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人間6号 3  作者: 腹田 貝
伝輝とタカシ
12/16

ありさの冒険 ④ 早朝の動物園

長倉澄華に会う為に、伝輝・タカシ・ありさは、人間界へと出発する・・・

 まごころ荘前駅ホームに向かう途中、駅員の犬と軽く会釈を交わした。

 二人がホームに着いた時、電車の扉が開き、ありさが乗っていることを確認した。


「タカシさん、今日はよろしくお願いします」

 電車が走り出した後、ありさはお行儀良くお辞儀をした。


 ファーがフード部分についたカーキ色のモッズコートの下に、ゆったりめの白黒ボーダーニット。

 デニムショートパンツに厚手の黒タイツを履き、下は大人っぽい黒のショートブーツだ。

 今回は、青いニットキャップと以前よりも目深に被り、マスクで顔の半分以上を覆っていた。

 くっきりとした大きな瞳が、目立たなくなっている。


「『人間界では顔を隠すように』ってゴンザレスさんに指示されたの。

 女優に似ているってばれたらやっぱりまずいのかな?」


「俺は大丈夫だと思うけどね。

 子どもの頃の長倉澄華に君は似ているけど、すれ違う人間がすぐに君達を母娘だと結びつけやしないさ。

 でも、怪我しちゃいけないなら、肌を覆うに越したことないよ」

 タカシは優しい口調で言った。


 伝輝は黙っていたが、ゴンザレスの判断は正しいと思った。

 人間界のテレビチャンネルで、子役やアイドルを見ているが、ありさより可愛いと思える子は中々いないと思った。

 昇平や夏美も、同様のことを、テレビを見ながらつぶやいていた。


「エミリーさんは?」ありさは言った。


「彼女は勝手に合流してくると思うよ。

 エミリーちゃんも新幹線に一人で乗るのは難しいだろうから、その時はこのバッグに入ってもらうよ

 あ、エミリーちゃんを呼ぶ時は『ちゃん』で呼ばなきゃ怒られるよ」


 タカシは犬のままだと大きすぎる黒い肩掛けバッグをパンパンと叩きながら言った。

 中にはほとんど物が入っていないようで、ベコッと凹んだ。


「あの、タカシさん。

 前から気になってたんだけど、何でエミリーちゃんは四足歩行で裸なの?

 裸で外歩いても、捕まりはしないけど、困る動物だっているんじゃないの?」


「エミリーちゃんは自由に生きる猫だからね」タカシは苦笑いした。


 伝輝は、動物界では裸でうろついても犯罪にはならないことを、初めて知った。

(そう言えば、普通にあのまんまでスーパーに行っていたな)

 確かに猫の雄が彼女を見たらどう思うのだろうかと、改めて思った。


     ◇◆◇


 まごころ動物園前駅に到着し、三人はホームに降りた。


「さてと、今回は園外出口から出るぞ。

 伝輝は、人間用の動物園入口から中に入ってくれ。

 この時間に、従業員以外のヒトが、園内から出てきたらおかしいからな」


 そう言って、タカシはポンと姿をヒトに変えた。

 肩に提げたバッグが丁度良い大きさになった。

 タカシは犬耳と尻尾が出ていないか、念入りに触って確かめた。


「すごーい! こんな近くで、ヒトに化ける瞬間初めて見た!

