敵に見せないように全員が閃光玉を取り出した。黒装束らは云い終わると一斉に閃光玉を地面目掛けて投げた。


「う!?」


 地面に当たると閃光玉は一斉に爆発し眩い光を放った。思わずゼルク達は両瞼を閉じたりした。ゼルク達は余りの眩しさに頭がクラクラした。しばらく放心状態だったが持ち直した。


 周りの景色が見えてくるとさっきの黒装束らがいない事に気付いた。どうやら今まで敵対していた黒装束らは撤退を完了させた。しかしヴィゼル達からしたら逃げられた感覚が強い。


「……逃がしたか。しかしこちらも時間を稼げた筈だ。あとは……ヴィクロスを祈るだけだ」


 ヴィゼルが二番目の沈黙がなくなると同時に空を見上げた。空は生憎の曇りだった。ヴィゼルは何事もなければいいがと思っていた。なんせ敵はあの大帝国軍だからだ。戻ってこい。


「もし帰ってこない場合は捜索隊を出しましょう。それしか出来なくて申し訳ないですが」


 ローゼリア女王陛下が参謀本部所から出てきた。そしてヴィクロスが帰ってこなければ捜索隊を出すと云った。果たしてヴィクロスは無事にミーアを連れて帰ってこれるのだろうか。


「ローゼリア女王陛下! そんな事はありません! それだけで十分です!」


 ゼルクがいきなり現れたローゼリア女王陛下に対して慌てふためいていた。なぜならゼルクは今までヴィクロスの事を考えていた。そこに急にローゼリア女王陛下が現れて混乱した。


「いいえ。私の目指す理想はこんな物ではありません。私は……私は……なにも出来ない自分が憎い。こんなにも支えられているのに……私は本当に駄目な君主ですね。ゼルク」


 ローゼリア女王陛下が今の気持ちを云い捨てた。今のローゼリア女王陛下はミーアに云われたとおりだと思っていた。だからついつい弱音が零れた。こんな女王陛下は初めてだった。


「いや! 違う! そんな事ない! 貴女がいてこそのアルオス城だ!」


 ゼルクは懸命にローゼリア女王陛下をフォローした。ゼルクの忠誠は本物だ。これからもずっとローゼリア女王陛下を支えていくつもりだった。なのにローゼリア女王陛下は冷たい。


「いいえ。ゼルク。私は思うのです。この戦いが終わったら王位継承権を行おうと」


 ローゼリアはきっぱりと首を左右に振った。そして振り終わるとゼルクと呼び自分自身の気持ちを伝えた。ローゼリア女王陛下の云った王位継承権が実行に移されれば別の人になる。


「そ、そんな!」


 ゼルクは別の人になるが耐えられなかった。それにしてもゼルクはローゼリア女王陛下がそんなことを云うなんて信じられなかった。自分自身の耳を疑いたくなった。これは本当か。


「ローゼリア女王陛下。それは本当ですか」


 ジェネガルが本当かどうかを残酷にも訊いた。もしも本当ならばゼルクは覚悟をしなければいけない。しかしローゼリア女王陛下は嘘を云うような人ではない。ゼルクは知っていた。


「はい。ジェネガル大将軍」


 ローゼリア女王陛下がしっかりとくっきりと答えた。その時に深く頷いて見せた。どうやらローゼリア女王陛下は本気のようだ。頑なに誓ったローゼリア女王陛下は毅然としていた。


「ふん。血迷ったか。今のアルオス城には貴女が必要だ。私は思う。人間には一人では決められない程の結束力があると」


 ヴィゼルもゼルク同様に反対だ。ヴィゼルとローゼリア女王陛下は初対面から知り合いになったばかりなのに今の君主を推した。そもそもヴィゼルには人を見る眼があった。先見だ。


「ヴィゼル様。これは私が独断で決めた事です。出来ればそっとしておいて下さい」


 ローゼリア女王陛下はヴィゼルの反対を押し切った。どうやらローゼリア女王陛下は本気のようだ。ローゼリア女王陛下の眼差しは鋭く真っ直ぐだ。これでは説得しても効果がない。


「駄目だ! 駄目だ! そんな事! もし仮に継承権を譲ってもうまくいく訳がない!」


 ゼルクが怒鳴るようにして云った。途中からは仮にローゼリア女王陛下の考えを受け入れてもゼルクは成功するとは思わなかった。むしろ政権は荒れ紛争地域が増えると思い始めた。


