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繰り返される幻想譚 第三話


「ああ、わかりました! ほら、もうすぐ、ソフラス様の墓石がある十三番地区ですね。ここまで来れば、私にも道が分かります。彼の気配がここまで伝わってきますからね。いよいよ、目的地が近づいてきましたぜ」


 旅人は前方を指さして嬉しそうにそう叫んだ。付近には多数の墓石が並んでいたが、その中には何者かに破壊され、なぎ倒されたものもあった。


「ここはよくない地区です……。常に妖気が漂っています……」

 

 牧師は胸に手を当てて、消え去りそうな声でそう呟いた。ふたりは墓地の中心部を目がけて慎重に進んだ。ソフラス氏の墓は巨大な漆黒の御影石によって造られていた。ふたりは墓石の銘を確認すると、その前で立ち止まる。数千人もの庶民の犠牲にして築き上げた、その莫大な資産によって造られた墓石である。牧師は思わず目を背けた。


 旅人は感激のあまり、その墓前に跪(ひざまず)いた。やがて、現世では意味の通じない言葉で、墓石に向けてしゃべり始めた。彼の目は怪しい紫色に輝き始めた。どうやら、この男も人ではなかったらしい。牧師は彼のそんな変貌を見ても、特に身じろぎもせず、その時が来るのを待ち構えていた。


 旅人は上着の内ポケットから紙片を取り出し、それを見ながら、何か歌うように祈り始めた。旅人のその唄は人間界のものではあり得ず、魔界の呪文のように辺りに響いていた。牧師は思わずその身を強ばらせ、自分の耳を塞いだ。その異様な祈りの言葉が終わると、墓石の下から人間界では見たこともない巨大な悪霊の上半身が這い出してきた。牧師はその目に、復活に成功した悪魔の姿を見ることになった。巨大な腕が土を掻き出すようにうごめき、ついにその全身が眼前に現れた。


「よかったね、親父さん。俺だよ、ここまで助けに来たんだ……、あなたは貴重な存在です……。この世界にとって必要な人なんです。ですから、黒魔術を使って生き返らせたんだよ……、本当によかった……」


 この世で最後の人語とさえ思われる、その台詞を吐いたとき、旅人の身体は赤茶色に変色して、悪魔と同様の風体に変化していた。その大きな耳は尖り、その瞳は金色に輝いていた。彼の姿が亡者と化したわけではなく、元来、旅人のふりをしていた怪物であったわけだ。人間として活動していた頃の記憶や理性は既に無くなっているのだろう。つまりは、悪魔の王とそれを迎えに来た手下という間柄である。蘇った大悪魔の記憶の方も、少しずつ甦りつつあった。怪物は天に向けて雄叫びを上げた。ふたりは再会を祝い、その手と手を取り合おうとした。


「待て、お前たちをこのまま許すわけにはいかん」


 その大声に悪魔たちは振り返った。老牧師は持ってきた剣をすでに鞘から抜いて構えていた。彼は懸命にすがりつこうとしてくるその怪物たちを、その剣で何度も切り払った。まだ、この世界の空気に馴染んでいない、復活したての悪魔たちは、その猛攻に抗うことさえ出来なかった。彼が所持していたのは、数百年前からこの地に伝わる聖剣である。悪霊たちの肉体を何度も切り刻み、やがて、呪われた亡者たちの姿は、大気の中で霧散していった。悪魔の討伐に成功すると、牧師は肩を震わせながら大きく息を吐いた。


「化け物どもめ! お前たちのような悪魔が、何度ここを訪れても、その度に成敗してやる! 私はこの墓地の守り神でもある。不正な手段を用いて、悪人を甦らすことだけは絶対に許されん!」


 老人は吐き捨てるようにそう言うと、少し安堵した様子を見せた。墓地には再び静寂が戻っていた。彼はソフラスの墓に背を向けると、もと来た暗い道の方へと歩んで行く……。その足音はか細い。思えば、彼も罪びとであり、真っ当な人間ではあり得ないのである。しかし、その目的はなんとか果たされた。ふたつの悪霊を退治した、その老人の姿は、一歩歩むたびに、幻想のように揺らいでいき、やがて、朧となって闇の中で消えてしまった。


 これから後のことについては筆舌を尽くして語る必要はないだろう。いくら時が経っても、この忌わしい地方に朝はやって来ないのだ。しばらくすると、雨はまた強く降り始める。山地の坂上から坂下に向けて、滝のような水量が地面を流れ落ちる。その凄まじい嵐の中を、ひとりの旅人が坂を登ってくる…。やがて、豪雨に行く手を遮られた彼は、その水のカーテンの向こう側に、この付近の墓地の管理人の宿舎と思しき建物と、窓枠にほのかに輝く、その灯りを見つけるのだろう……。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。他にも多くの短編作品がありますので、できればそちらもご覧ください。よろしくお願いします。

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