第十八話:新生赤翼の盗賊団
先頭を行き倒れの子供がその後方にゼルク、ヴィクロス、ヴィゼルが横一列で並んで歩いていた。どうやら荷車の痕跡まであともう少しらしかった。四人は慌てずにゆっくり進んだ。
「ところで……少年。名を教えてくれないか」
ヴィクロスが急に畏まって云い始めた。そもそもヴィクロスの云った少年とは行き倒れの子供の事だ。確かに行き倒れの子供とは云い辛いし少年だとずっと青臭い。教えてくれるか。
「俺の名か。俺の名はガッチ」
ガッチは素朴な自己紹介をした。そもそも歩きながらなのでこれくらいが丁度いい。実に雑な自己紹介だが丁寧にしている暇がなさそうだった。それにガッチはまだ子供だ。無理だ。
「ガッチか。中々いい名前だな」
ヴィクロスがガッチの名を褒めた。ヴィクロスはお世辞でもなく本当にいい名前だと思った。しかし歩きながらの事なのでヴィクロスはそれ以上の事が云い辛かった。だから我慢だ。
「へへ。褒められた」
ガッチは歩きながらなのに右手で頭を掻きながら云った。しかも照れ臭そうにだ。そもそもガッチは自分の名前を褒めて貰ったのはこれが初めてだ。だから体性が出来ていなかった。
「私の名はヴィゼル。流浪の剣士だ」
と急にヴィゼルが歩きながら自己紹介をし始めた。簡潔だがこれで十分だとヴィゼルは思った。それにしてもヴィゼルは自身の置かれた立場を云った。どうやら流浪の剣士のようだ。
「あ! 俺はゼルク! アルオス城の騎士だ! ガッチ! これからもよろしくな!」
ゼルクもヴィゼルに続いて自己紹介をした。この時のゼルクは実に慌てていた。なぜならここでしか会話に入れないと思った。しかし慌てたのは最初だけで後は極冷静に云っていた。
「俺も念の為に自己紹介をしておこうか。俺の名はヴィクロス。主に諜報活動をしている」
ヴィクロスは既に露出済みだった。しかしヴィクロスは自己紹介はしていないと思った。だからヴィクロスは自己紹介をし始めた。そして最後にはヴィクロスの仕事を打ち明かした。
「うん? ちょーほうかつどう?」
ガッチは理解が出来なかった。それもそうだろう。ガッチに諜報活動の話は早過ぎた。だからガッチは困ったような口調で云うと首を傾げていた。ガッチは諜報活動を知らなかった。
「はは。ヴィクロス。子供に諜報活動は早いよ」
ゼルクが笑った。そしてすかさずヴィクロスに対して子供相手に諜報活動の話は早いと云った。ついこの間までゼルクも知らないような組織があったくらいだ。恥にはならなかった。
「うん? そうか」
ヴィクロスも首を傾げた。どうしてヴィクロスは子供相手に難しい事を云ったのか。それはヴィクロス自体が子供の時からアーマデラスの同胞団として活躍していたからだ。難癖だ。
「そうだよ。説明補足がないと分からないと思う」
ゼルクは笑みを浮かべながら実に微笑ましい感じで云っていた。この時のゼルクはガッチとヴィクロスのやり取りが本当に微笑ましいと感じていた。久しぶりに肩の荷が下りていた。
「ゼルクの云うとおりだ。改めて説明した方がいいだろうな」
ヴィゼルもゼルクの意見に賛同した。なぜならどう考えても諜報活動をガッチが知る筈がないからだ。そもそも諜報活動自体が一般人からかけ離れすぎていた。ヴィゼルはまともだ。
「……分かったよ。説明すればいいんだろ? 説明すれば。えーとな。諜報活動ってのはな。云わば情報を整理整頓して王国に持って帰る事だ。ガッチ。分かったか」
どうやらヴィクロスは沈黙の際にゼルクやヴィゼルの云った言葉を鵜呑みにした。果たしてヴィクロスはガッチに正しい答えを教える事が出来るのだろうか。もし的外れなら大変だ。
「うーん」
ガッチがヴィクロスの答えを聴いてなにやら真剣に悩んでいる。とは云え夢中になる程ではなかった。だからガッチは立ち止まらずに進んだ。ただし両腕は組んでいた。悩みながら。
「うん? どうした? ガッチ?」
ヴィクロスがガッチに対して訊いた。この感じからしてヴィクロスの説明補足では伝わらなかった可能性があった。だけどヴィクロスは説明補足は中々の出来栄えと思い込んでいた。
「もしかしてこれでも分からないんじゃ」
ゼルクの心無い発言が聞こえてきた。と云ってもゼルクはまだこれでもと云っていた。だからゼルクはヴィクロスの説明は十分と思い込んでいた。しかし結果は惨敗だった。残念だ。
「有り得るな。だが案ずるな。次第に分かるだろう」
ヴィゼル曰く長期的に見ればガッチは理解するだろうと思った。ただしそれは最終的に能天気な見解になる可能性もあった。そもそもガッチは本当に理解が出来ていないのだろうか。
「それって」
ガッチが考える事をやめて歩きながら後ろにいる三人に話し掛けた。ガッチは両腕を組むのをやめていた。この時のガッチは実に真顔だった。まるで就職先を真剣に決めたいようだ。
「うん? どうした?」
