7.ジャック・ローレンの正体
朝の光が差し込む教室にサラが足を踏み入れると、キャサリンが弾んだ声で駆け寄ってきた。
「ねえ、聞きました?」
キャサリンから抑えきれない興奮が溢れていた。サラは椅子に鞄を置きながら、首をすくめた。
「何をですか?」
「ジャック・ローレンの新書『花畑で君を待つ』が、学園祭の舞台に似ていると噂になっているんです」
その一言に、サラはその場で凍りついた。表情には出さないよう、平静を装った。
「ジャック・ローレンが学園祭の舞台を観て、それを元に『花畑で君を待つ』を書いたんじゃないかって。もしサラ様の台本を元にしているのなら、それは盗作ですわ。訴えてはどうですか?」
キャサリンの言葉は、悪意のない純粋な正義感から出たものだった。しかし、その一言一言が、サラの胸に鋭い針のように突き刺さった。息をするのも忘れて立ち尽くすサラに、キャサリンは心配そうな顔を向けた。
「訴えるなんて……たまたま似ていただけでしょう」
かろうじて声を絞り出したサラは愛想笑いを浮かべた。
台本から大きく設定を変えた。登場人物の名前も職業もサブストーリーもすべて練り直した。それでも、根底にある物語の骨格までは、完全には隠しきれなかったのかもしれない。
サラは窓の外で揺れる木の葉を眺めながら、「大丈夫。噂はすぐに収まる」と自分に言い聞かせた。
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しかし、サラの願いは叶わず、事態は悪化した。『花畑で君を待つ』の発売から一か月が過ぎた頃のことだった。
「この記事に書かれているのは、サラ様ですよね?」
キャサリンが手にした新聞を見て、サラは目を大きく見開いた。紙面には、大きな見出しが躍っていた。
【ジャック・ローレンの正体は公爵令嬢か?】
記事には、小説と王立学院の学園祭で上演された舞台との共通点が事細かに列挙されていた。さらに、ジャック・ローレンの代理人が公爵家に仕える使用人であること、台本の作者が公爵令嬢であると書かれていた。そして、その婚約者が王族であるという一文。名前こそ記されていなかったが、ジャック・ローレンの正体は誰の目にも明らだった。
新聞を持つ手が震えた。教室の喧騒が遠くに聞こえた。サラはその場に立ち尽くしたまま、言葉を発することができなかった。
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その日の夕方、屋敷に戻ったサラは、父の執務室へと呼び出された。重厚な扉を開けると、父は机の上に新聞記事を広げていた。
「この記事は本当なのか?」
父の声は静かだった。記者から取材の申し入れがあったものの、家人がすでに丁重に断ったのだという。
サラは机の上の記事を、ただぼんやりと見つめた。記事の内容は的確だった。何より、代理人のケリーが公爵家の使用人である以上、真実が明るみに出るのは、時間の問題だったのだろう。これ以上、取り繕うことはできない。
サラは小さく息を吸い込んだ。
「はい」
蚊の鳴くような声で頷くと、父は沈黙した後、意外にもふっと頬を緩めた。
「そうか」
その反応に、サラは戸惑いを隠せなかった。
「怒らないのですか?」
「才能のある娘を怒る親はいない。むしろ、誇らしいことだ」
父は照れくさそうに頭をかいた。その飾らない言葉に、サラの胸が熱くなった。理解のある父の元に生まれて、本当に良かった。緊張の糸がふっと緩み、目に涙の粒が溢れ出した。
父はサラが落ち着くのを、優しい目で見守ってくれた。
「そういえば、小説を売って稼いだ金はどうしたのだ?」
涙を拭いながら、サラは静かに答えた。
「孤児院に本を贈りました。字が読めれば、孤児が仕事を見つけるのに役立ちますから」
その答えを聞いた父は、感慨深そうに何度も頷いた。
「そうか。さすが、私の娘だな」
再び緩んだ父の頬を見つめながら、サラは照れたように頷いた。
新聞に視線を移した父はふと表情を曇らせ、苦笑いを浮かべた。
「あとは、国王にどう説明するかだけだな」
窓の外では、夕暮れの茜色が空を静かに染めていた。