「ゼルク。なぜ決め付けるのですか。私では理想には近付けれない。痛感させられました」


 ローゼリア女王陛下はゼルクの考えを振り払うように考えていた。一体なにを考えていたのか。それはこの国の民を信じているからだ。それにローゼリア女王陛下の未来は悲観的だ。


「……もし貴女が君主をやめると云うのなら……俺は騎士をやめます」


 ゼルクはローゼリア女王陛下に対して騎士をやめる発言をした。その決意は確かな物だった。ゼルクがこう云うと中々素直にならなかった。こうなったらゼルクも強情になるだけだ。


「ゼルク。それは許しません。貴方には守ると約束した人がいるのではありませんか」


 ローゼリア女王陛下はゼルクに説教的な事を云った。確かにゼルクにはメリルと云う少女との約束があった。それは騎士としてメリルを守り抜くと云う心からの誓いだった。真実だ。


「く……メリルちゃん」


 ゼルクは下を向きながら悔しそうに云っていた。これは真実なのでゼルクはどうしようもなかった。ここで嘘を付くのは最低だった。だからと云ってゼルクは諦めた訳ではなかった。


「ローゼリア女王陛下。云っておくが俺も反対だ」


 ジェネガルもゼルク達と同意見だった。ジェネガルすらも反対なのだからローゼリア女王陛下はさすがに心が揺さ振れるだろう。果たしてジェネガルの考えとは一体どんな事だろう。


「どうしてですか」


 ローゼリア女王陛下はなんとジェネガルの反対に心が揺さ振られなかった。どうやらこれは本当に心の底から決め付けていた事らしい。ローゼリア女王陛下の発言は本気中の本気だ。


「どうしてって君主にとって一番に必要なのは才能じゃない。いかに人々から慕われるかだ」


 ジェネガルはローゼリア女王陛下に訊かれた。だからジェネガルは答え始めた。これはあくまでもジェネガルの考えであって全てが正しい訳ではない。ただし一理あるかも知れない。


「私も最初はそう思っていました。だけど私は自信がないのです。お父様のような才覚がある訳でもない。それならば今一度平等の元でやってもいいのではありませんか」


 ローゼリア女王陛下はジェネガルと最初だけ同意見だった。しかしローゼリア女王陛下には君主としての才能がなかった。今は亡きお父様と比べたら本当に薄汚く見える事もあった。


「僭越ながら……私が思うに……汚権まみれになりアルオス場内が混乱すると思う。ここは……ジェネガル殿が云ったとおりに人々から慕われる貴女の方がよいと思う」


 ヴィゼルが割り込んだ。するとヴィゼルは本当に僭越していた。そもそもヴィゼルはアルオス城の事をそんなに知らなかった。だが旅をするにつれて王国の真実に気付き始めていた。


「いいえ。私は人々から慕われていません。むしろこのような戦争に巻き込んだ事への責任を取らねばなりません」


 ローゼリア女王陛下はヴィゼルの選別眼をも否定した。ローゼリア女王陛下の発言からは罪悪感しか感じ取れなかった。なんとしてでも罪滅ぼしをしなければとの想いが募っていた。


「それが! それがけじめと云うのですか! ローゼリア女王陛下!」


 ゼルクが怒り気味に云っていた。ゼルクにとってローゼリア女王陛下とは一生の人だと思っていた。それなのに今のローゼリア女王陛下は自分自身の呪われた罪を滅ぼそうと懸命だ。


「はい。ゼルク。私の心は鉄のように固い。もう……このような戦争は嫌なんです」


 ローゼリア女王陛下の心は本当に鉄のように固かった。その上でローゼリア女王陛下は沈黙の時に自分の心臓を掴むかのように胸倉を掴んだ。この時の表情はなんとも云えなかった。


「俺からすればそんなのはけじめでもなんでもないですよ。ローゼリア女王陛下」


 ゼルクにとってして欲しいけじめは逃げる事ではなかった。ゼルクにとってして欲しいけじめはこの戦争が終わっても尚懸命に責務を果たそうとするローゼリア女王陛下の姿だった。


「分かっています。でも……それでも……私は逃げたいのです」


 ローゼリア女王陛下はゼルクの気持ちを分かっていた。だけどそれ以上にローゼリア女王陛下は君主の立場から逃げたかった。こんなにも命を懸けて戦ってくれたら罪が増えていく。