ヴィクロスがゼルク及びヴィゼルの代わりにガッチの発言に反応した。ガッチ以外は全員が疑問に思った。一体ガッチは後ろの三人になにを訊くつもりなのだろうか。両耳を傾けた。
「かっこいい?」
どうやらガッチの仕事の基準はかっこいいか。それともかっこわるいかのどっちからしい。まだ早計だが今のガッチの発言でそのような感じがした。きっとガッチなりの基準だろう。
「ああ。俺はかっこいいと思ってる」
ヴィクロスはガッチの言葉に正直に答えた。どうやらヴィクロスは自分自身の仕事に誇りを持っているようだ。たとえヴィクロスの仕事が表沙汰に出来なかっても清々しくと生きる。
「ほ、本当かぁ!」
ガッチのテンションが最高潮になった。なぜならガッチはもうそれくらいにかっこいい事に憧れを持っていた。そもそもガッチの夢はかっこいい仕事につくことだ。子供ならではだ。
「ああ。ここで嘘をついてどうするんだ」
ヴィクロスが頷かずに云い始めた。確かにヴィクロスの云うとおりでこんなところで嘘をついてどうするんだ。もし仮にヴィクロスが嘘つきだとしても仕事に馴染むかは本人次第だ。
「なら俺……ちょーほうかつどうになる!」
ガッチがそう云った。しかしガッチは諜報活動についてそんなに理解していないのか。なぜか。諜報活動になると云ってしまっていた。これはどう考えても理解が出来ていなかった。
「うん? ああ。ちょーほうかつどうじゃなくて諜報部員な」
ヴィクロスの素早い判断によってガッチの誤解がこれで解けた筈だ。もしこれで誤解がなくなってもどうしてかっこいい職業がいいのかの疑問が三人にのしかかった。なぜだろうか。
「うん! 俺! 諜報部員になる! だってかっこいいんだろ?」
ガッチはさっきからかっこいいしか云わない。確かにヴィクロスの仕事はかっこいいだろう。でもそれでも三人の疑問は解決にならなかった。三人は理解が出来ぬままで時が流れる。
「ああ。飛び抜けてかっこいい職業さ」
ヴィクロスは機嫌がよかった。ただしどうしてガッチがかっこいい職業に憧れているのかが理解出来なかった。それでもヴィクロスは弟子が出来たような感じだった。将来が有望だ。
「おお! 俺……いつかアルオス城にいく!」
ガッチのテンションは相変わらずに高かった。ヴィクロスの言葉を真に受けて驚きの声を出していた。その後はだれかの思惑どおりにアルオス城に向かうつもりらしかった。なぜだ。
「お! そうか! なら俺が推薦状を書いてやろう」
しかしヴィクロスはなぜだと思うよりはこんなにもやる気になっているガッチを見てやる気を出していた。だからヴィクロスは気前よくガッチの為に推薦状を書くつもりらしかった。
「すいせんじょーってなんだ?」
ガッチは推薦状すらも知らない。もう本当にそれくらいに純粋な子供だった。ガッチは推薦状さえあればある程度のところまでは行ける事を知らない。なんて云う無垢な子供だろう。
「はは」
ゼルクが思わず笑った。余りのガッチの無垢さに笑った。ゼルク自身笑う事はそんなになかった。そう云えば最近は心の底から笑う事が余りなかったなと思った。ゼルクは楽しんだ。
「うむ」
ヴィゼルも心なしか和んだ。なんだかゼルクとヴィゼルはほっとした。なぜならと云う言葉はいらない。もうそれくらいに和んでいた。傍から見ればヴィゼルの意外性が垣間見れた。
「あのな。推薦状ってのはな」
ヴィクロスが推薦状の説明をし始めた。さすがのヴィクロスもガッチの為ならばと説明をする気になったようだ。だからヴィクロスが歩きながら次の言葉を云おうとしたらガッチが。
「あ! 着いたぞ! ここが痕跡があるところだ!」
急に立ち止まりなにかを見つけて驚き始めた。ガッチはどうやら盗賊団の痕跡を見つけたようだ。だからそのような反応をした。決してヴィクロスの言葉に嫌気が差した訳ではない。
「ぬお!?」
ヴィクロスが一番に驚いた。なぜなら次の言葉を云おうと下準備に入っていた。それなのにガッチはヴィクロスの下準備を台無しにした。しかし着いたのだから仕方のない事だった。
「うん。確かに荷車の跡がある」
ゼルクがヴィクロスやヴィゼルよりも先に前に出て確認をした。すると荷車の車輪の跡が残っていた。きっとこれを辿ればすぐに辿り着くだろう。これは戦う準備と心構えが必要だ。
「この感じからして馬は使用していないようだな」
ヴィゼルが荷車の車輪の跡の他に馬の足跡がないかを確認していた。どうやらヴィゼルの見方では盗賊団は荷車を人力で動かしているらしかった。つまりガッチの言葉は本当だった。
「だったら……走ればすぐに追いつけそうだな」
遅れてヴィクロスが云った。もし本当に新生赤翼の盗賊団の仕業ならば今度こそ全滅に追いやらなければならない。そうでないとまただれかが被害に遭う。もうあの悲劇はごめんだ。
「お、俺は! 足手纏いになりそうだからここまでにしとく!」
