4.舞台の台本
王立学院から屋敷に戻ったサラは、静かにワードローブの扉を開けた。その中には一枚の絵――エドワード・ハリスの穏やかな笑顔が、蝋燭の灯りに照らされて浮かび上がった。
「エドワード様、今日は大変でしたの」
返事のあるはずもない絵に、サラは今日一日の出来事を語りかけた。それは、この一年続けてきた習慣だった。
誰にも打ち明けられない胸の内を、この絵にそっと明かした。エドワードは何も言わず、聞いてくれた。いつもと変わらぬ笑顔で、じっとサラを見つめてくれた。
それだけでサラは幸せだった。
「本当に出演することにならなくて良かった。学園祭には大勢の人がいらっしゃるの。そんな舞台で私が演じられるわけがありませんもの」
生徒会役員の中には、王子と公爵令嬢の主演を期待していた者もいた。リネール王国の王と王妃になる二人のお披露目に、観客は喜ぶだろうという打算だ。けれど、人にはそれぞれ向き不向きというものがある。もしサラが演じることになっていたら、緊張のあまり一言も発せられなかったに違いない。想像しただけで、背筋がぞくりとした。
「さて、台本を書きましょうか」
サラは椅子に腰を下ろし、机の上に羊皮紙を広げた。虫の音が静かに響き、月明かりが部屋を淡く照らしていた。羽根ペンを手に取ると、インク壺にそっと浸す。そうして、帰り道の馬車の中で、頭に描いた物語を文字にした。
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花屋の息子ジャンと、女優を夢見る幼なじみのアンナ。二人は十歳の頃に「大人になったら一緒に花畑を作ろう」という約束を交わした。
月日は流れ、十八歳のある日、アンナは「王都の劇団へ入るため町を離れる」とジャンに告げた。ジャンは「アンナの夢を応援する」と言った。が、それは本心ではなかった。アンナが王都に行くのを阻止したかった。でも、その勇気がなかった。
出発の日、アンナはジャンの花屋にやってきた。
「あの約束、忘れてないよ。でも夢も諦めたくない」とアンナは苦笑いした。
ジャンは花屋の跡継ぎ。この町から出られない。ジャンはアンナに町に残ってほしかった。それと同じくらい、町に縛られた自分の代わりに、アンナに活躍してほしかった。
ジャンは花束を差し出して、「ずっと好きだった」とアンナに想いを伝えた。アンナは「知ってた」と頬を赤らめ、ジャンを抱きしめた。二人は五年後に再会することを約束した。
季節が巡り、ジャンは満開の花畑に立っていた。町を出られないジャンは、アンナに見合う男になろうと必死だった。そのために、二年前に手に入れた花畑。
そろそろ約束の五年が経つ。アンナは戻ってくるだろうか? ジャンが茜色になった地平線を眺めていたら、手を振る女性の姿があった。
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夢を追う者と、町に縛られる者。互いを想いながらも、それぞれの道を選ぶ二人の物語。台本を書き終えた頃には、窓の外から薄い光が差し込んできた。
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台本を生徒会に提出すると、すぐに採用が決まった。
生徒会では学園祭の準備が始まった。出演者は放課後になると練習に励み、衣裳と舞台の制作も着々と進められた。サラは、稽古場と制作現場を行き来しながら、出演者の演技や衣裳、舞台装置の細部を確認しては、台本に修正を加えた。
ある日の午後、衣裳を制作するルイの作業場を訪れると、机の上に看板が置かれていた。劇場の前に飾るための宣伝用の看板だという。そこに描かれていたのは、まさしくサラが妄想したジャンとアンナの姿だった。
ジャンの少し垂れた優しい眉、アンナの意志の強そうな瞳。サラが文字にした二人の魅力が、見事に表現されていた。まるで、サラの頭の中から抜け出してきたかのようだった。
「すごいですね。まるで……」
まるでフィリップみたいです。そう続けようとして、サラは慌てて言葉を呑み込んだ。ルイがフィリップのことなど知るはずもない。もし口を滑らせれば、余計な詮索を招きかねない。
サラは何も言わず、その絵をずっと眺めていた。窓から差し込む夕陽が、看板の中の二人を照らしていた。