「無理もない……か。そもそも君主にしてはまだ若いからな。業を背負うには早過ぎるかもな」


 ジェネガルがローゼリア女王陛下の気持ちに心変わりした。よくよく考えてみたらローゼリア女王陛下もゼルクもまだまだ若い。そこから逃げたくなるのも無理はないと考えていた。


「ジェネガルさん!」


 だけどゼルクはそんな事を云い始めたジェネガルを軽蔑した。なぜなら話は単純で先程と比べて意見が真逆だからだ。ゼルクはてっきり今でも反対していると思っていた。甘かった。


「ゼルク。どうか私を逃がして下さい。このとおり……お願いしますから」


 ローゼリア女王陛下はゼルクに懇願した。その証拠に沈黙の時にローゼリア女王陛下は頭を下げた。しかもゼルクが納得するまで下げ続けるつもりだ。それくらいに自分は逃げたい。


「分からない。今までやってこれていたのに。こんな事で失うなんて。俺は……一体どうすればいいんだ」


 ゼルクが困惑した。しかも混乱気味だ。なぜ? どうして? こんな事になったのだろうか。ゼルクがどんなに考えても答えなんて出なかった。これでは埒が明かない。どうしよう。


「守るべき者を守り続けるか。それとも騎士をやめるか。とまぁ私には関係のない事だが」


 ヴィゼルが助言を出した。なんともヴィゼルは物分かりがいいようだ。さすがはヴィゼルだ。それとなく云っていた。果たしてヴィゼルの助言からゼルクはどんな答えを導いたのか。


「俺は……メリルちゃんも守りたい。だけどそれ以上に君主をやめてほしくはない」


 ゼルクにとってメリルとの約束は絶対に守り続けたい。それに我が儘と分かっていてもローゼリア女王陛下には君主であり続けて貰いたい。どうやらもう既に答えが出ているようだ。


「なら話は早いな。ゼルク。今後は騎士をしつつもローゼリアと結婚すればいい」


 ヴィクロスが急にやってきては会話に割り込んできた。ヴィクロスはこんな事を云うのだから大分前にいた事になる。ヴィクロスはゼルクの今後について助言をした。それも堂々と。


「ヴィクロス!? な、なにを云っているんだ! こんな俺がローゼリア女王陛下と婚姻を結べる筈がないだろう!」


 ゼルクはいきなり会話に割り込んできたヴィクロスを見て驚いた。しかもどさくさに紛れてヴィクロスはなにを云ったのか。ゼルクは慌ててそんな事は出来ないと云い張ってしまう。


「いいえ。ゼルク。私はその頃には普通の平民です。だからそのように謙虚にならないで下さい」


 ローゼリア女王陛下はゼルクの云った言葉を否定した。この時のローゼリア女王陛下は真顔だ。確かにその時になればローゼリア女王陛下はただの平民だ。それに結婚は嫌ではない。


「ローゼリア女王陛下の云うとおりだ。俺は……お似合いな組み合わせだと思うけどな」


 ヴィクロスがこれまたお節介な事を云った。それにしてもヴィクロスの云ったとおりでゼルクとローゼリア女王陛下はお似合いだ。ちょうど同い年なのも幸いした。さてどうなるか。


「俺は……確かにローゼリア女王陛下の事を愛している。妃になってくれればどんなに幸せかも考えた事がある。けど! けれど!」


 ゼルクは下を見ながらそう云うと沈黙に入った。そして意を決した。ゼルクは本当の事を云い始めた。ゼルクにとってローゼリア女王陛下は特別な存在だ。それでも弊害を見つけた。


「どうかしたのですか。ゼルク」


 ローゼリア女王陛下が首を傾げながらも云った。傾げ終わると元に戻してゼルクの名を呼んだ。どうやらローゼリア女王陛下は本当にゼルクと結婚を前提に付き合う事を望んでいた。


「俺だって……守れる自信がないよ」


 ゼルクが急に萎れてしまった。それはまるで花のご主人様が空回りして枯らせてしまったかのようだ。ゼルクは浮気をしない。煙草も吸わない。酒も飲まない。それでも不安はある。


「大丈夫。ゼルク。私はいつでも貴方の事を信じています」


 ローゼリア女王陛下がゼルクの元まで行くとゼルクの右手を握り胸元へと持ち上げた。それからローゼリア女王陛下は云った。その時のローゼリア女王陛下の眼差しはまるで少女だ。