ガッチが慌てて云った。確かにガッチはまだ子供だ。もし万が一に新生赤翼の盗賊団と戦う事になったら足手纏いになるだろう。これはこれで凄く賢明な判断だ。ガッチは賢かった。
「ああ。ガッチ。案内の方有難うな」
ヴィクロスがガッチに起こり難いと云うよりは感謝の意を含ませて云っていた。ヴィクロスは後は俺達に任しておけと思った。ここまでくればあとは楽勝だとも思った。どうなるか。
「へへ。どういたしまして」
ガッチが照れ臭そうに云っていた。髪を掻きながらな仕草は実に可愛いと云えた。どうやらガッチには愛嬌があるらしかった。だからヴィクロスは咎めようとはしなかった。賢明だ。
「それじゃあ俺達はそろそろ行くぜ」
ヴィクロスが云った。この時のヴィクロスは今度こそ赤翼の盗賊団を全滅に追いやらなければと思っていた。そもそもヴィクロスは敗走後にそんなに早くに新生出来るかを疑問視だ。
「お! 三人共! どうか気をつけて!」
ガッチは畏まった。遂に行くんだなと思った。ガッチが出来る事と云えば痕跡までの案内くらいだ。これ以降はアルオス城の名において好き勝手させる訳にはいかない。決着の時だ。
「おう! んじゃあな! ガッチ!」
ヴィクロスが右手でまた今度なの合図を送ると荷車の車輪の痕跡を追い始めた。どうやら今回はリーダーであるゼルクをおいて先に進むようだ。そもそもゼルクは仲間を信じていた。
「んじゃ」
今度はゼルクが軽くまた今度と云うような仕草をした。そのあとにヴィクロスの後を追うように走った。ゼルクはヴィクロスを信用している。だから先頭を走られても大丈夫だった。
「失礼する」
ヴィゼルは最後にそう云うとゼルクの後を追いかけた。ヴィゼル自身はまだ信頼されていないと感じていた。だから後手に回る事が多かった。そもそもヴィゼルは一体何者だろうか。
「……おーい! 生きて! 帰ってこいよな~!」
ガッチの声が聞こえた。ガッチの声は三人に入り込んだ。しかし三人は聞こえぬ振りをした。なぜなら一刻も早く原石を取り戻さないとアルオス城外に敵軍が攻め込む恐れがあった。
だからここはガッチには悪いけど無視する事にした。最低かも知れない。けれども時は一刻を争う事態だ。そうも云っていられないと三人は息を揃えて思った。三人は空気を読んだ。
ヴィクロス、ゼルク、ヴィゼルが荷車の車輪の跡を追いかけて数十分が経とうとしていた。すると次第に周りに黒い霧が漂い始めた。どうやらクリスタルがどこかにあるらしかった。
「うお! こ、これは!?」
ヴィクロスが先頭にいるので場の空気の違いに感付き始めた。なんとも云えない不気味な黒い霧が辺りに漂い始めていた。つまりこれより先は神の降臨はないと思った方がよかった。
「黒い霧だ。……どこかにクリスタルがある」
ゼルクも感じ取った。と云ってもだれでも感じ取れる。だけどゼルクにはクリスタルの破壊と云う大任も得ている。思わずゼルクの全身が強張った。果たしてどこにあるのだろうか。
「この黒い霧。私は好きではない」
ヴィゼルは黒い霧を見ながら云っていた。どうやらヴィゼルは黒リ霧の臭いを感じ取れるらしく右腕で鼻を押さえつけていた。しかしこの状態では戦う事が出来ないので元に戻した。
「ああ。俺もだ」
ヴィクロスが深く頷くと納得していた。ヴィクロスもまたクリスタルが発生させる黒い霧を嫌がっていた。でもそれでも今やこのような光景は溢れていた。早く助け出さなければだ。
「クリスタルを破壊すれば……消える筈だ」
ゼルクが念の為に云った。なぜなら多分クリスタルについて知らないであろうヴィゼルがいたからだ。ゼルクのお節介だ。とは云え今のヴィゼルとは仲が悪い訳ではないので大丈夫。
「そうか。ならばついでにクリスタルも探そう」
ヴィゼルがゼルクの云った言葉を鵜呑みにした。だから今のヴィゼルはクリスタルも探そうと提案してきた。ヴィゼルは知らないだろうがクリスタルの守護者は強い。大丈夫なのか。
「ああ。だが今は」
ヴィクロスはヴィゼルの言葉を理解した。だから最後の言葉を云おうと思ってヴィクロスは立ち止まろうとした。すると森の茂みの奥からキラリと光るなにかが見えた。一体何事か。
「危ない!」
ゼルクが咄嗟に叫んだ。ゼルクはヴィクロスの右後ろにいた。だからそれなりに前が見えた。だからゼルクは茂みの奥でキラリと光るなにかが見えていた。ふと見れば弓矢と思った。
「……一体だれだ?」
ヴィゼルがヴィクロスの前に立ち塞がり飛んできた矢を右手で捕まえた。それからこのような小賢しい事をするのはだれだと云った。一体だれがなんの目的で矢を放ったのだろうか。
「おや? 防がれてしまいましたか」
謎の声が黒い霧の向こう側から聞こえてきた。どこかで聴いた事のある声だった。しかしヴィゼルはそのような雰囲気ではなかった。聴いた事があるのはゼルクとヴィクロスのみだ。
「この声は!?」
