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file2 ただのケイン

 軍馬で駆けて数日ほど、ようやく着いた王都アウレリアは不思議なほど静かだった。

 見慣れた石畳、白い外壁、行き交う馬車、景色そのものは変わらない。

 だが、空気が違った。

 国王崩御によって、王都全体が喪に服しているが……それだけじゃない。

 通りの各所に立つ兵士達の数がかなり多い。

 ……それに、やけに張り詰めている。長時間の警戒でこれほど張り詰めた緊張感を保てるのは、簡単なことじゃない。


「……嫌な空気だな」


 この緊張感は、戦場に似ていた。

 いつ来るか分からない、敵の奇襲を待ち受けるような……見えない死に怯える感覚。

 何故、こんな緊張感を王都の警備兵が抱いているのか。

 ……答えを出すには、情報が少な過ぎる。

 俺は手綱を軽く引き、そのまま王城へ向かった。



 王城の門を叩き、身なりを整えたのは先刻のこと。

 案内された謁見の間は、相変わらず荘厳で広かった。

 中央に敷かれた赤い絨毯の先に玉座。絨毯の左右には特に位が高そうな武官や貴族。

 好奇か、嫉妬か、視線だけが静かに刺さってくる。

 俺は所定の位置まで進み、片膝をついた。

 柔らかい絨毯と、その下にある硬い床の感触がやけに気になるのは、緊張しているからだろうか。

 それでも、視線は上げない。この時間が1番辛い。

 しばらくして、重厚な扉が開く音が響いた。


「――王太子殿下、御入場」


 空気が変わる。

 静かな足音が近づいてくる。

 やがて玉座へ腰掛ける気配がした。


「面を上げよ」


 かつて聞いた声だった。

 俺はゆっくり顔を上げる。玉座に座る殿下は、以前より少し痩せて見えた。

 ……それもそうか。背負うものが増えたんだろう。

 黒を基調とした礼装。

 その姿はもう、“王太子”というより“王”の姿に近かった。


「王国陸軍少佐、ケイン。ただいま帰還いたしました」


 淡々と報告する。また数日前に階級が上がったから突っ込まれるかと思ったが、報告は既に上がっていたらしい。

 殿下は静かに頷いた。


「東部戦線での働き、聞き及んでいる」


 謁見の間が静まり返る。


「自らの小隊を率いた縦横無尽の活躍から、崩れかけた戦線の立て直し、果ては先日の傭兵王の討伐に至るまで、とても士官学校を卒業したての将校とは思えない戦果である。見事だった」