「ローゼリア女王陛下」


 ゼルクの不安がローゼリア女王陛下のお陰で徐々に晴れていった。ゼルクにとって今のローゼリア女王陛下の笑顔は一生涯忘れられない。まるで一番最初に出会った時のようだった。


「いいじゃないか。ゼルク。俺は大賛成だぜ。だってよ。こんなにも感じ取れるんだからな。愛が」


 ヴィクロスがこれまたお節介を焼いた。ヴィクロスにとってゼルクはだれよりも幸せになってほしい大親友だ。だからこそにヴィクロスはゼルクの幸せを叶えたかった。それが今だ。


「ヴィクロス。……分かった。男に二言はない」


 ゼルクはヴィクロスの方を見ながら云った。そして沈黙に入るとローゼリア女王陛下の方を見た。どうやらゼルクは覚悟を決めた。だからゼルクは頷かずに云った。真顔が印象的だ。


「お! そうきたか」


 ヴィクロスがお調子者に見えてきた。さすがにここで云えばそう見えても仕方のない事だ。それにしてもゼルクがローゼリア女王陛下の目の前まで行くと右膝を地面に付けて屈んだ。


「おほん! ローゼリア女王陛下」


 ゼルクが咳払いをしてヴィクロスに牽制した。そして次にローゼリア女王陛下と云った。もうだれもこの空気を邪魔出来やしない。いや。邪魔をする者はだれ一人としていなかった。


「はい」


 ローゼリア女王陛下は真摯に答えた。その時の表情は幸せ一杯と云ったような感じだ。なんだか不思議な成り行きだがゼルクとローゼリア女王陛下は本当にお似合いの組み合わせだ。


「こんな俺で良ければ結婚を前提にお付き合い下さい」


 ゼルクはそう云いながら右手を差し出した。そして云い終わっても差し出したままだった。これは相手が納得したのなら手を取って下さいの合図だった。なんとも気恥ずかしかった。


「はい。私はゼルクの名に誓って貴方と結婚を前提に付き合う事を誓います」


 もうローゼリア女王陛下に君主としての面影はなかった。そこにいたのは健気な少女の姿だ。ローゼリア女王陛下はゼルクの右手を手に取り忠誠を誓った。これで晴れて付き合える。


「やったな! ゼルク! これでお前は晴れて一人前の男になれた訳だ! さぁ! ミーア! 今日はとことん飲むぞ!」


 ヴィクロスが絶好調なくらいに調子に乗っていた。しかもなんと云う事だろうか。気が付けばミーアがヴィクロスのちょっと後ろでモジモジしていた。なんとも気まずそうだったが。


「……ローゼリア女王陛下。さっきは乱暴して申し訳有りません。こんな私でよければまたお雇い下さい」


 ミーアはローゼリア女王陛下の元に行くとい辛そうな感じで云った。もうなにを云っても無理だろうなな雰囲気だ。それでもミーアは云われるまでもなく自分から云った。反省中だ。


「いえ。それを決めるのは私ではありません。それを決めるのはアーマデラスです。それに今回の件は不問とします。いいですね?」


 ローゼリア女王陛下は首を左右に振った。そして自分自身に決定権がない事を伝えた。もし女王暗殺未遂をアーマデラスに通告すればお叱りを受ける事になる。当然だがクビだろう。


「ローゼリア女王陛下。……はい! 有難う御座います! より一層に忠誠を誓わせて頂きます! アルオス城! 万歳!」


 しかしミーアは許してくれたローゼリア女王陛下に感謝した。しかもミーアはたとえクビになっても平民としてアルオス城に忠誠を誓うようだ。ミーアは両手を激しく上げ下げした。


「ふふ。そこまでしなくてもいいのですよ。ミーア」


 ローゼリア女王陛下はミーアの大袈裟な表現法に笑い声をあげた。ミーアの忠誠心は大袈裟だがもうそれくらいするしかなかった。ミーアの事を笑って許してくれた。裏切ったのに。


「は! す、すみません!」


 ミーアは謙虚になって今度は頭を下げた。もうミーアは元に戻ってきたからにはローゼリア女王陛下に再度忠誠を誓うつもりだった。あんな事を仕出かしたのになんてお優しいんだ。


「いえいえ。私の方こそ謝らなければなりません。申し訳ありませんと。ミーア。貴女には気付かされた事があります。それに感謝しなければなりません。この私に真実を打ち明けてくれてどうも有難う」


