file4 寄せ集め部隊
……これは驚いた。
作戦の本気度は予算で分かるというが、黒鷲隊の本部は王都の一等地に建てられていた。
没落した侯爵の屋敷を改築したものらしいが、かなり手が加えられている。
門には既に、アリージャ公爵の私兵が立っていた。
「お疲れ様です! 第三隊長殿!」
「お、おう、お疲れ様」
彼等の敬礼を受け、屋敷内に入る。
昨日のうちに会議の日程と、本部の場所が示された地図を渡されていたが、まさか近衛師団に勝るとも劣らない規模の本部が建てられるとは思いもしなかった。
早めに来て正解だったな……
◇
本部の作戦室の一室に、俺を含めた四人の隊長が集まっている。
「方針は単純だ」
机の前に立つアリージャ=アルタイル公爵が口を開く。
「王都全域の警戒を強化する訳だが、特に我々が護るべきは民間区画だ。王城及び神殿、貴族区画は白鷲隊に任せる。なお、敵が既に入り込んでいる可能性を考える以上、24時間体制での警戒は必須だ」
「妥当だな」
ゴドリゴ=ゴレムス伯爵が低く唸る。
改めてみても岩みたいな体格の男だ。座っているだけで威圧感がある。
剛腕の騎士と呼ばれているらしいが、成程、相応しい風格を持っている。
「問題は人員だ」
アリージャ公爵の視線が、こちらに向いた。
「第三隊長ケイン、君には部下がいないな」
「……まぁ、俺はたかが軍人ですし、皆様のように私兵を雇っているわけでもありませんからね」
俺は肩をすくめた。
東部の俺が率いていた小隊の人員を連れて来られれば話は早かったが、俺は一時的に軍を離れている身である。
たかが一介の少佐が彼等を引っ張ってくるには、道理も階級、権限も足りなかった。
「そのため、公募で人員を集めている。ルーナ、資料を」
アリージャ公爵に促されたルーナが資料をめくりながら説明する。
「腕に覚えのある者達を、雇用という形で黒鷲隊へ編入する予定です」
「ふむ、ちなみに現時点で応募者は何人くらいだ?」
「百人は超えていますね」
「多いな」
「その代わり、質は保証できません」
申し訳なさそうなルーナに、俺は苦笑した。
「構わない。ゼロよりはマシだ」
「そうとも限らんぞ」
ゴドリゴが鼻を鳴らす。
「質の悪い兵は、敵より厄介だ」
「違いない。だが、俺一人で24時間警戒は勘弁して貰いたいな」
言うことを聞かない味方ほど危険なものはない。
だが、結局のところ数が揃っていないと話にならない。
さて、どんな連中が集まったのか……
「ちょうど、今日の午後に集合させる予定だっただろう。ケイン、その目で採用して来るといい」
「ええ、そうしようと思います」
アリージャ公爵もとい総隊長殿に命じられ、今日のが午後は俺の部下を採用しに行くことになった。
◇
集合場所だと言う練兵場に着いた瞬間、俺は思わず目を細めた。
「……酷いな」
それが率直な感想だった。
確かに集まっていたのは百人以上だが、整列している者はほとんどいない。
座り込む者、酒臭い者、壁にもたれて欠伸をしている者、こちらを見ても姿勢を正さない者。
傭兵崩れ、あるいは、ならず者。
王都警備には、到底向いているとは思えなかった。
「こちらが公募者達です」
事務官が気まずそうに言う。
「そうか……信じたくは無かったな」
俺が前に出ると、何人かがこちらを見た。
「お、隊長様か?」
「若ぇな」
「王都の坊ちゃんじゃねえの?」
舐めた声が飛ぶが、別に腹は立たない。こういう連中は前線にもいた。
そんな中、二人だけ、俺の前に姿勢を正して立つ者がいた。
一人は中年の男で、年齢は四十代半ばほど。
無精髭を生やし、古びた革鎧を着て、腰には無骨な長剣を持つ、なんてことは無い傭兵風の男だ。
