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繰り返される幻想譚 第二話

「そういうことであれば、今夜、この地を訪れたことは正解でした」


 旅人はその言葉に確信を込め、強い口調でそう言った。


「そう言われるからには、これから、彼の墓を訪れるおつもりですか?」


「ええ、貴方は信頼のできそうな人ですから、特別にお話ししますが、これから私が口にすることは秘中の秘です」


「分かりました。あなたがこの墓地で何をなさろうとしているのかを、ぜひ、お話しください。私には身内もおりませんし、そのお約束は必ずお守りします」


「説明するまでもないことです。これからソフラス様の墓を訪れ、彼を蘇生させるつもりです。いや、主人を甦らせると、表現した方がいいですかね」


「なるほど、魔術による蘇生を行おうというわけですか。どこにでもありそうな話です。しかし、どこにでもあってよい話とは、とても思えません」


「確かに蘇生には反対の人もいるでしょう。これは人外の秘法ですからね。しかし、どうか、お許しください。私にとって、というよりもソフラス様はこの国全体にとって必要不可欠な存在なのです……」


「あなたは人の身でありながら、魔術を身に付けているということですね?」


「そのことについては、今はこれ以上話したくはありません……。ただ、私はこの仕事に命を賭けているのです……」


「それほどの決意をお持ちなら、お引止めすることは無理のようですね」


 牧師はずいぶん心配そうな面持ちで、そのように述べた。旅人は悪魔的な視線を寄こしただけであった。


「分かりました。もうお引止めはしません。ですが、黒魔術の使用については、大きな不安が残ります。この私も現地までお供してもよろしいでしょうか?」


「ええ、それは構いませんよ。ただ、後になって後悔なさらないように……」


 旅人は冷徹な表情でそう答えると、少し笑ってみせた。館の外はいまだ強い雨が降り注いでいた。この荒天では外出することはできない。ふたりはしばらくの間、たわいもない話をして過ごすことにした。


「あと数十分も待てば、雨が上がって出かけることができるでしょう。おや、先ほどから顔色が冴えませんね。何か心配事でもあるのですか?」


 旅人にそう尋ねられて、牧師は反射的にその顔を上げた。


「自分の信仰と罪について思いを巡らせておりました……」


 牧師は緊張した表情でそのように答えると、恐怖に耐えるように少し身を振るわせた。


「実は若い頃、拳銃を用いてひとりの著名人を殺害しました……。初めは自分の為した罪に脅えて過ごしました。事件を起こしたのは二十代の頃です。三十になる頃には、きっと他の誰かの密告によって逮捕されると思っていました。時は無情に進み、罪の意識に脅えているうちに四十代、そして、五十代になっていました……。今は平気でいても、そのうちには警察や復讐者が自宅に訪ねてくるものと思い込んでおりました……。その信じがたい恐怖のうちに、六十代、七十代と時間は経過し、私はいつしか、取返しのつかぬほどに歳をとっていたのです……」


 旅人はそれを聞かされて動揺することなく、少し笑ってみせた。


「私の見立てでは、貴方は大多数の人々から敬愛されているようです。その殺人にはきっと深い意味があったのでしょう? 誰かを救うための殺人だったのでしょう? 大きな罪を為したというのは、きっと思い違いですよ。悪が在るからこそ善が在るのです。もし、この世界から悪人が消えてしまったら、警察も神父も必要なくなる。そう思いなさい。例え、我々が悪事を為したとて、この国の別の地方では善を行う人が現れるわけで、そこで釣り合いが取れているわけです……」


 時計の針が十時半をさす頃、窓の外の雨はずいぶんと小降りになっていた。それを確認すると、ふたりは墓地の中央区へと出かける支度を始めた。牧師は物置の奥から銀色に輝く片手剣を取り出してきた。


「ほう、その美しい剣で私のことも守ってくださるのですか?」


 旅人はいたずらっぽく笑いつつ、そう尋ねてみた。


「いえ、おそらくは自分ひとりを守るのが精一杯でしょう」


 牧師は自信なさげにそう答えた。


 ドアを開けて外へ出ると、空気は先ほどまでより、さらにひんやりとしていた。どこからか、烏たちの鳴く声が聴こえてきた。


「ここから、ソフラス氏の眠る墓地の中央区まではおよそ二マイルほどです。体力の方は大丈夫ですか?」


 若者は黙ってその問いに頷いた。


「やはり、貴方が付いてきてくれてよかった。私ひとりでは暗闇の中で立ち往生する羽目に陥り、途方に暮れていたことでしょう……」


 ふたりは暗く不気味な細長い山道を進んだ。道の脇には野垂れ死んだ者たちの遺体が、いくつも横たわっていた。わざわざ墓地の奥にまで出向いて来て、死体を恐れる者はいない。牧師としても、今のところ、不穏な気配は感じていなかった。


「この地には、中世の頃、処刑場が在ったという事実については、ご存知でしょうか?」


 不意に牧師の口からそのような問いがこぼれた。


「いえ、まったく知りませんね。処刑場ですって……? それが本当だとすれば不吉な話ですね……」


「そう、この辺り一帯は巨大な処刑場であったのです……。ここで無残に殺された人間のすべてが悪人であるとは思えません。おそらくですが……、無実の罪で捕えられ、拷問の末に処刑されてしまった人も大勢いたのでしょう……。この地、それは今我々が歩いている地点のことですが、深夜に外出をしますと、報われぬ亡霊たちの魂が、まるで幻想のように漂っていることがままあるのです。私はこの付近でよくそういった光景を見ます……」


 その話を聞くと、旅人は少し不快に思ったらしく、次のような返答をした。


「それは、この私という存在も、実は幻想だと仰りたいのですか? 私にはこの通り血肉があります。誰かが夢見ている幻想などではありません」


「それはこの私も同じです。これまで生きてきた過去の記憶も、この国の一市民としての思想も、きちんと持ち合わせています。しかしね、実際はどうなんでしょう? 我々、この呪われた地方に棲む人間は、その役割を終えて地面に帰るとき、この身は朝霧のように消えて大気の中に溶けてしまうのかもしれませんよ。そうなって初めて、自分の人生のすべてが、実際には幻想であったことを知るのかも……」


「バカバカしい! そんなものは子供たちを寝かしつけるための寓話ですよ。貴方も私も、人間として生きる明確な理由を持ち合わせているではないですか!」


「それは存じております。しかし、この世界のすべてが幻想であるという仮定に立ったとき、この自分自身も実は想像上の生き物ではないのか、という疑念は消えません……。それは、これまでこの地において、余りにも多くの幻覚を目の当たりにしてきたからでしょう……」


「そのようなくだらない話は、もう、よしましょうや。おや、足元がふらついていますよ。ご気分は大丈夫ですか?」 


 牧師はそのように言われると、気を入れなおした。彼は視線のさらに先にある、北方の高台を指さした。


「貴方の目的地は、おそらくあの辺りです……」


ここまで読んで頂き、ありがとうございました。三話で完結します。よろしくお願いします。

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