3.劇作家
授業の終わりを告げる鐘の音が、王立学院に響いた。窓の外を見ると、初夏の陽射しが庭の芝生を眩しく照らしていた。どこからか生徒の笑い声が聞こえた。
サラは教科書を鞄にしまいながら、小さくため息をついた。これから向かう生徒会のことを考えると、気が重かった。
王立学院には、いつからか誰が言い出したともわからない、不思議な風習があった。生徒会はリネール王国の高位貴族によって運営されなければならない――そんな暗黙の了解が、まるで規則であるかのように王立学院に浸透していた。サラの両親も知っていたから、数十年続く風習である。
破ったところで罰則があるわけではない。それでも、誰一人としてその風習に逆らう者はいなかった。公爵家のサラもまた、当然のように生徒会役員に名を連ねていた。
生徒会長を務めるのは、第一王子のルイ。サラの婚約者である。ルイもまた、この風習に抗うことができず、周囲の役員たちに促されるまま生徒会長という重責を背負わされた。いわば犠牲者のひとりだった。
生徒会室の扉に手をかけ、そっと押し開けた。木製の扉が軋む音とともに、室内の雑音が廊下に漏れてきた。サラは扉の前に立つルイと目が合った。
「助けてほしいんだ」
開口一番、ルイがそう言った。その顔には引きつった笑みが浮かんでいた。サラは思わず息を呑んだ。
ルイはサラの婚約者ではあるが、学院内で言葉を交わす機会はほとんどない。行事があれば婚約者として並び立ち、儀礼的な挨拶を交わす。それだけの関係だった。日常の何気ない会話など、これまで一度たりとも交わしたことがなかった。
聞けば、他の生徒会役員と学園祭の催し物について話していたという。王立学院の学園祭では、教室ごとに模擬店や展示、演劇といった催し物が企画されるのが恒例だ。
「生徒の模範とするために、生徒会で演劇をするのはどうでしょう?」
ある役員がそう提案したのだという。正式な決議は次の生徒会に持ち越されたが、他の役員たちも賛同の意向であり、可決される見込みが高い。まったく、余計なことを言い出したものだ、とサラは小さくため息をついた。
「このままでは、君と僕が主演になりそうだ」
サラの心臓がどくりと跳ねた。内気なサラにとって、人前で自分の意見を述べることさえ大きな苦痛だった。ましてや、大勢の観衆の視線を浴びる舞台の上で役を演じるなど、できるはずがない。想像するだけで手のひらに冷たい汗がにじんだ。
「いやです。やりません」
思わず即答したサラに、ルイは困ったように頭をかいた。
「そうだよね」
サラを責めるような素振りはなかった。むしろ、サラに同情しているようだった。
生徒会には、人目を引く華やかな容姿の役員もいれば、演劇部に籍を置く経験豊富な役員もいる。彼らが主演を務めた方が、よい演劇を観客に提供できる。内気なサラとルイが舞台に立つよりも、よほど良い結果を生むはずだ。
「出演できない理由があれば、断れると思うんだ」
ルイが窓の外に視線を向けた。空が茜色に染まり始めていた。
「たとえば、楽器を演奏するから舞台に立てない。これなら断る理由になるはずだ」
サラは静かに首を振った。楽器の心得はまるでない。指先は不器用で、衣裳作りも到底できそうになかった。自分にできることは、物語を書くことだけだった。
「演劇の台本を書けば、出演しなくてもいいですよね?」
声が自然と弾んだ。それは、サラにとって数少ない、胸を張れる才能だった。ルイは目を丸くした後、小さく苦笑を浮かべた。
「いいと思う。じゃあ、僕は衣裳を作ろうかな」
まさかルイに裁縫の心得があったとは思いもよらなかった。とにかく、これで二人とも舞台に立たずに済む。
窓の外で風に揺れる木をぼんやりと眺めながら、サラは深く息を吐き出した。
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次の生徒会の日。議題は学園祭の催し物について。生徒会として演劇を披露する案は、賛成多数で可決された。
「リネール王国の主役は国民だ。王族は裏方に徹し、主役になってはいけない」
ルイの上ずった声が聞こえた。もっともらしい理由を並べ立てると、居並ぶ役員たちは感心したように頷いた。
「殿下、さすがです!」
王族への忖度は、貴族社会を生き抜くための処世術のひとつなのだろう。誰も異を唱える者はいなかった。
演劇部に籍を置く男女の役員が主演を務め、サラは台本執筆、ルイは衣裳製作を担当することが決まった。
会議室の窓から差し込む夕陽が、机の上に長い影を伸ばしていた。サラはほっと胸を撫で下ろしながら、主役の二人をぼんやりと眺めていた。
あの二人はどこで出会って、どんな恋をするのだろう……サラの口元に笑みが浮かんだ。