 本当に一瞬で変わっちゃうんだ!」

 ありさは目をキラキラさせながら言った。


 伝輝も初めて見た時は驚いたが、ずっと動物界にいるありさがこんなにも驚くとは意外だった。


「化けは着衣や化粧と同じ感覚という動物もいるから、あまり誰かが見てる前ではやらないものなんだ。

 俺は気にしないけどな」 



 外を出ると、氷のような空気と風が三人に突き刺さった。

 園外用出口は、まごころ動物園の入口部分に隣接する公衆トイレだ。

 これもまた「故障中」と書かれていて、出入口として利用する以外では誰も近づかない。


「俺達は、あそこのベンチで待っているから、お前だけで行ってくれ」


「何で? まぁ、別に良いけど」伝輝は首を傾げた。


「あんまり、動物園には行きたくないんだ、正直なところ。

 だって、動物が裸で外に出て、聴衆に晒される場所だよ。

 開園前でも、夜勤で飼育動物のフリして泊まっている動物もいるって聞くし」


「私も行きたくない。タカシさんと待ってるわ」


「ふーん、分かった。行ってくるね」

 伝輝は従業員用入口に向かった。


     ◇◆◇


 夏美が予め連絡しているので、インターホンを鳴らせば、中に入れることになっている。

 入口の扉が開き、口髭をたっぷり蓄えた眼鏡の男性が現れた。


「驚いた。昇平さん、そっくりだ。

 伝輝君のお父さんはまだここに戻って来ていないんだ。

 昨晩、人間界の動物病院の救急センターに行ってもらっているからね。

 事務所に案内するから入って」


 伝輝は男性の斜め後ろ横の位置を維持しながら一緒に歩いた。

 この男性が人間なのか、ヒトなのか、動物なのか判断に迷った。


 見た目年齢は五十代位だろうか。

 背は高すぎず低すぎず、シルエットも太すぎず細すぎず。

 それでも、前を開けたダウンから見える腹回りはぽっこり膨らんでいた。

 こげ茶色の口髭が上唇を越すほどに生え、両頬は皮が伸びているかのようにドロンと垂れ下がっている。


「昇平さんには二人のお子さんがいるとは聞いていたけど、こんなに大きな息子さんだったとは。

 自己紹介が遅れて申し訳ない。

 私はこの動物園の園長をやっている前田という者だ。

 まごころ荘では、息子の香がいつも世話になっている」


「えー!?」

 全然、似ていない。

 いや、親子だからって必ずしも似ているとは限らない。

 すべての家族は、自分のところと同じではないのだ。


 そう言い聞かせている内に、事務所に到着した。

 ドアのボードには「関係者以外絶対立ち入り禁止」と赤い太字でしっかり書かれている。


 前田園長がドアを開けようとすると、先にドアが開いた。

 ライムグリーン色の暖かそうなフリースジャンパーを羽織った前田さんが出てきた。

 黒のネックウォーマーを口元まで覆い、フルフェイスのヘルメットを脇に抱えている。

「園長。すみませんが、お先に失礼します」


「昨晩は悪かったな。連勤なのに残ってもらって。

 今日はゆっくり休んでくれ。

 バイク運転なんだから、気をつけて帰ってくれよ」


 前田さんはペコリとお辞儀し、スタスタとその場を去って行った。

 伝輝とも目が合ったが、軽く会釈し微笑んだだけで、言葉は交わさなかった。


 誰もいない事務所に入り、前田園長はぐーんと伸びをした。


「ねぇ、君もまごころ町に暮らしているなら、当然この動物園の秘密は守ってくれるよね?」


 突然の問いに、伝輝はコクリと頭を上下に動かした。


「それじゃあ、失礼」

 そう言って、前田園長は瞬く間に、ヒトから灰褐色のゴツゴツした動物へと変わった。

 顔を見ると、顔の中央に低く盛り上がった角が生えていた。

 耳や頭頂からうなじにかけて、茶色い毛がフサフサと伸びている。


「私の種を見るのは初めてかい?

 私はスマトラサイだ。サイの中でも希少な、体毛を生やした種なんだよ」


「え? じゃあ・・・?」

 まさか前田さんもサイなのか?

 伝輝は衝撃の事実を知ったように感じた。


「私と香は、人間界で親子のフリをしているんだよ。

 香は正真正銘、ヒトだよ」

 前田園長はごわついた皮膚を動かしながら微笑んだ。


「君を事務所に呼んだのは、昇平さんから言付けを受け取ったからさ」

 前田園長は太い指でポチ袋を差し出した。

「今日は早朝からデートらしいね。

 昇平さんがお礼も兼ねて、お小遣いだとさ。

 まぁ、私が立て替えているんだけどね」


「あ、ありがとうございます・・・」

 伝輝は恥ずかしさで俯きながらそれを受け取った。

 恐らく昇平も夏美も、家族・自分のことを包み隠さず話しているのだろう。

 