 ローゼリア女王陛下は首を左右に振らずに云った。この時のローゼリア女王陛下はミーアだけを見ていた。今日のローゼリア女王陛下の幸せがあるのはなにを隠そうミーアのお陰だ。


「そ、そんなぁ! わ、私のした事は重罪で! けっして許される事ではありません! で、ですから! そんなに頭を下げないで下さい! お願いしますからぁ!」


 ミーアが両手を胸元にまで上げると両手を左右に振り始めた。確かにミーアのした事は重罪だ。それでも嘘偽りなく云って何事にもならなかった。かといって不問は器量次第だろう。


「ふふ。有難う。ミーア」


 ローゼリア女王陛下の懐はかなり深かった。なによりも何事もなく元の鞘に納まってよかった。ローゼリア女王陛下は嬉しかった。こんなにもいい一日が訪れるなんて思いもしない。


「ですからぁ! そんな簡単に云わないで下さいよぉう」


 ミーアはまたまた慌てながら云った。今度は両手を膝の方に伸ばしながら云っていた。この時のミーアはほんのちょっと猫背だった。実に色々な表現方法があるのかと女王は思った。


「はは! まぁいいじゃないか! なぁ! ゼルク! それよりも今日はパァーッと飲もうぜ! なぁ!」


 ヴィクロスはすっかり元気を取り戻した。素晴らしい一日だと云わんばかりにヴィクロスは今日は飲もうぜと誘った。確かに付き合う事になったりミーアが戻ってきたりといい日だ。


「そうだな。今日くらいは……って俺とローゼリアはまだ未成年なんだけど」


 ゼルクはヴィクロスの提案を飲んだ。まさしく今日のような日は中々こないだろうと思った。だからゼルクはノリに乗った。にしてもゼルクは女王をローゼリアと呼んだ。もう既に。


「お? もう既に奥さん呼ばわりかぁ!」


 ヴィクロスが今度はゼルクをからかった。ヴィクロスの云うとおりで確かにゼルクは云い間違いにしても女王陛下とは付けなかった。これはお熱い事だなとヴィクロスは思い込んだ。


「ち、違うよ! ヴィクロス! 今のは間違えただけだよ!」


 ゼルクは慌てて両手を胸元にまであげると両手を左右に振った。この時のゼルクは飲んでもいないのに顔が真っ赤だった。まるでミーアのようだったがゼルクは本当に云い間違えた。


「ふはは! なんだか分からんが宴ならこの俺に任せとけ!」


 ジェネガルが飲むは宴と解釈した。なんだか分からないが無事に円満になったようだ。だからさすがのジェネガルもめでたい事だと認識した。ジェネガルは宴が大好きだ。楽しみだ。


「ふん。人間と酒を交わすのは何年振りか。今日はいい日になりそうだな」


 ヴィゼルはふんと云うのが癖だ。それもちょっとした事で云っていた。それにしてもヴィゼルは数年前に人間と一緒に飲んだ事があった。あの時も見上げた空が急に晴れ渡っていた。


「なら話は早い! おい! 皆! 今から俺に付いてこい! 今日は皆で宴だぁ!」


 ヴィクロスがそう云うと全員を誘い始めた。もうとにかくめでたいからこれらの噂を一気に広めようかもとも思っていた。ヴィクロスは案外噂を広めたがる方の人柄だった。幸せだ。


「はは。あんまり飲まないで下さいよ。まだ戦争中なんですから」


 ゼルクは思わず失笑した。ヴィクロスにあまり飲まないように催促した。それでもヴィクロスの事だ。飲んでしまいそうだ。いくらめでたくても今はまだ戦争中だ。酔うはやめたい。


「そうですよ。ヴィクロス。私の権限の内は羽目を外し過ぎないようにして下さい。これは命令です」


 ローゼリア女王陛下が君主としての権限を利用した。そうだ。今はまだローゼリアは女王だった。これはいけないと思い直したのはなにを隠そうヴィクロスだ。酔わない程度がいい。


「おおう!? そ、そうか! はは! 分かったよ! ローゼリア女王陛下が云うんなら仕方がない! ここは加減するぞ! お前ら!」


 ヴィクロスはそう思い直して仕切り直した。こうして六人はその場を後にして飲みにいく事にしたのだった。今日はめでたい日だと云い張り夜遅くまで飲んだ。そして次の日がきた。

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