派手さはないが、妙に目を引く。
立ち方に芯があるのだ。
肩の力を抜きながら、いつでも動ける位置に重心を置いている。
生き残ってきた兵士の立ち方だった。
「お初にお目にかかる。俺はガレスってもんだ」
「第三隊長のケインだ」
どこか惜しい、砕けた敬語という表現がぴったりな口調でガレスと名乗った男と、そして、もう一人。
「隊長!」
軽装の革鎧を纏い、二本の短剣を左右の腰に差した、若い女剣士が姿勢を正した。
王都では珍しい赤色の髪が特徴的で、やや小柄、可愛らしい美少女といったない外見だが、身のこなしはただ者ではない。
「君も公募組か?」
「はい。ロゼって言うっす!」
「よろしくな、ロゼ」
「こちらこそっす」
砕けた口調だったが、不思議と嫌味がない。
ロゼは俺をじっと見て、首を傾げた。
「隊長って、貴族様か何かっすか?」
「……違うが?」
一瞬だけ返答が遅れた。
ロゼは期待したように目を輝かせたが、否定されると露骨に肩を落とした。
「なんだ、違うんすか」
「何だとは何だ」
「いやあ、ここにいる連中のほとんど、貴族に顔売りたくて来てるだけなんで」
「ああ、どうりで」
納得した。だから俺を値踏みしていたのか。
貴族の後ろ盾があるなら媚びる価値がある。なければ無いと……分かりやすい連中だ。
「まあ、戦力になるかは怪しいっすけど」
ロゼが周囲を見回して肩をすくめる。
「そうだな」
だが、人は必要だ。問題は、どう選ぶか。
書類で選ぶか、面接でもするか、模擬戦でもさせてみるか……
少し考えた後、俺は木剣を一本手に取った。
「全員、聞け」
ざわつきが静まる。
「俺が黒鷲隊第三隊長、ケインだ。今から採用試験を行う」
「何すんだ?」
「走らされるのか?」
「何、そんな面倒くさいことはしない」
俺は木剣を肩に担いだ。
「俺と戦え」
一瞬、水を打ったような静寂が落ちる。
だが次の瞬間には、爆笑が起きた。
「はぁ!? 隊長様直々かよ! こりゃあ怖ぇ!」
「怪我しても知らねえぞ!」
「ああ、お互いに怪我は自分持ちってことにしよう」
品のないヤジが止まらないが、俺は構わず続けた。
「俺は一人だが、お前達は複数でかかって来てもいい」
笑いが止まる。
「さらに、俺に勝てた者は——俺の権限で第三隊長を代わってやる」
ざわめきが爆発した。
それもそうだろう。貰える報酬なんて知れてる一兵卒ではなく、『王都警備隊の隊長の座』だ。臨時雇い狙いだった連中には破格すぎる餌だ。
「本気か!?」
「言ったな!?」
「後悔すんなよ!」
俺は軽く肩を回した。
「ただし、俺も遠慮はしない」
「……隊長よぅ、いくらあんたが腕に覚えがあると言っても、百人超えを相手にするのは厳しいだろう」
ガレスの言葉に、周囲が笑った。
「おっさん、何ビビってんだ!」
「隊長様は自信満々だぜ!」
だが、ガレスは笑わなかった。
ただ真っ直ぐ俺を見ている。
「無謀だと思うか?」
「そりゃあ、まあ」
男は首を振る。
「多勢の怖さは、隊長も知ってるだろ?」
「……なるほど」
ガレスは数の暴力を知っている。
同時に、“強者でも囲めば死ぬ”ことを理解している。
「もういいだろ! どけよ! おっさん!」
開始の合図も待たずに、最初の男が突っ込んできた。
遅い。
木剣を弾き、腹に柄を叩き込む。まず、一人。
俺は目を見張るガレスを見て、笑ってやった。
「ガレスと言ったな。今から、良いものを見せてやる」
次は二人同時か。剣を躱し、槍を踏む。一人は蹴り倒し、もう一人の首筋に木剣を当てる。
三人、四人、五人……数えるのも面倒になった。