「うっかり事務所に置いて来たまま、入口に行っちゃってね。

 しかも、サイの手じゃないと反応しない金庫に入れていたから、こうしないと渡せなくて。

 君を寒空の下で待たせるのも悪いし、すぐヒトに化け直すのはしんどいから、ここまで来てもらったよ。

 時間取って悪かった。

 荷物はそこの昇平さんのデスクに置いてくれたまえ」


 両端が書類で山積みになったデスクの上に、伝輝は無理やり紙袋を置き、事務所を後にした。


     ◇◆◇


 動物園入口傍にあるベンチで、タカシとありさは並んで座っていた。

 ヒトに化けたタカシに興味津々のありさは、チラチラと視線を送っている。


「あの・・・、手触ってみても良い?」


 断る理由もないので、タカシはスッとありさ側にあった左手を差し出した。

 ありさはその手の平を両手で掴み、まるで目利きするかのように、あらゆる方向から眺めた。


「凄い。質感も毛の量も、ヒトそっくりだわ」


「爪には気をつけて、どうしても本物のヒトより鋭くなっているから」


「感触はどんな感じ?」

 そう言って、ありさは指でタカシの手の平をコチョコチョと掻いた。


「ちょっと、ありさちゃん、くすぐったいって」

 タカシの表情が照れくさそうに緩む。


「えー? じゃあこれはー?」

 ありさはふざけて、タカシのコートの袖をまくろうとした。


「・・・何やっているんだ、タカシ?」


 タカシとありさは声のした方を向いた。

 二人の正面には、ライムグリーン色のフリースジャンパーを着た前田さんが立っていた。


 丁度その頃、伝輝は従業員用入口から外に出て、ベンチに向かうところだった。

 二人と向き合う、前田さんの後ろ姿が見えた。


「前田さん・・・」タカシの表情が緊張で強張る。


「その女の子と何やっているんだ? タカシ!」


 ガシャンとヘルメットを地面に落とし、前田さんはおもむろにタカシの胸ぐらを掴んだ。

 強引にタカシをベンチから立たせると、もう片方の拳でタカシの頬を殴った。


「キャッ!」ありさが小さな悲鳴を上げた。


 バランスを崩したタカシは、地面に尻もちをついた。

 黙ったまま前田さんを見上げる。

 

「貴様、一体どういうつもりなんだ・・・?」

 前田さんは、タカシを睨みつけた。


 その様子を見ていた伝輝は、いつもの穏やかな前田さんとは真逆の姿を見た。

 怒りと憎しみを込めた目で、タカシを見ている。


「伝輝!」

 伝輝が来たことに気付いたありさが、パッと近付き、伝輝の右腕にしがみついた。


「え?!」初めてのことに伝輝はどうして良いか分からなかった。


「伝輝君・・・?」

 前田さんは、二人の方を見た。

 それに気付いたありさは、更に身体を伝輝にくっつけてきた。

 腕に伝わるフカフカした感触は、セーターを着ているからなのか?


「そういうことか・・・」

 前田さんの表情がフッといつもの穏やかなものに戻った。

 タカシから離れ、ヘルメットを拾い、伝輝達に近付く。


「驚かせてごめん。

 ちょっと、勘違いしちゃったよ。

 こんなに朝早いってことは、結構遠くまで行くのかな?

 だとしたら、大人の付き添いはあった方が良いよね。

 気をつけて行ってきてね」


 そう言って、前田さんは走ってその場を後にした。


 前田さんの姿が遠くなった頃に、ようやくタカシが起き上がった。

 頬は赤くなっているが、タカシは笑みを浮かべていた。


「やれやれ、これからは注意が必要だな。

 俺がありさちゃん位の女の子と二人っきりでいるのは、あまり良くないようだ。

 さ、駅に行くよ」


 タカシは駅に向かって速歩きで進み始めた。

 ありさはパッと伝輝から離れ、タカシについて行った。

 伝輝は心のモヤモヤが晴れないまま、足を動かした。  


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