ゼルクは思い当たる節があった。だから謎の声を聴く度に走馬灯のように記憶が流れた。そうだ。この謎の声の主は確かジェネガルと一緒にゼルクとヴィクロスが逃がした。名前は。
「ああ。確か……ザグロス・ハーリオン」
ヴィクロスがゼルクに続いて云い始めた。頷かずにただヴィクロスはヴィゼルの横へ移動した。この時のヴィクロスの表情は実に真顔だった。そうだ。目の前にいるのはザグロスだ。
「お? 憶えて頂き光栄です。しかしあのお方の為にも赤翼の盗賊団は生まれ変わらなければならない」
ザグロスはゼルクとヴィクロスが憶えていた事に嬉しさを覚えた。しかしザグロスが云うにはあのお方が重要視されていた。一体ザグロスの云うあのお方とはだれの事なのだろうか。
「つまり……お前が原石を盗んだのか」
ヴィクロスが実に冷静な対応を見せた。だけどこの時のヴィクロスは下を向きザグロスを睨み付けていた。ヴィクロスはザグロスに問いを投げ掛けた。果たして真実はどうだろうか。
「ザグロス! あのお方ってだれなんだ! またあの悲劇を繰り返すつもりか!」
ゼルクは激昂しながら云った。ゼルクはヴィクロスの返答なんてどうでもよかった。ただ云いたい事はジェネガルの息子が亡くなったと云う悲劇を繰り返すのかと問い質したかった。
「おや? あの悲劇? 一体なんの事でしょうか。とまぁ訳の分からない事はこの際ですから忘れましょう」
しかし確かあの時にザグロスはいなかった筈だ。だからザグロスはゼルクの云っている事が理解出来なかった。にしてもザグロスの云っている言葉は最低最悪だ。繰り返すつもりか。
「な、なにぃ!?」
ゼルクがザグロスの言葉を聴いて更に激震激昂した。ゼルクはザグロスの言葉を聴いてこいつを生かしてはおけないと思い始めた。ここはなんとしてでもザグロスを阻止したかった。
「ゼルク。ここは落ち着くんだ。確かあいつはあの悲劇を知らない」
ヴィクロスがゼルクの逸る気持ちを抑え込んだ。ヴィクロスの記憶が正しければザグロスは入る事なく逃げた筈だ。正しくヴィクロスの云うとおりだ。ここで切れても仕方なかった。
「でも……それでも」
ゼルクが実に悔しそうにしていた。この時のゼルクの両方の拳は力んでいた。それはもう手の平に爪の跡がつく程だった。ゼルクは歯軋りを起こす程に憎いと思った。憎悪が溢れた。
「何事も古い体質は時代に合わなくなるものです。だからこそに我々は新たな組織を作らなければならない」
ザグロスが両手を広げて掲げた。そして熱弁をし始めた。確かにザグロスの云うとおりだ。時代に合わない組織は淘汰されるべきだ。しかし新しい組織に懸念があればやめるべきだ。
「それが……新生赤翼の盗賊団か」
ヴィクロスが神妙な顔付きで云っていた。しかしもし新生赤翼の盗賊団が犯罪に加担していれば当然の事で淘汰されるべきだ。そうでなければあの悲劇が繰り返されるかも知れない。
「ええ。私は気付いたのですよ。あのお方の崇高な計画にこそ真意があると」
ザグロスは両手を元に戻すと頷く事はせずに納得した。どうやらザグロスの様子が最初の頃と違うのはあのお方の影響を受けた可能性があった。崇高な計画とは一体なんなんだろう。
「だから! あのお方ってだれだ!」
ゼルクは怒り気味だった。先程からゼルクは理性を保てなくなっていた。それ程にあの悲劇を繰り返したくはなかった。もしあの悲劇が繰り返されたりしたら我慢が出来るかどうか。
「それは教える必要性はありません。なぜなら貴方方はここで死ぬ定めなのですから。おい!」
ザグロスが右手の人差し指を額に数回当てると元の位置に戻した。そして云い始めると最後には隠れている何者かを呼んだ。きっと出てくるように命令したのだろう。二人が現れた。
「なんだ!? こいつらは!?」
ヴィクロスが驚いた。なんだか分からないが禍々しいオーラを放ちながら二人の男が立っている。どうやら禍々しいオーラは鎧の至る所に嵌め込められている水晶から発生していた。
「こいつらは!? 赤翼の盗賊団じゃない!?」
ゼルクもヴィクロスに続いて驚いていた。それにしても二人の存在はあの時の魔晶騎士と似ていた。まさか魔晶騎士を応用して作られた鎧か。そう云えばヴィゼルの剣にも似ていた。
「云った筈です。私達は生まれ変わったと。そう! これが! これこそが! 新生! 赤翼の盗賊団なのです!」
ザグロスは一体どこの勢力と手を組んだのか。もし魔晶騎士と繋がっているのなら謎の国であるリオン帝国や謎の研究者であるガーロッドが関係していそうだ。真相はどうだろうか。
「この格好……この辺では見かけない。それになんなんだ? この禍々しさは」
ヴィクロスは見かけない鎧に引き気味だった。しかしよくよく見るとこの禍々しさが魔晶騎士と似ている事に気がついた。だけどヴィクロスは言葉にはしなかった。嫌な汗が流れる。
「この格好……既に実用化されていたか。しかし悪用は許されんな」