 真正面からの殿下の賞賛。

 周囲の武官や貴族のざわつきが聞こえてくる。

 お褒め頂けるのは光栄の極みだが、殿下は少々俺を持ち上げ過ぎなようだ。


「自分一人の力ではありません。部下たちの奮戦と、諸隊の支援があっての結果です」


 ただ事実を伝える。俺だけでどうにかできるほど、戦場は甘くない。

 すると、殿下は少しだけ笑った。


「相変わらずだな」

「……そうでしょうか」

「そうだ」


 周囲に聞こえないくらい、小さな声だった。

 その顔は、かつて幼い頃に恐れ多くも、友と呼んで貰った時と同じだった。

 けれど次の瞬間には、王族としての顔に戻る。


「では、本題に入ろう」


 空気が引き締まった。


「王都にて、奇妙な事件が続いている」


 俺は黙って続きを待つ。


「夜毎に民が狙われる襲撃が起こっている。被害者は皆、凄惨な状態で発見される」

「犯人は?」

「分からぬ」


 殿下は僅かに眉を寄せた。


「だが証言には共通点がある。曰く、人の形をしているが、人ではないもの」


 謁見の間の空気が冷える。

 魔物だろうか……いや、違うな。

 その言い方をするってことは、もっと質が悪い。


「王都の守りは、思った以上に不安定だ」


 殿下は真っ直ぐ俺を見る。


「ケイン。君の力を借りたい」


 迷う理由は無かった。


「了解しました。出来る限りのことを――」

「その家の名に懸けて」


 言葉が重なる。

 ……ああ、殿下も疲れてるな。

 幸いというか、当然というか、この場にいる者達で殿下のこの場の真意に気付いた者はいなそうだった。

 俺は小さく息を吐く。


「……自分は」


 ゆっくり顔を上げた。


「ただのケインです」


 静かに、言った。

 けれど、謁見の間には十分響いた。

 恐れ多くも、殿下の言葉に口を挟んだからだろう。参列者達の空気が揺れる。

 殿下は数秒黙った後、苦笑気味に頷いた。


「……そうだったな」


 それ以上は触れない。触れさせない。

 殿下は軽く首を振る。


「では改めてケインには、とある新設部隊に所属して貰う」

「新設部隊……ですか?」

「うむ、陸軍からも独立した特殊部隊だ。一応、私の直轄部隊になるからな。ケインを引き抜くのに苦労したのだぞ?」


 そう言って、殿下は元帥の方を見る。

 厳つくも、愛嬌のあるオヤジといった風体の元帥はニヤリと笑った。


「一時的な人事であるから、ケインの築いた地位や階級は保証されるので安心して欲しい」

「いえ、それは全く心配しておりませんが……その特殊部隊は何をするのか、お聞きしてもよろしいですか?」

「ふむ、確かに。それは説明せねばなるまいよな」


 殿下は玉座から立ち上がる。

 この間にいる全ての者の視線が、殿下へと注がれた。


「このアウレリア王国は白と黒の2羽の鷲が初代の王を導き、創られたとされる。それから、王国では白黒2羽の鷲を守護鳥として祀ってきた」


 殿下が語り始めたのは、子供でも知っているようなこの国の伝承だ。


「今、この国は建国以来の重大な局面にある。父王は倒れ、戦線は四方に広がり、民が暮らす王都まで危険に晒されている」


 このままではいけないと、殿下は続ける。

 確かに、この国は今、それこそ歴史書の1ページに刻まれるような、重大な転換点にあるのかもしれない。


「そこで、王国を守る守護鳥にあやかり、2つの部隊を新たに組織した。1つは、元の近衛師団を拡張し、貴族や神殿の警護を行う白鷲隊」


 殿下の横に目を移す。

 見れば、横に控えていた近衛兵の蒼色の制服には、確かに白鷲が描かれていた。


「そして、もう1つは、王都の民を、暮らしを、人々の安寧を守る黒鷲隊だ。ケインには、この黒鷲隊に所属して貰う」

「はっ」


 ほとんど反射的に返事をしたものの、王都の民、暮らし、人々の安寧……殿下の言葉を反芻する。

 思えば、今まで文民の暮らしに触れたことなど、一体何度あっただろう。

 任されたものの、不安は消えない。

 しかし、殿下はそんな自分の不安も既に見通していたようだ。


「まずは、心強い面々を紹介しよう」


 殿下が手を鳴らして合図を送ると、扉が三度ノックされた。


「入れ」


 扉が開く。

 最初に入ってきたのは、長身の女性だった。

 灰色がかった銀髪に鋭い目、隙のない足運び。


「アリージャ=アルタイル」


 静かな、それでいてはっきりとした声。

 確かに、貴族席にこの御方がいないのはおかしいと思っていた。

 アウレリア王国における五公爵家の一人、若くして父を蹴落とし、その能力で家督を継いだ女傑。

 人呼んで、灰薔薇公。


「黒鷲隊総隊長を拝命している」


 アルタイル公爵の投入は、殿下にとっても切り札だった筈だ。

 人選に納得と同時に、殿下の本気度を改めて感じた。

 次に、一人の女性と大柄な男が入ってくる。


「第一隊長、ルーナ=アルテミスです」


 ルーナは短く礼をした。

 視線が、一瞬だけ俺に向く。

 『……久しぶりね』

 そんな感情が見えた気がした。


「第二隊長、ゴドリゴ=ゴレムスだ!」


 大男は腕を組んだまま、俺を見た。


「東部戦線の英雄、か」


 値踏みするような視線。

 だが嫌な感じじゃない。


「話は聞いている。だが……武闘会にも出ない。中央じゃ剣を見た者も少ない」


 まあ、そうだろうな。

 本当に強いやつほど、前線から戻ってこない。


「正直、実力が見えん」


 ゴドリゴはそう言って、ニヤリと笑った。


「だからこそ、一度やってみたい」

「……何をです?」

「手合わせだ」


 周囲の空気が少しだけ固まる。

 俺は思わず笑った。


「訓練の範囲でなら」

「ははっ、いい答えだ!」


 ゴドリゴは楽しそうだった。


「安心した。英雄と呼ばれる男が堅苦しい奴だったらどうしようかと思ったぞ」


 悪い人間じゃないらしい。

 と、そんな風に交友を深めていると、アルタイル公爵が静かに口を開いた。


「ケイン少佐、君には黒鷲隊の第三隊を任せる」


 短い言葉だった。

 だが、その目は真っ直ぐと俺の目を見据えていた。

 見定められている。

 ……まあ、嫌いじゃない。というより、この程度の期待に応えられないようでは、俺を見送ってくれた東部の彼等に顔向けできない。


「皆聞け! これより王都防衛特務部隊“黒鷲隊”を正式に編成する」


 静かな声。

 だが重い。


「黒鷲よ、王都の闇に潜むものを討て」


 殿下の御前で、他の3名に倣い跪く。

 東部戦線から帰ってきたと思ったら、次は王都か。

 休む暇も無い。

 けれど。

 自分が身を置くべき場所であるという確信がある。


「御意に」


 俺の心は、既に滾っていた。 

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