怒声に土煙、背後からの不意打ち、横からの突進。
全部見えている。
「次」
淡々と倒していく。
笑っていた連中の顔から、早々に余裕が消えていった。
そして十人ほどが、一斉に飛び込んできた。
囲み、乱戦、普通なら最も危険な形だが、遅い。
剣を弾き、足を払い、槍を奪う。
投げつけ、叩き、潰す。
十人がほぼ同時に地面へ転がった。
「……化け物かよ」
誰かが呟いた。
俺は息を吐く。
「これでも数日前まで前線にいた現役軍人相手に、正面から勝てると思ったのなら、その自信だけは評価する」
再び、練兵場に沈黙が落ちる。
もう笑う者はいなかった。
◆
——東部戦線の英雄。
そんな噂を、私は思い出していた。
赤い外套纏った精兵を率いた若き指揮官。
傭兵王を討った怪物。
まさか、とは思っていた。
だが、この強さを見れば、嫌でも分かる。
この人は、本物だ。
「……そりゃ勝てないっすよ」
気づけば、立っている応募者はほとんどいなかった。
最後に残っていたのは私と、ガレスと言ったおじさんだけ。
おじさんが静かに前へ出る。
「隊長」
「来るか?」
「……いや」
ガレスは苦笑した。
「俺は自分の力量くらい分かる歳だ。あんたにゃ勝てねぇ」
そして、小さく肩をすくめた。
「東部は、とんでもない化け物を抱えていたらしい」
そう言って、下がった。
残るは私だけだ。隊長がこちらを見る。
「最後は君か」
「みたいっすね」
私は二本の短剣を抜いた。
「仕えるのが英雄なら、悪く無いっす!」
地面を蹴る。
真正面からは行かない。
皆がやられるのをただ見ていた訳じゃない。隊長の太刀筋、癖、呼吸、全部、観察していた!
振り下ろされた剣に短剣を沿わせ、左下へと低く潜る。
数合、対応できた。
だけど……
「やっぱり、君が一番強いな」
ケインがニヤリと笑う。
「観察眼も見事だ」
次の瞬間、剣速が跳ね上がった。
「——っ!?」
見えない。
短剣が宙を舞う。気づけば木剣の切っ先が喉元にあった。
「降参っす」
「いい動きだった」
悔しさより先に、笑いがきた。
負けた。完敗だ。
でも、この人の下でなら、きっと……!
「隊長」
「何だ?」
「負けたっすけど、自分、貴方の下で働きたいっす!」
自分にしては珍しく、考えるより先に口が動いていた。
隊長は少し考え、そして頷いた。
「ロゼ。君を第三隊副官に任命する」
「……はい?」
「それとガレス」
突然呼ばれ、おじさんが目を瞬かせる。
いやいや……
「まとめ役を頼みたい。寄せ集めを扱うには、君みたいな男が必要だ」
おじさんは少し黙り、苦笑した。
いやいやいや……
「……厄介な役回りを押し付ける」
「断るか?」
「それこそまさかだろ、雇われるために来てるんだぜ?」
そして、おじさんは静かに頭を下げた。
いやいやいやいや……!
「了解した、隊長殿」
「いやいや! ちょっと待ってくださいっす! 私が副官って! なんでそんなことになってるっすか!?」
隊長に詰め寄る。いきなり副官って言われても、そんな簡単には受け入れられない。
「どうしてって、君が一番才能があったからかな」
さも当然のようにそう言う隊長に、私は呆気にとられてしまった。
「はっはっは! 隊長のお眼鏡にかなったのは嬢ちゃんだったか! よかったじゃねぇか、顔まで赤くしちまってよぉ!」
「う、うるさいっすよ、おじさん! 顔なんか赤くなってないっす!」
凄いと思った人に、少し褒められたくらいで嬉しくなるほど、私は安い女じゃない……筈。
「改めて、よろしく頼む。ロゼ、ガレス」
そう言って、隊長は私とおじさんにそれぞれ手を差し出してくる。
私達は、力強く、その手を握り返した。