ヴィゼルが意味深な事を云った。どうやらヴィゼルはなにか心当たりがあるようだ。またしてもヴィゼルの謎が深まるばかりだ。このままではスパイになっても不思議ではなかった。
「なに!? ヴィゼル! お前! なにか知っているのか! あ! そう云えばお前の剣」
ヴィクロスがなにかの聞き間違いかと思った。しかしよくよく考えてもそうとしか聞こえなかった。だからヴィクロスは慌てて訊いた。もしヴィゼルがスパイならば一騒動になった。
「ヴィクロス。御託は後だ。今は戦う時だ」
ヴィゼルが冷静になって云った。しかしヴィクロスはヴィゼルの剣を思い出していた。確かにヴィゼルの剣には魔晶騎士についていた水晶らしき物が嵌め込まれていた。なんの剣か。
「皆! 気を引き締めて行くんだ! 誰一人死ぬ事は許さない! 行くぞ!」
ゼルクがそう云って手始めに鞘から長剣を抜いた。ちなみにビビーは神の篭手の中で休んでいる。出てくるのはいつも気紛れだ。それよりも今この場所で戦いが始まろうとしていた。
「右は俺が! 左はヴィゼルに任せた! 真ん中はゼルクに任せる! いいか! 死ぬなよ!」
ヴィクロスが的確な指示を送りつつも自身の長剣を鞘から抜いた。これから始まるは戦闘だ。人が確実に死ぬ戦いだ。ヴィクロスは今度こそ全滅に追いやってやると意気込んでいた。
「分かった。左は任せろ」
ヴィゼルは冷酷淡々に云うと自身の長剣を鞘から抜いた。ヴィゼルの剣は確かに魔晶騎士とそっくりだ。もしかしたらなんらかの繋がりがあったのかも知れない。謎が多いと怪しい。
しかし今は確かにゼルクの仲間のようだ。だから今は安心と云ってもいいだろう。ただしどんな素性かが分かるまではそこまでの信用はしない方がいいだろう。それがきっと賢明だ。
「ほぉう。私の相手は貴方ですか。いいでしょう。あの時の雪辱を貴方で晴らすとしましょうかね。では」
ザグロスが今度の相手が若造だと思いそのような事を云い始めた。そしてザグロスはジェネガルに負けた恨みをゼルクで果たそうとした。ザグロスが急になにかの杖を振りかざした。
とその瞬間だ。なんとザグロスの前に急になにかの模様が浮かび上がった。実のところでなにかの杖は魔法の杖でなにかの模様は魔法陣だ。いつのまにザグロスが魔法を覚えたのか。
否。実はザグロスは魔法を覚えていない。ならばどうして使えるのか。それは単純に魔法の杖に嵌め込んだ水晶に謎を解明するヒントがあった。よくよく見ると水晶の中に魔法陣が。
「魔界の番犬にして我が僕よ! 出でよ! ケルベロス!」
さらによくよく見ると水晶の中の魔法陣と地面に浮かび上がった魔法陣が一緒だった。とそれよりもなんとザグロスは召喚魔法を発動した。地面の魔法陣からケルベロスが出現した。
ケルベロスは出現するやゼルクに対して睨み付けた。ケルベロスには恐怖と云う概念がなかった。むしろ六つの眼差しを受け取ったゼルクの方が恐怖におののくのかも知れなかった。
「く」
ケルベロスのなんとも云えない重圧がゼルクの動きを封じ込めた。ゼルクはケルベロス目掛けて走りたいのに走れないでいた。これがケルベロスの重圧なのかと思うと冷や汗が出た。
「ケルベロスよ! やってしまいなさい!」
容赦のないザグロスの声が聞こえてきた。するとケルベロスの真ん中だけが吠えた。そしてザグロスの命令を果たすべくゼルク目掛けて走り始めた。どうやら体当たりをするようだ。
「ぐ……動け! 動け!」
ゼルクは足を動かそうとするが中々動かないでいた。別に束縛魔法を掛けられた訳ではない。それなのにどうして足が思うように動かないのだろうか。嫌な汗が地面へと流れ落ちた。
ケルベロスはもう眼前にまで迫っていた。このままでは衝突してしまう。つまりそれはケルベロスの思惑どおりになってしまうと云う事だ。ケルベロスは躊躇する事なく突っ込んだ。
「ぐふ」
ゼルクがケルベロスの体当たりで後ろ側に吹き飛ばされた。一方のケルベロスは体当たりが成功すると急停止した。だからケルベロスは吹き飛んだゼルクを追いかける事がなかった。
「ぐは」
ゼルクは地面と衝突した。その時に痛そうな声をあげた。ゼルクは仰向けに倒れていた。地面と衝突の際にゼルクは負傷した。だからゼルクは中々立ち上がれないでいた。痛そうだ。
「ちょおっとぉ!? 折角の眠りが台無しじゃない! どうしてくれるの? ゼルク」
そんな時にビビーは怒りながら神の篭手から出てきた。どうやらビビーはケルベロスの体当たりとゼルクの地面衝突によって起こされたみたいだ。これはこれでラッキーな事だった。
「な!? なによ!? これ!?」
ビビーはゼルクと云いながら辺りを見渡していた。そしてふと気付くとなぜかヴィクロスと謎の男がなにかと戦っている。それに対してビビーは驚きを隠せなかった。どうするのか。
「ビビー! 敵だ! だから一心同体を頼む!」
ゼルクの悲痛なまでの言葉だ。ゼルクは全身を殴打したかのような気分だった。だけど弱みを見せないで戦おうとした。だからゼルクは云い切る前に立ち上がった。全ては勝つ為に。
「なんだかよく分からないけど分かった! んじゃいっくよー?」
ビビーはなにが起きているのかが理解出来なかった。それでもビビーはゼルクの云う事を信じた。敵が現れたのならビビーも応戦するのが自然だ。だからビビーは一心同体を選んだ。
「……有難う。ビビー」
ゼルクはビビーと一心同体になる時に沈黙を貫いた。なぜなら余計な言葉はいらないと判断した。だからゼルクは無言になった。だが一心同体後は胸に右手を当てながら云っていた。
「ふん。そんな余裕があるのですか。本当に」
ゼルクの真摯な態度は好感が持てるが敵はそうは思わない。なぜならザグロスが余裕そうなゼルクを見て鼻に掛けたような声を出していた。だからザグロスは疑いの眼差しを強めた。
「行くよ。ビビー。俺達の強さを見せ付けてやるんだ」
ゼルクがそう云い終わると右手を元の位置に戻した。そして前を見るとケルベロスが忠犬のように待っていた。ザグロスの指示待ちかどうかはゼルクは知らない。それでも勝つんだ。
「なにを独り言を。おい。ケルベロス。格の違いを見せ付けてやりなさい」
ザグロスの指示を元にケルベロスは動くみたいだ。その証拠にケルベロスがザグロスの言葉を最後まで聴くとまた真ん中だけが吠えた。そしてゼルク目掛けて走り始めた。圧倒的だ。
するとゼルクも走り始めた。狙いはケルベロスの膝の関節だ。いくら魔獣とは云っても無敵ではない筈だ。だからゼルクは立てなくなるまで切りつけるつもりだった。うまくいくか。
ケルベロスは頭と背中をうまく使って体当たりをもう一度仕掛けるつもりのようだ。その為に体勢が低くなっていた。これではゼルクの思惑どおりにはなり辛かった。どうするのか。
ゼルクはすぐさまに思考を変えた。下が駄目なら上があると云わんばかりに跳躍した。今のゼルクはビビーと一心同体なので超人的な力があった。気付けばゼルクは頭上まで跳んだ。
ゼルクの跳躍はゆうにケルベロスの頭上を越えていた。そしてゼルクはすかさず長剣の柄を逆手に持った。長剣の柄は両手でしっかりと握られていた。ゼルクはこのまま頭目掛けた。
一方のケルベロスはこのままでは死ぬと悟った。それは本能的だった。故にケルベロスは死に抗おうとした。宙にいるゼルク目掛けてなんと首を無造作に振りながら突っ込んできた。
するとケルベロスの振り回しがゼルクに当たった。そもそもゼルクは真正面からでないと頭を刺せなかった。それが勢いよく横からくるのでゼルクは横に吹き飛ばされた。しつこい。
「ふははははぁ。いいですねぇ。これでこそ呼んだ甲斐があると云う者だ。さて……ケルベロスよ! もっと甚振りなさい!」
ザグロスの言葉がゼルクを追い詰める。ザグロスはなにもしていない。ただ単にケルベロスを召喚しただけだ。それなのにこれで雪辱を晴らした事にするつもりだ。なんとも最低だ。
それにしてもケルベロスが地面に衝突する前のゼルク目掛けて跳びながら突っ込んだ。そしてゼルクが地面に衝突した瞬間にケルベロスが跳躍した。どうやら爪で攻撃をするようだ。
「ぐ」
いくらなんでも地面に衝突したばかりだと身動きが取れない。これではゼルクは避けれずにケルベロスの爪で裂かれてしまう。しかもここは黒い霧の影響で神頼みは出来ないでいた。
「ぐふふふふ。これはもう……終わりですね」
ザグロスの不気味な笑い声が聞こえてきた。確かにもうゼルクの力ではどうする事も出来ない。本当にこのままではケルベロスの餌食になってしまう。ゼルクは両瞼を閉じて堪えた。
「させるか!」
と急にヴィゼルの声が聞こえた。その瞬間だ。ゼルクの両瞼が開いたのは。するとゼルクの目の前にケルベロスが固まっていた。しかも宙にいる状態で。どうやら束縛魔法のようだ。
「なに!? こ、これは!?」
ザグロスが急に固まったケルベロスを見て驚いた。ケルベロスの本当に飴細工のようにピクリとも動かなくなった。まるでそこだけの時が止まっているようだ。どうあれ助けられた。
「ぐ。まさか我が一員が負けるとは」
ザグロスは周りを見渡してようやく事の真相を見付けた。ヴィゼルはだれよりも先に自分の獲物を倒していた。それを見てザグロスは驚きが治まりそうになかった。まさかな事態だ。
「ふん。私をだれだと思っている? こんなのは朝飯前だ。おい! ヴィクロス! なにをしている!?」
ヴィゼルにとってこの戦いは朝飯前らしかった。それに比べてヴィクロスは苦戦しているようだ。なんとか引き分けにするで精一杯のようだ。ヴィクロスは戦いに集中するしかない。
「ぐ」
ヴィクロスの苦しそうな声が聞こえた。ちなみに今のヴィクロスは自身に身体能力強化魔法を掛けていた。それなのに相手ははなから魔法に掛かっているような強さだった。やばい。
「有難う。ヴィゼル。助かった」
ゼルクは既に立ち上がりケルベロスの射程から外れていた。だからゼルクは余裕そうにヴィゼルの方を見ながら云っていた。今のゼルクには分かった。ヴィゼルは悪い人ではないと。
「礼なら倒してからにしろ。いいか。死ぬなよ。絶対に」
ヴィゼルはゼルクに対して叱咤激励をした。ヴィゼルの言葉やヴィクロスの言葉を聴くとゼルクは本当に素晴らしい気持ちになれた。心の底から云えた。こんなにもいい事はないと。
「ぐぬぬぬぬぅ。……まぁいいでしょう。時間稼ぎはこれで出来ました。よって私はこれで失礼しましょう。ケルベロスよ! 最後の命令です! 死ぬまで戦いなさい!」
ザグロスが凄まじい醜態を晒した。凄まじい表情だった。しかしザグロスは沈黙を得た。そこからザグロスは冷静に戻れた。どうやらザグロスの本来の目的は時間稼ぎのようだった。
「来るぞ。ゼルク」
ヴィゼルはザグロスには束縛魔法を解けるなにかがあると思っていた。だからすかさずゼルクに忠告をした。ヴィゼルの感が正しければもうそろそろ解ける筈だ。だから引き締めた。
「はい!」
ゼルクはヴィゼルの忠告を受け入れた。と次の瞬間だ。なんと飴細工が解けたかのように急にケルベロスが動き始めた。とすかざすゼルクとヴィゼルが走り始めた。息がぴったりだ。
「ぐる?」
ケルベロスが再び動き始めた。本来ならばその先に仰向けで倒れたゼルクがいた筈だが今はいなかった。だからケルベロスは混乱したような声をあげた。ケルベロスは見渡し始めた。
と次の瞬間だ。なんとゼルクの長剣とヴィゼルの長剣がほぼ同時にケルベロスの両足の間接部分を切った。するとケルベロスの痛そうな悲鳴が聞こえた。しかもその場に倒れ込んだ。
とすかさずゼルクとヴィゼルはそのままケルベロスの後ろに移動するとほぼ同時に両方の後ろ足の間接部分を切った。するとケルベロスが痛そうな悲鳴をあげつつも倒れ込み始めた。
どうやらケルベロスは立ち上がれないくらいに痛手を負った。その場で立ち上がろうとするが痛くて無理だった。可哀想だがこのままだと生活も出来ない。残酷だがやらねば駄目だ。
「今だ! ゼルク! 頭を狙え!」
ヴィゼルの声が反対側まで聞こえた。ゼルクは云われるまでもなくケルベロスの頭を狙おうと一気に跳躍した。そしてケルベロスの背中に着地した。ゼルクは勢いのまま走り始めた。
全てはケルベロスの息の根を止める為に。たとえ酷い行いだと云われようがもうこの状態を放置出来ない。残忍な事だが主が悪いとこのような運命になってしまう。悪いのは悪人だ。
ケルベロスは最後の足掻きを仕出かした。なんとも云えないがケルベロスはゼルクを振り払おうとした。しかし両足がうまく使えない今は力が足りなかった。ゼルクは心苦しかった。
でもそれでもやらなければいけなかった。悪いご主人に忠誠を誓った犬はけっして悪くない。だけど忠犬故にご主人以外の云う事を聞かなかった。本当にこんな戦いもごめんだった。
そんなゼルクは心の底から今……楽にしてやるからなと思った。一方のケルベロスは最後まで忠犬であろうとした。全身身震いを起こしてゼルクをなんとしてでも振り払おうとした。
そして遂にゼルクは頭目掛けて跳躍した。この時のゼルクは長剣の柄を逆手で持っていた。全てはケルベロスの頭に刺す為に。ケルベロスは振り払えたと思い込んだ。だからやめた。
と次の瞬間だった。ゼルクの長剣がケルベロスの頭に刺さったのは。この時にゼルクは次に会う時は幸せにと念じた。そんな事を知らないケルベロスは断末摩をあげながら絶命した。
ケルベロスは地面に頭を垂れて両瞼を閉じてピクリとも動かなくなった。どうやらゼルクの勝ちのようだ。だけどゼルクは勝ったとは思わなかった。なぜならご主人を逃がしたから。
ゼルクはあの悲劇も嫌だがこの後味の悪い戦いも嫌だった。あんなに忠犬ならばきっともっといい方向に持っていけた筈だ。それなのに悪い奴のせいでケルベロスは死んでしまった。
だからゼルクは暫し放心状態だった。一方のヴィゼルはヴィクロスに加勢しようと移動を開始した。ゼルクはこんな不毛な戦いを一刻も早く終わらせたかった。一体どうすればいい。
ゼルクが思い当たる方法と云えば勝ち続ける事だがそれには大勢の協力が必要になる。きっと不器用な生き方しか出来ないのだろうとゼルクは思った。空しいがそれがしっくりくる。
「……おい! ゼルク!」
どこかしらヴィクロスの声がした。どうやらヴィクロスはヴィゼルの加勢によってあの地獄から抜け出せたようだ。一方のゼルクは放心状態なので反応がなかった。暫し時間がいる。
ゼルクはヴィクロスに対して返事をしなかった。ゼルクは今ケルベロスの頭の上にいた。ゼルクの長剣はケルベロスに刺さったままだ。ゼルクは長剣を抜く事を忘れて放心中だった。
「なぁ! ゼルク! 返事をしろよ! なぁ!」
ヴィクロスの賢明な声もゼルクには届かなかった。今のゼルクは放心状態なので自力でどうにかするしかなかった。一度でもこのような状態になったら放置するのが一番の気遣いだ。
「……やれやれ。これが俗に云う放心状態か」
ヴィクロスが一向に返事が来ない事に厭きれた。その時にヴィクロスは右手を開いて額に指先だけ当てていた。云い終わるまでは首を左右に振っていた。云い終わると右手を戻した。
「こんなところで道草を食っている暇などないのだがな」
ヴィゼルが確かな事を云った。ヴィゼルはさっさとザグロスらを追いかけたかった。でもそれでも一度はなった仲間を置いていく訳にはいかなかった。ヴィゼルは意外に仲間思いだ。
「本当に。……おーい! ゼルクゥ! 先に進むぞぉ?」
ヴィクロスはヴィゼルの言葉を鵜呑みにして納得した。沈黙から解放されるとヴィクロスは再びゼルクに声を掛け始めた。当然のようにヴィクロスは先に進もうと提案した。短気だ。
「う……ぐ。は! ここは?」
ゼルクが吐き気を催しながら苦しそうな声をあげた。吐き気が治まった頃にはゼルクは自分がどこにいるのかを忘れていた。それくらいにゼルクはケルベロスとの戦いに嫌気を差す。
「おい! ゼルク! 先に進むぞ! あいつらを追わないと駄目だろ?」
ヴィクロスに今のゼルクの声は聞こえなかった。だからヴィクロスは今の目的を云い始めた。ヴィクロスからしてもヴィゼルからしてもゼルクが放心しているのは確かのようだった。
「……あいつら? は!? そ、そうだった。俺……ケルベロスを」
ゼルクが記憶の片隅に追いやった目的を思い返そうとしていた。その結果ゼルクはケルベロスを殺したのだと云う事実を再確認した。なんとも云い難いがゼルクは現実が嫌になった。
「とりあえず早く下りるんだ。ケルベロスが徐々に消えてなくなっているぞ」
ヴィゼルがケルベロスから下りるように云った。ヴィゼルの云うとおりでなんとケルベロスが蒸発したかのように消え始めていた。しかも魔法陣までもが。このままでは落下になる。
「それよりも俺……お墓を作りたい。敵や味方なんて関係なく」
ゼルクがケルベロスの頭の上でなんとも悠長な事を云った。いくら敵とは云え弔わなければ呪われそうな気がしてきた。ゼルクは本気だ。ケルベロスも含めて三つのお墓を作りたい。
「な!? おいおい。一々そんな事をしていたら日が暮れちまうぜ」
ヴィクロスがマジかよ! と云うような声で驚いた。一々敵や味方のお墓を作っていたら日が暮れて仕事どころではなくなる。ヴィクロスはさすがに反対気味だ。だけど心が揺らぐ。
「ヴィクロスの云うとおりだ。今は先を急ぐべきだ」
ヴィゼルもヴィクロス同様に反対だった。ヴィゼルはヴィクロスと違って反対気味ではなかった。つまりヴィゼルはお墓を作る必要性がないと判断した。別の部隊の仕事だと思った。
「駄目だ! どんな命も亡くなれば平等にするべきだ!」
ゼルクの怒号が飛んだ。ゼルクには珍しい憤りだった。確かにゼルクの気持ちは大事なのだろう。だけど本当に一々そんな事をしていれば日が暮れるしなによりも大事な仕事を失う。
「……やれやれだな。分かった。ゼルク。お前の云うとおりにしよう」
しかしここに考えを改めたヴィクロスの姿があった。ヴィクロスは沈黙の際に飽きれたような口調を取っていた。しかしそれは嫌になった訳ではなかった。ヴィクロスの心変わりだ。
「ヴィクロス! ……く。多数決では負けたか。いいだろう。ゼルクの云ったとおりにしよう」
ヴィゼルが想定外だと云わんばかりに反応した。だけど沈黙をしてみれば冷静を手に入れていた。だからヴィゼルは仕方がないので多数決で負けたと云った。三人の意見が合致した。
「二人共」
ゼルクは感動を覚えた。こんなにも同調してくれる二人がいてくれてゼルクは凄く嬉しかった。そもそもゼルクはジェネガルの息子が亡くなるまでは割とお墓を尊重していなかった。
「御託は後だ。今は早急にお墓を作ろう」
ヴィクロスが左右の腰に両手を当てるとお墓を作ろうと云ってくれた。ちなみにヴィクロスもジェネガルの息子が亡くなるまではお墓について考えもしなかった。人は変われる筈だ。
「うん!」
ゼルクが機嫌よく頷くとケルベロスに刺さった長剣に手をやり抜き始めた。それからゼルクはケルベロスから下りた。そしてすかさずゼルク達は簡易的だが三つのお墓を作り始めた。
こうしてゼルク達は慈悲を覚えたのだった。どんな命も亡くなれば敵も味方もない。そう。ゼルクは信じている。ゼルクはアルオス城に戻ったら墓守部隊を発足させるつもりだった。
こんなに小さくて申し訳がないけれどどうか安らかに眠ってくれよと云わんばかりにゼルクは三つのお墓の前で手を合わせた。不浄の魂が理想郷で生まれ変われるように平和にする。
そう。ゼルクは心の中で誓った。たとえこの戦争が人間のせいで起きたとしても人は変わっていける者だと信じていたい。切実に祈りながらゼルク達は三つのお墓を後にしたようだ。




